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見難い火傷の子  作者: 清風
641/658

賢い帝の助けてドラ○もん

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子641


賢い帝の助けてドラ○もん


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


またまた内々の呼び出しだった。


表向きの名目は、鉄材割当の再確認。

地下工事に回す資材の帳尻合わせ、ということになっていた。


だが匠ーは、使者の口上を聞いた時点で、ああ本題は別だなと思った。

帝が本当に鉄材の話だけをしたいなら、こんな時刻に、こんな少人数で、

人払いまでして呼んだりはしない。


案の定、通されたのは大広間ではなく奥の小部屋だった。

灯は絞られ、控える者も少ない。

戸が閉まると、外の気配がすっと遠のく。


またか、と匠ーは思った。

帝の「少し相談したい」は、だいたい少しで済まない。

匠ーにとっては半ばもう、賢い帝なりの「助けてドラ○もん」である。


部屋の中央には、地図ではなく簿冊が積まれていた。

戸籍簿、失踪届、養子編入記録、地方役所からの照会文、公安の上申書、ギルドの簡略報告。

どれも一件ずつなら役人が処理して終わる程度の紙だ。

だが、こうして束になると、紙の重さ以上のものがあった。


帝は机の向こうでそれを見ていた。

匠ーが入っても、すぐには口を開かない。

指先で一冊の簿冊の端を軽く叩き、しばらく考えてから、ようやく顔を上げた。


「匠ー」


「は」


「地下の話ではない」


匠ーは一礼したまま、心の中でだけ頷いた。

見れば分かる。


「だが、国の流れがどこかで詰まっている話だ」


その言い方に、匠ーは少しだけ顔を上げた。


帝はたまにこういう言い方をする。

役人なら制度の不備と言い、武官なら治安の乱れと言い、

坊主なら人心の荒廃と言いそうなものを、帝はまとめて「流れの詰まり」と呼ぶ。

そういう時はたいてい、面倒で、根が深く、しかも一つの部署では片づかない。


帝は一枚の書付を差し出した。

匠ーが受け取る。

養子編入の記録だった。

日付、保証人、前籍、居住地。

見た目には整っている。


だが、二行ほど目を走らせたところで、匠ーの眉がわずかに動いた。


「前籍が薄いな」


「追えぬ」


「保証人はいる」


「いる。近隣証言もある。評判も悪くない」


「悪くないどころか、良すぎる」


帝の口元がほんの少しだけ動いた。

笑ったというより、同じところに引っかかった相手がいたことを確かめた顔だった。


「三件目で戸籍局の下役が止めた。四件目で上に上げた。五件目で公安に回した」


「ギルドは」


「怪異の匂いがすると言う。だが証拠が薄い」


匠ーは次の紙をめくった。

失踪届。

さらに次。

家族構成の変動。

さらに次。

配給量の記録。


数字は小さい。

だが並べると、妙な癖が見える。

誰かが消え、その後で養子が入る。

しかも消えるのはたいてい、病人、老人、継子、家の中で声の弱い者だ。


「……嫌な並びだな」


「うむ」


帝はそこで、ようやく椅子の背に体を預けた。


「人が消える。だが失踪として立たぬ」

「戸籍に入る。だが前歴が追えぬ」

「近所は皆、ふつうだと言う」

「家族は、うちの子はいい子だと言う」


静かな声だった。

怒っているわけでも、怯えているわけでもない。

だが疲れてはいた。

賢い者が、賢いまま厄介さを理解してしまった時の疲れ方だった。


「証言を取ると、姿も行動も“ふつう”らしい。

見た目が多少どうであれ、毎日そこにいて、挨拶をして、

手伝いをしていれば、近所はふつうと言う」


帝は机上の別の紙を指で押さえた。


「もっと厄介なのは、消えた側だ。

いたはずの者について尋ねても、皆、だんだん曖昧になる。

ずっと寝ついていた、あまり表に出なかった、もともと影が薄かった。

そういう言葉ばかりが重なる。

しまいには、最初から居なかったような顔をする」


匠ーは黙って紙を見ていた。


帝が匠ーを呼ぶ時、たいてい問題は二つある。

表に見えている問題と、その奥で制度を腐らせる問題だ。

今回、表に見えているのは失踪と不審な養子編入。

奥にあるのは、記録と共同体の認識が一緒に曇り始めていることだった。


「公安は違法性の立証に詰まっております」


控えていた側近が低く言った。


「ギルドも対象の危険性は疑っております。ですが、討伐の名目が立ちませぬ。

家族が庇い、近隣も異常を認めず、被害者の存在自体が薄れて参ります」


「分かっている」


帝は側近を制し、視線を匠ーに戻した。


「だからお前を呼んだ」


匠ーは紙から目を離さずに言った。


「俺は怪異の専門家じゃないぞ」


「知っている」


「戸籍役人でもない」


「それも知っている」


「じゃあ何で呼んだ」


帝は少しだけ間を置いた。


「お前は、詰まり方を見る」


匠ーはそこで初めて顔を上げた。


帝の目は冴えていた。

