その9
大晦日、まず籐也君のおうちに行った。そして、籐也君のおうちで夕飯をご馳走になった。籐也君の家には、ご両親も揃っていてかなり緊張してしまった。
「花ちゃん、また遊びに来てね」
玄関で、お母さんにそう言われた。
「はい、ありがとうございます」
籐也君のお母さんは優しい。籐也君は一人っ子だけど、大事に育てられていると思う。
「さて、じゃ、花、初詣行ってくるか」
籐也君はそう言いながら、玄関を出た。私はお母さんとお父さんにお辞儀をして、籐也君のあとに続いた。
それから車に乗り込むと、籐也君は帽子を深くかぶったまま、発進した。
「なんてね」
「え?」
「初詣になんか行って、見つかったらやばいから行かないよ」
「じゃあ、どこに行くの?」
「部屋、取ってあるから」
「え?」
「この前のホテル」
うそ~~~~~。
「と、と、籐也君」
「ん?」
「そういうことなら、前もって言ってくれないと」
「心の準備?」
「うん」
私が真っ赤になってうつむいていると、
「なんだ。花もわかってるって思ったのにな」
と言われてしまった。
助手席で、私はずっと何を話していいかわからなくなってしまった。一応、念の為にムダ毛の処理も、下着も考えてきていたけど。なんだか、やっぱり、恥ずかしい。
「花?」
「え?!」
「緊張してるとか?」
「うん」
「でも、帰らないよね?」
「え?」
「帰ったりしないよね?」
「う、うん。籐也君に会うの、ずっと楽しみにしていたし」
「花も?」
「と、籐也君も?」
「そりゃ、もちろん…」
籐也君はそう言うと、ちょこっと私を見て照れくさそうにした。
「なんか、今日の花違うね」
「私?変?」
髪を切ったから?毛先を少し巻いてきたのが変だった?それとも、服?あ、マフラーが変?
「変っていうわけじゃなくって。しばらく会わなかった間に、大人っぽくなったよね」
「わ、私が?あ、髪のせい?」
「そうかな。よくわかんないけど…」
籐也君がそう言って、また私をちらっと見ると、少し照れくさそうに笑った。
ああ、籐也君がすぐ横にいるんだ。ついこの前もテレビに出てた。籐也君が遠い気がして、ちょっと寂しくなってた。でも、今日はすぐ隣に。
「あ、この前さ、深夜の番組の収録があってさ」
「え?うん」
「音楽番組なんだけど、けっこうトークもする番組で」
「そうなの?いつ放送?楽しみ」
「やっぱり、見る?」
「え?もちろんだよ」
「あ、ばらさなきゃ良かったかな。そうしたら、深夜だし見なかったよね?」
「え?なんで?」
何か変なことでも言っちゃったの?聞かれちゃまずいこと?
「メンバーのみんなに、好きなタイプってのを聞かれて」
「え?」
ドキン。それでまさか、私と真逆のタイプを答えちゃったとか?
「みんなで、返答に困ってたら、司会の人がなぜか、花に例えたらどんな人?って聞いてきて」
「花?」
まさか、雑草なんて答えないよね。あ、薔薇とか、百合とか、すごいのを言っちゃたとか?
「俺、雑草って言ったら、みんなも司会の人もびっくりしちゃって」
「い、言っちゃったの?雑草って」
「うん。晃なんて大笑いしてさ…。で、司会の人が、その理由ってのを聞いてきたから、ちょっと」
「……うん」
「ちょっとね…」
「?」
「だから、その番組見ないでいいから」
「え?え?ど、どういうこと?」
なんだか、籐也君、顔が赤い。
「ああ、あれ、オンエアするのかな。できたらカットにならないかな」
「…変なこと、言ってるの?籐也君」
「変っていうか、かなり小っ恥ずかしいこと言ったかもしんない。だから、花、見なくていい」
「小っ恥ずかしい?って、どういうこと?」
「だからさ。前に花には言ったことあるかも。そんなようなこと」
「え?」
「……あとで教える」
籐也君はそれだけ言って、黙って前を向き運転に集中した。
なんだっけ?えっと。なんて言われたっけ?
