第二章 8
「大丈夫大丈夫! 大丈夫じゃなくても大丈夫! 今が楽しけりゃそれでいいの。んで、僕は今が一番楽しいからなんの問題もないよ!」
めちゃくちゃな返答を送りながら、道無は狙撃を続けた。
彼が自身に課したルール。それは使用する弾丸の数及び、爆弾といった高威力の兵装の使用制限である。
まず弾丸についてだが、一回の依頼で使用できる弾数は一〇〇発のみとしている。しかも、そのうち七〇発は相手をおちょくったり、怯えさせたりする、お楽しみ用として使わなければならない。仕留めるための弾丸は三〇発限定。それ以上は使ってはならない。
次に威力の高い兵装の使用制限について。これはまず、依頼を受けた際に爆弾やグレネードなど、高威力な装備を三種類選択し、それ以外の武装は使用してはならないというもの。
しかも、使っていいのはそれぞれ三回まで。例えば手榴弾であれば、三個投げたらそれで終わりである。
この縛りを守りながら、道無は常に依頼をこなしている。
それはなぜか?
答えは至極単純。“そうした方が楽しいから”、である。
道無の判断基準は常に、楽しいか否か。自分が楽しむためであれば、命すらも投げうつ。それが外山道無という人間なのだ。
ゆえに、このルールはどんなことがあろうとも厳守する。破らねば自分の命が危うい状況であろうとも、だ。いや、むしろそんな危機に陥ったなら、彼は逆に喜ぶだろう。死の恐怖すら楽しむ。彼はそういう狂人なのだから。
そして、道無は仕事をこれ以上なく楽しむ。
スコープ越しに見据えるのは、スキンヘッドの大男。今回の依頼のターゲットだ。
やろうと思えば一発で仕留められたし、いつだって脳天を打ち抜ける。それでも未だ殺さないのは、やはりそっちのほうが楽しいからである。
「あー逃げ惑う加賀美ちゃん面白いなぁ。必死こいた顔しちゃってさぁ。冷や汗ダラダラで走り回ってる様が最高――」
ニヤニヤしながら、ちょうど五〇発目を撃った直後。
衝突音と、小さな破壊音が、道無の鼓膜を震わせた。
「おや、お客さんかな?」
まるで予定調和を受け入れるが如く呟くと、道無は狙撃を止め、スナイパーライフルを別の場所へ送った。その代わりにハンドガンを手元に召喚し、背後を向く。
屋上のスペース、中央部に、少女の姿が確認できた。
佇立する彼女の足元を見ると、小さな亀裂が入っていることがわかる。おそらく、彼女は近場にあった二五階建てビル辺りから跳躍し、ここへやってきたのだろう。
そのような芸当ができる者は、道無の身内ならば雅ぐらいなもの。さりとて、今少年の前に立ちはだかるのは、雅ではなかった。
シルエットのみならば、あの黒髪の少女で違いない。なぜなら、体格、髪型、服装だけ見れば、彼女とまったく同じだからだ。
しかし、容姿は彼女と違い、凛々しいというよりも可愛らしいものであった。
幼さが目立つ顔つきは、雅よりも大分少女的だ。同じなのは、瞳の色が深緑である点のみ。
沈黙が続く。数秒後、それを破ったのは謎の少女であった。
「ようやく、会えた……本当に会いたかったよ、外山道無」
彼女の言葉に、白髪の少年はわざとらしく驚いてみせる。
「わーお、何その台詞! なんだかラノベみたいだね! ってことはあれかな、君は僕の生き別れの妹か何かで、これから君と恋愛したり他の女の子と知り合ってハーレムを築いたりすることになるのかな? もしそうなら虐殺系ハーレムとか目指すんだけど」
「あんたが何を言ってるのか理解できないけど、勝手になんでも目指してるといいよ。でもあんたは今日中に死んじゃうけどね」
「あれあれ? 君ってもしかしてツンデレタイプ? それはダメだよ見知らぬ誰かさん。ツンデレはもう雅ちゃんがポジション取っちゃってるから、キャラ被っちゃうよ? っていうか君って髪型から服装まで雅ちゃんと同じだよね。それってあれかな? 意図的に被ろうとしてるのかな? だとしたら新しいねぇ、自分の個性を自分で潰そうとするなんてさ!」
「……本当に、わたしのことを知らないの?」
眉間に皺を寄せながら問う彼女に、道無は平然と答えた。
「えっ、知ってるよ? ノインちゃんでしょ、君。いやぁ久しぶりだねぇ、元気してた?」
「なんで知らない振りしてたの」
ノインと呼ばれた少女の顔が歪む。そうやって不快の意思を表明しても、道無はこれっぽっちも悪びれない。
「なんとなくに決まってるじゃないか。理由なんていちいち気にしてたら皺が増えるよ? そもそも、僕が君のことを忘れるわけがないよねぇ。雅ちゃんのお友達は僕にとってもお友達だからさ! あ、でも君の場合は元お友達って呼んだほうがいいのかなぁ? だったら僕と君は他人同士だね! 気安く話しかけないでよ、他人のノインちゃん!」
「わたしもあんたと話す気はもうない。あと――わたしと“ゼクス”を引き離したのはあんただろうがぁッ!」
突如激昂し、踏み込んでくるノイン。それを読んでいたかの如く、道無はすぐさまハンドガンの引き金を引いた。