疲れてはいるが、鈍ってはいない。

何が起きているかを完全には掴めていない。

だが、どこが既存の仕組みの限界かは見えている。

だからこそ、正規の役人でも武官でもなく、匠ーを内々に呼んだのだ。


「これは怪異一匹の話ではない」


帝は言った。


「戸籍が曇れば、人の出入りすべてが重くなる。

家庭内の失踪が失踪として立たねば、配給も徴発も、相続も、治安も鈍る。

公安とギルドの間で押しつけ合いが始まれば、次は地方役所が黙って握り潰す」


一度言葉を切り、静かに続ける。


「家一軒の不幸で済むうちはよい。

だが、こういうものは流れの悪いところに溜まる。

溜まれば、国の故障になる」


匠ーは小さく息を吐いた。


ただの怪異退治ではない。

そういう顔で帝が自分を呼んだのだと、そこでようやく腑に落ちた。


「で」


匠ーは書付を机に戻した。


「俺に何をさせたい」


「見立てを聞きたい」


帝は即答した。


「それが怪異なら、どこまでが怪異の力で、どこまでが人間の都合か。

制度の側から何を塞げるか。

現場に何を足せば、消えた者を消えたままにせずに済むか」


匠ーはしばらく黙った。


紙の匂いと、油の薄い灯の匂いが混じっていた。


戸籍。

失踪。

養子。

配給。

近隣証言。

家族の庇護。

そして、消えた者が最初から居なかったように薄れていくという話。


工事の図面を見る時と同じ顔になっていた。


「……なるほどな」


「分かったか」


「分かったというより、見えてきた」


匠ーは指先で記録の束を軽く揃えた。


「こいつは怪異退治だけじゃ足りん。

制度に巣食う故障だ。

しかも人間の側が勝手に潤滑油になってる」


帝の眉がわずかに動く。


「潤滑油?」


「家族が庇う。

近所が慣れる。

役所が一件ごとに処理する。

そうやって全部が少しずつ滑らかにしてしまうから、異常が異常として引っかからない」


匠ーは紙の上の数字を叩いた。


「だが差分は残る。

人数、配給、寝具、洗濯、戸籍、失踪時期。

人間の頭と証言だけで追うと曇るが、記録を跨いで照合すればまだ拾える」


帝は何も言わない。

続きを待っている。


匠ーは少し考え、それから言った。


「刑事パッチを入れたオートマタを出す」


側近が息を呑んだ。

帝だけが静かだった。


「公安に一体、ギルドに一体。

いや、できれば双方で記録を共有させる。

戸籍、配給、居住記録、失踪届、近隣証言の揺れを機械に積ませる。

人間が“最初から居なかったかもしれない”と曖昧になっても、

そいつらは初回記録の人数を忘れない」


「怪異に通じるか」


「怪異そのものに強いかは知らん」


匠ーは肩をすくめた。


「だが、こういう“ふつう”の顔をした詰まりには向いてる。

少なくとも、人間よりは空気に流されにくい」


帝はそこで初めて、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「やはり呼んで正解だったな」


匠ーは口には出さなかったが、内心では、だからそういうところだ、と思った。

この帝は、自分で考え抜いたうえで、それでもなお別の視点が要ると判断した時だけ人を呼ぶ。

それが分かっているから、厄介なのだ。


代わりに、机上の簿冊をもう一度見た。


「ただし」


と匠ーは言う。


「これは機械を出して終わりじゃない。

家族の中で誰が最初に違和感に気づいて、誰が先に消えたか、そこを拾わないと駄目だ。

弱っていて、声が弱くて、家の中で疎まれた者から減ってるなら、対象は家庭内序列を読んでる」


帝の目が細くなる。


「そこまで見るか」


「見なきゃ追えん」


匠ーは答えた。


「こいつは人間を食ってるんじゃない。

家の中で、消しても揉めにくい席から食ってる」


部屋が静かになった。


外では夜番の足音が遠くした。

灯の火がわずかに揺れる。

机の上には、紙の束。どれも薄い。

だが積もると、国を鈍らせる重さになる。


帝はしばらく黙っていたが、やがて低く言った。


「また面倒なものを持ち込んだな、と思っている顔だな」


「思ってる」


「断るか」


「断ったら別の内々の呼び出しで、もっと面倒な形になって戻ってくるだろ」


帝は今度こそ、はっきり笑った。

ほんの短い笑いだったが、それで部屋の空気が少しだけ緩んだ。


「では頼む、匠ー」


匠ーは一礼した。


「承った。賢い帝の助けてドラ○もんは、今回も高くつくぞ」


帝は意味の分からない言葉には触れず、ただ言った。


「国が詰まるよりは安い」


匠ーは顔を上げ、少しだけ口の端を上げた。

そういう返しをするから厄介なのだ、この帝は。


またまた内々の呼び出しだった。

そしてたぶん、今回もろくでもない案件になる。

だが匠ーはもう知っている。

帝がこうして自分を呼ぶ時は、たいてい本当に、国のどこかが詰まり始めているのだ。


だから行く。

技術者として。

鉄道国のCEOとして。

そして、賢い帝にとっての、少しばかり渋すぎるドラ○もんとして。

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