私は必死に思い出していた。
そしてホテルに着くと、また私はエレベーターホールの隅で、おとなしく待っていた。籐也君は、チェックインをしにロビーに行ったが、戻ってこないでなぜか、メールをくれた。
>花、俺、先に部屋に行くから、あとから来て。なんか、今日混んでいるし、一緒に行くとやばいかも。
確かに。エレベーターホールにも、待っている人が何人もいるし、エレベーターから降りてくる人もけっこういる。
>部屋は、605号室。部屋に来たらドアをノックしてね。
>わかった。
籐也君は、深々と帽子をかぶり、メガネをしてマスクもしてエレベーターホールに来た。そして、私のことは全く見ないで、来たエレベーターに乗っていった。
私は、ぼけっと突っ立っているのも変なので、一回トイレに入った。それからまたエレベーターホールに戻り、エレベーターに乗った。
エレベーターには、カップルが乗っていた。20代かな。なんだか、アツアツで一緒に乗っているのに気が引ける。
チン…。5階でその人たちは降りていった。もうエレベーターには誰も乗っていない。
「はあ」
緊張でため息が出た。ドキドキしながら、私は6階で降りた。
ドキンドキン。緊張しながら廊下を歩き、605号室を見つけて、ドアをノックした。すると中から、
「はい?」
と籐也君の声が聞こえた。
「あ、花…です」
そう言うと、すぐにドアが開き、
「入って」
と籐也君が小声で言って私を中に入れた。
「誰にも見られなかった?」
「うん。誰もいなかったよ」
「そっか。同じエレベーターに6階で降りる人がいたから、やっぱり別々に来て良かったよ」
籐也君、すごく気をつけているんだなあ。
籐也君は、メガネとマスクを外すと、ドカっとベッドに座った。
「は~~。なんか、毎回緊張するね」
「う、うん」
私は違った意味で今、緊張しているんだけどな。
「花、ここ」
籐也君が私を呼んだ。私はドキドキしながら、籐也君の隣に座った。
「……」
籐也君、私のことじっと見てる。心臓がもっと、早くなってきた。
「さっきの…」
「え?」
「雑草って言った意味」
「あ、うん」
「…アスファルトの間から、咲いちゃってるような、名もないような花なんだけど、健気で一生懸命咲いてるような、そんなのがタイプって言っちゃったんだよね、俺」
あ、そうだった。前にそんなこと言ってた。
「で、そういう花を見ると、元気づけられるって。それに、誰かに踏まれたりしないか、守ってあげたくなるって…」
「え?」
ドキン。
「司会の人に、具体的ですねって言われて、ちょっと困って。だから、つい…」
「つい?」
「うん。そう言う人が、中学の頃にいて、初恋ですってばらしちゃった」
「初恋?!」
あ、声が裏返っちゃった!
「で、勝手に司会の人が、同級生ですかとか、思いは届かなかったんですかとか、あれこれ聞いてきて、俺、面倒くさいから、どの質問にも、はい、そうですって答えちゃった」
「そ、そうなの?」
「でも、花のことだから。その同級生の初恋の人って誰?なんて、気にしなくていいからね」
「う、うん」
そうか。私が心配すると思って、そう言ってくれたのか。
「………でも」
「え?」
「ちゃんと、最後には、言ったんだけど」
「何を?」
「多分、花ならわかるようなこと」
「……?」
「ま、いいや。うん。見ないでいいからね?」
「え?え?どういうこと?」
「花。先に風呂入ってきていい?」
「え?うん」
籐也君は、顔を赤くしたまま、バスルームに行ってしまった。
それにしても、なんだろう。私ならわかることって。気になる。絶対にオンエア、観なくっちゃ!
じゃなくって。今はそれどころじゃないんだった。
ドキドキドキ。今日はどうしよう。やっぱり、バスローブの下は何も着ないほうがいい?
セミダブルのベッドをなんとなく見つめた。二つ並んだ枕。
ああ!今日も、籐也君の隣で朝まで眠れるんだ。籐也君の胸に顔うずめたりして。
ドキドキドキドキ。ダメだ。落ち着こう。そう思ってテレビをつけた。紅白歌合戦には興味がなく、他の番組を見ていると、音楽番組が他局でもやっていて、今年1年のランキングをしていた。
ウイステリアは出ないよねえ。と思いながら見ていると、ランキングには出てこなかったものの、注目の新人コーナーで、なんとウイステリアが紹介された。
「わ、と、籐也君だ~~!」
思わずテレビに釘づけになった。いつのライブの模様だろう。ステージに立って籐也君が新曲を歌っている。もしかして、この前のクリスマスのかなあ。
ガチャ…。その時、籐也君がバスルームから出てきた。
「あ!籐也君、籐也君が出てる」
「え?」
「だから、籐也君が…」
「ああ、そっか。今日、出るってマネージャー言ってたっけなあ」
籐也君、すごい他人ごとみたいに…。
籐也君は、バスタオルで髪をわしゃわしゃと拭きながら、私の隣に座った。私はテレビの籐也君に夢中になっていたけど、クルッと隣の籐也君のことも見た。
