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見難い火傷の子  作者: 清風
650/657

失踪原因

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子650


失踪原因


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


ヴェーバーアマイゼの巣域は、見れば見るほど腹が立つ構造をしていた。


ただ群れているだけではない。

ただ数で押してくるだけでもない。

枝道、壁際、窪み、岩の出っ張り、崩れかけた斜面。

地形の癖に合わせて、群れが役割ごとに散っている。

前へ出て圧をかける個体。

横へ回って退路を削る個体。

巣材を運び、切れた線を編み直す個体。

倒された仲間の隙間を埋めるように動く個体。


まるで最初から、ここを“通れなくする”ために設計されているみたいだった。


その只中で、匠ーは剣を振るっていた。


前へ出た一体の顎を叩き割り、返す動きで横から這い上がった個体を壁へ叩きつける。

潰れた殻と巣材が足元へ散った。

背後ではダンとキールが狭い通路を抑え、ノクスの飛ばす指示が短く飛ぶ。

ソラ副脳が拾った差分を張良が言葉に固定し、

香蘭と郭羽が集めた導線情報がぎりぎりで繋がっていた。


その全部を踏まえた上でなお、現場は最悪だった。


「右壁、補修個体が三!」


ダンの声。


「見えてる!」


匠ーは即座に踏み込み、右手側の壁へ巣材を貼り直そうとしていた小型個体をまとめて薙ぐ。

だが次の瞬間、左奥で別の列が動く。

切った先から別の線が伸びる。

まるで潰した端から道そのものが生え直してくるようだった。


キールが低く吐いた。


「きりがないぞ、これ」


「ある」


匠ーは短く返した。

視線は敵を追っているようでいて、その実、一体ずつではなく流れを見ていた。


どの個体が前へ出る。

どの個体が退路へ回る。

どの位置で補修が始まる。

どの接続が切れると群れの圧が一瞬だけ鈍る。


見えてきた。

こいつらはただ襲っているんじゃない。

獲物を殺すために群れているのではなく、帰り道を奪うために群れている。


「匠ー!」


ダンが苛立ち混じりに叫ぶ。

「何見てる!」


「前だけ見てるとまた帰れなくなる」


その返答に一瞬だけダンが黙る。

匠ーはさらに一歩前へ出て、壁際の巣材線を蹴り崩した。

そのすぐ奥で、別個体が二体、間を詰めるように這い寄る。

前衛ではない。

運んでいる。

繋いでいる。

圧を維持しているのは、前に出る顎じゃない。後ろの節だ。


「キール、正面は抑えろ。ダン、左を裂け。頭を潰すな、繋ぎ目を切れ!」


「繋ぎ目?」


「前に出てるのは牙だ。噛ませてる手を落とせ!」


二人が即座に動く。

ダンの一撃が左壁の補修列を断ち、キールが正面個体をいなして空いた隙間へ踏み込む。

その瞬間、群れの詰まり方がほんの少し鈍った。


匠ーの目が細くなる。


やはりそうだ。


個体の強さではない。

構造だ。

役割分担。

導線維持。

局所判断の連鎖。

一体が止まっても、別個体が節を継ぎ、面として機能を保つ。


ヴェーバーアマイゼ。

ツムギアリ。

こいつらは巣を作っているんじゃない。

空間の使い方そのものを編んでいる。


その理解が、唐突に別の場所へ繋がった。


崩落しかけた坑道。

狭い地下鉄工区。

保線時の仮設通路。

煙の中で出口を見失う避難路。

切れた通信線。

人が一人では維持できない導線。


匠ーの剣がもう一体を叩き伏せる。

その殻の割れる音に重なるように、頭の中で別の音が走る。

車輪ではない。

歯車でもない。

もっと細かい、多数の小型機が互いに受け渡しながら、

索を張り、支点を取り、線を伸ばし、道そのものを成立させていく音だ。


「……これ」


思わず声が漏れた。


目の前では、また補修個体が這い出している。

切れた巣材線へ新しい節を継ぎ、別の個体がその上を渡る。

壊れても終わらない。

一体で背負わず、群れで機能を回す。


「これ、地下鉄に使える……」


「は?」


キールが振り向きかける。

だが匠ーはもう次を見ていた。


地下だけじゃない。

この“編みながら通す”構造は、横だけの話じゃない。

壁面にもいける。

支点を連ね、荷重を分散し、節ごとに制御を分ければ――


燃え上がる高層塔の窓。

煙を噴く上階。

階段が潰れ、橋廊が落ち、人が上で詰まる。

そこへ複数の小型機が外壁へ食いつき、索を垂らし、節を繋ぎ、

筒状の降下路をその場で紡いでいく光景が脳裏を走る。


「……いや」


匠ーの声がさらに低くなる。

目の前のヴェーバーアマイゼを見たまま、思考だけが遠く高く伸びる。


「高層火災の脱出筒にもなる」


ダンが一瞬だけ絶句した。


「お前、今それ言うか!?」


「今見えてるからだ!」


匠ーは吠えるように返し、正面から飛びかかった大型個体の頭を横殴りに砕いた。

潰れた体が巣材線の上へ落ち、後続が一瞬詰まる。

そこを見逃さない。


「来るぞ、節が詰まった! 今だ、右を割れ! ポンとニールの所まで一直線に通す!」


ダンとキールが同時に動く。

張良が後方で位置を固定し、ノクスが通るべき線を絞る。

ソラ副脳が差分を拾い、香蘭と郭羽が集めた断片が、ようやく一本の帰路へ変わり始める。


匠ーはその先で、まだ見ぬ機械の骨組みをもう掴みかけていた。


群れで退路を潰す構造。

なら、群れで帰路を通す構造も作れる。

複数の小型機。

索の展開。

支点の固定。

狭所での分散作業。

坑道でも、塔でも、火災でも、崩落でも、人間が迷うより先に道を作る機械。


その発想は救助の最中に生まれた。

仲間を取り戻すための怒りの只中で、敵の構造を奪い取るように。


ヴェーバーアマイゼの群れがなおも這い寄る。

だが匠ーの目にはもう、ただの厄介な魔物とは映っていなかった。


こいつらは、仲間を帰れなくした。

ならその構造ごと盗んで、今度は誰一人帰れなくしない機械に変えてやる。


匠ーは剣を構え直し、狭い巣域の奥を睨んだ。


「待ってろ、今通す」


その言葉が向く先は、孤立したポンとニールであり、

同時にまだ形のない未来の導線機械群でもあった。

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