第二章 7
――弾丸の命中場所からして、狙撃場所は南東の方角か。ならば……!
加賀美は、路地裏へと駆け込んだ。ここならば、相手方の場所からして狙撃はできまい。
「ふぅ、とりあえずは、これで安心だな。それにしても、下手くそな狙撃手だ。最初の一発で仕留められなかっただけでなく、熱くなって乱発するなど三流以下の証だ」
顔も知らぬ敵に、加賀美は失笑を零した。それからすぐに思考を始める。
「俺を狙撃したのは何者だ? 静香の手の者、というのは考えにくい。何せ、あのフールが俺に関しての情報を偽装しているからな。静香は俺がここにいることを知らないはずだ」
フールの仕事に問題があるとは思わなかった。彼は今まで失敗をしたことがない。一度暗殺計画を決定したなら、それは確実に成功する。そういう、腕利きの中の腕利きだ。
今回のプランは、加賀美の生き残りが重要なものとなる。ゆえに、フールは彼の安全を確保することに細心の注意を払っていた。
「まぁ、狂犬との一戦で死にかけたが……いや、待てよ。あの乱入者がフールの差金と考えたなら……今はそれを考える時ではないな。とにかく、連絡を取らねば」
通信機を取り出す。
先程は邪魔されたがもう大丈夫だ。まさかここに来て再び妨害されるなどということは――
その思考に至った刹那、まさかが起きてしまった。
弾丸の衝突音。
今回も、弾の命中場所はわかった。
自分の背後、壁面。
加賀美の頬に、一筋の紅い雫が伝う。
掠めた。それを認識したと同時に、音が盛大に鳴り始める。
「くッ!」
駆ける加賀美。顔にはこれ以上ない困惑があった。
何がなんだかわからない。相手方の方角を読み違えたのか。いや、それはない。読みは当たっているはずだ。なら、なぜこのような――
「まさか……跳弾か!? 跳弾を利用して、俺を狙っているのか!?」
そんな馬鹿な。と、心底から思うが、この状況はそれ以外に考えられない。
敵は三流以下の狙撃手だと決め付けていたが、真実はその逆。
今自分を狙っているのは、神業的技術を持つ狙撃手だ。
「糞がッ!」
毒を吐きながら、加賀美は必死に走る。
復讐劇の前座は逃亡劇。彼の行き着く先はどこなのか、知っているのは悪魔のみ。
◆◇◆
繁華街が広がる第二ブロック。その端にある地区には、多くのビル群が立ち並んでおり、その大半が水月所在の企業ビルである。
その中で、たった一棟廃ビルのまま放置されているものがあった。
なんでも曰く付きとのことで、引き取り手がいないらしい。
そんな背景があるからか、入口は解放されており、誰でも入れる状態であった。
外観は寂れているが、一五階建て。地区の隅に配置されているため、第二ブロックを一望できる。
狙撃には、もってこいの場所だ。
屋上。そこには一組の少年少女の姿があった。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ! やっぱり狙撃はたのしーなー! 安全地帯から相手の慌てふためく姿が見れるんだもの! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
手すりから身を乗り出しつつ、道無はスナイパーライフルの引き金を引き続ける。
彼がやっていることは、普通ならばありえぬことだ。それは銃撃の仕方が、という意味だけではない。そもそも、銃を所持していること自体おかしいのだ。
水月は外来の者に関しては、一際厳しい持ち物検査を行う。フリークスやネオ・ヒューマンズの面々が相手ならば、暗黙の了解として無視することになっているが、そうでないのならチェックを免れることはできない。
たとえ能力者のみが集まる場所といえど、害意のある者は入れたくない。その念は十分に理解できる。
だが、そのような検査など、道無にはなんの意味もなかった。
彼もまた異能の力を持つ者。その能力によって、銃の携帯などする必要がない。
道無の能力は、物質の転送。対象物を自分の手元に召喚、もしくは離れた場所へ送ることが可能。この力によって、白髪の少年はお楽しみタイムを満喫中というわけだ。
されどこの力、はっきり言って大して強くない。いや、むしろ弱いといっても差し支えないだろう。
何せ転送、召喚が可能なのは生命の宿っていない物のみ。人間は対象外である。
欠点はそれだけではない。己が体積の二倍以上の物質は対象外だし、召喚できる場所は自分の手元以外は不可能。転送にしても、最低半径二〇〇メートル以上先の場所でなければ送ることができない。
そのうえ、道無は自分に対して“縛り”を設けている。
「み、道無さぁん、もう三〇発近く撃ってますけど、残りの弾を気にしなくていいんですかぁ……?」
笑いながら人を撃つ少年にドン引きしつつ、桃色の髪を持つ少女、来栖萌花は尋ねかけた。