「う、うわ~~~。なんか、すごい」
「何が?」
「本物が隣にいる」
「なんだよ、それ…」
「自分が出てるテレビ、籐也君見ないの?」
「うん。あんまり。なんか恥ずかしいじゃん?」
「そういうものなの?」
私はまた、テレビを見た。歌い終わって、司会の女の人がウイステリアのことを話しだした。
「最近注目されているバンドですよね。このボーカル、私、好みだなあ。かっこいい」
そんなことを言ってる。私は思わず、籐也君の顔を見てしまった。
「何?」
「ううん。こういうことも言われると、恥ずかしいの?」
「別に」
「え?そうなの?」
「だって、社交辞令みたいなもんかもしれないし」
そうかなあ。
「それに、俺には花がいるし」
「え?」
「テレビ消すよ?」
そう言うと、籐也君はリモコンでテレビを消して、私にキスをしてきた。
「ま、待って。私もお風呂…」
私は一気にまた心臓がバクバクしてきて、慌てて着替えを出して、バスルームに入った。
うわ。まだ、バクバクしてる。そう思いながら、洋服を脱いだ。
そして鏡を見た。私、変わったのかな?自分ではわからない。ただ、不思議と肌が綺麗になった気がする。
「はあ…」
胸の鼓動がおさまらない。でも、体を洗って髪を洗った。それから、体を拭いてバスローブを着て、髪を乾かした。
ドキン。籐也君が部屋で待っているんだよね。
ドキン。今日も籐也君に、私…。
うわ。一気にまた顔が火照ってきた。
でも、シャワーだけだし、体の方はあったまっていない。
ドキドキしながら、バスルームを出た。すると部屋明かりが、さっきよりもぐっと落ちていて、ベッドの脇の電気だけがついていた。
「花…」
籐也君が私を呼んだ。私は、籐也君の顔も見ることができず、うつむいたままベッドに腰掛けた。
「…震えてる?」
「あ、なんだか、あんまりあったまらなかったから」
「寒い?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「じゃ、布団に入る?」
そう言うと、籐也君はベッドから掛け布団を外した。ドキン。横になれってことだよね?
私はベッドに寝っ転がった。籐也君は私の横に寝転がり、掛け布団をかけた。そして、私のバスローブを脱がしだした。
うわ!恥ずかしい!
籐也君も自分のバスローブを脱いで、それから私を抱きしめてきた。
ドキドキ。心臓がドキドキしている。でも、籐也君の肌が、とてもあったかくって…。
「あったかい?」
「うん」
「もう寒くない?」
「うん」
籐也君が、すっごく優しいよ~~~~!!!
一気に籐也君の優しさと、あったかさに包まれていく。
ああ、私、すっごく幸せだ。
翌朝、籐也君の腕の中で目が覚めた。籐也君、ずっと私を抱きしめながら寝ていたのかな。
スウ…。あ、籐也君、まだ寝てる。この前は、あまり眠れなかったって言っていたのに。
籐也君の寝顔をしばらく見ていた。すると、籐也君が目を覚ました。
「花…。おはよ…」
「おはよう」
籐也君の照れくさそうな顔…。なんだか、私も恥ずかしくなってきた。
「チェックアウトの時間まで、こうやって抱き合っていようか?」
「え?」
「ずっと、花のこと抱きしめたかったし」
「…」
か~~~。顔が火照るよ…。
「今日、俺、1日オフだから、ずっと一緒にいようね」
「ずっといられるの?」
「うん。一緒にいられるよ」
「嬉しい」
そう言うと、籐也君はまた、はにかんだ笑顔を見せた。
その日、本当に籐也君と、ずっと一緒に居られた。夕飯を食べ終え、籐也君は私の家の近くまで車で送ってくれた。
「またね、花」
「今度はいつ会える?」
「……あさって」
「え?あさって?そ、そんなにすぐに会えるの?」
「うん。明日はごめん。家族で親戚の家に行くから」
「……じゃあ、あさってね?」
「うん。また電話する」
嬉しい~~~。そんなにすぐに会えちゃうなんて!お正月っていい!
ウキウキしながら私は、家に帰った。
家では、姉がテレビを見ながら、母と話をしていた。
「あ、花、お帰り。どうだった?初詣。初日の出とかも見れたの?」
「あ、こ、混んでた」
「だろうね。どこまで行ってたの?」
「か、鎌倉」
「籐也君と?」
「ううん。友達と」
うわ。嘘ばっかりついてる、私。お母さん、ごめんなさい。
「籐也君、昨日テレビ出てたよ」
「そ、そうなの?」
「今夜も出るみたい」
「え?!」
私はテレビ欄を見た。
「あ、これだ。もうテレビでするんだ」
「なあに?」
「ううん。なんでもない。教えてくれてありがとう、お姉ちゃん」
私は急いでお風呂に入り、それから自分の部屋のテレビの前に正座した。テレビはバイト代で買った。リビングではいつも誰かがいて、籐也君をうっとりと見ることもなかなかできず、思い切って買ってしまった。
ドキドキ。あ、もう始まる!
番組が始まった。歌を1曲歌ったあとに、メンバー紹介があり、それから質問が始まった。
「みんなのタイプの女性って?」
「え?タイプ?タイプは…」
籐也君も他のメンバーも、黙り込んでしまい、司会者が慌てて、
「例えば、そうだ。花に例えたら?」
と聞いた。すると、潤一君がすかさず、
「あ、僕はチューリップとか、可愛い花かな」
とそう言った。
これ、季実子ちゃん見てるのかな。
「チューリップ?潤一君、可愛いね。じゃ、晃君は?」
司会の人がそう聞くと、晃さんは、
「やっぱ、撫子でしょう」
と答えた。
「なるほど。大和撫子ね。じゃ、晴樹君は?」
「僕は…、意外と刺があったりするバラとか?」
「うわあ。そうなんだ。じゃ、最後に籐也君は?」
「…雑草」
「え?」
ああ、本当に雑草って言った。司会者もドン引きしてるよ。
それから、びっくりした司会者は、なんで雑草なの?と聞いて、籐也君は恥ずかしそうに理由を言った。
「具体的なのね。そんな人がいたの?」
「中学の頃…、初恋の人が…」
また、照れくさそうに籐也君が答えた。すると、籐也君が言っていたように、司会者が勝手に、同級生?とか、思いは届かなかった片思い?とか、言い出した。
「ああ、はい」
籐也君は本当に面倒くさそうに、うなづいている。でも、顔だけは赤い。
「じゃ、もし今その子に会ったら、なんて言う?」
「え?」
「その頃の想いを、伝える気はないの?」
「あ、ああ。えっと…。そうだな。ありがとうって言いたいかな」
「ありがとう?」
「…なんか、いつも癒されていたから。元気ももらってたし」
「そうなんだ。もしかして、このテレビ見てるかもよ。その子に向かって一言言ってみる?」
「え?!」
「どうぞ」
「あ、でも、見てないと思うし」
「わかんないじゃない。言ってみたら?」
「……えっと~~」
ああ、そうか。ここが恥ずかしいって言ってたところなのね。うん。私も、なんだか恥ずかしい。でも、聞きたい!
「あの頃は、どうも、ありがとう。雑草だなんて言って、申し訳ない…けど、名もないような一輪の『花』に、俺、いえ、僕は恋してました。はい…。うわ!なんか、これ、小っ恥ずかしい」
「あ、籐也君が照れてる。なんか、イメージ変わったかも」
司会の人がそう言って笑った。
他のメンバーはにやつきながら、籐也君を突っついたりしている。
「一輪の『花』ね」
晃さんが、なぜかそこだけを強調して言った。
「うん、一輪の『花』に恋してたわけね」
晴樹君までがそう言ってにやついた。
「ああ、いいから。すみません。次の質問に進めてください!」
籐也君はそう言うと、顔を隠してしまった。
「籐也君が照れてます。こんなの初めて見たでしょ?フアンの子達も今頃、可愛いって騒いでるよ」
「……」
籐也君はしばらく、うつむいたまま照れまくっていた。
番組が終わると、携帯が鳴った。
「花?」
あ、籐也君だ!
「今の見てないよね?」
「見た」
「あ~~~~~~~。なんで、見るんだよ」
「……」
「花?」
「う、嬉しかった」
「…まさか、泣いてる?」
「ううん。ちょっとだけしか泣いてない」
「泣いてるんだ…。ああ、もう。晃さんとか、やたらと『花』のところだけ、強調するから、俺、そんなつもりで言ったわけじゃないのに、なんか、すげえ恥ずかしくなっちゃって」
「うん」
「……。でも、そういうことですんで」
「え?」
そういうこと?
「花に俺、ずっと恋してるから…。って、何を言わせるんだよ。と、とにかく、もう切るね。おやすみ!」
「おやすみなさい」
電話を切った。でも、籐也君の声がずっと私の頭の中で木霊していた。
ずっと恋してるから。
嬉しい。嬉しいよ、籐也君!
雑草って言われた時には傷ついた。だけど、名もない一輪の花に恋をしたって言ってくれたの、ものすごく嬉しい。
籐也君、私はずっと、籐也君のそばで咲く、名もないような雑草でいるよ。薔薇じゃなくても、百合じゃなくてもいい。籐也君が疲れた時、落ち込んだ時、ふと見ると元気になるような、そんな花でいる。
ずっとずっと、籐也君だけの、雑草でいる。
嬉しすぎて、私はそんなことを書いてメールした。メールしてから、なんとなく我に返り、恥ずかしくなった。だけど、
>ありがとう。すごく嬉しい。花、愛してるよ。
というメールが、籐也君からすぐに送られてきた。
はあ…。籐也君!大好き!
今日もまた私は、携帯電話を握り締め、幸せいっぱいで眠りについた。
~おわり~