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見難い火傷の子  作者: 清風
624/658

再審査と許可印

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子624


再審査と許可印


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


再見積りの提出は、翌朝のうちに行われた。


夜を徹して整えられた紙束は、もはや最初の叩き台とは別物だった。

語は削られ、数字は盛られ、危険は隠されず、夢は通る形へ折り畳まれている。

最初の案が「作れる案」だったとすれば、こちらは「出せる案」だった。


提出先は、まず執政官と行道尚書、そして警備面の確認役として周蓋。

皇帝へ直接上げる前に、宮廷として呑める形かどうかを最後に見るためである。

もっとも、それは差し戻しのための場ではなかった。

昨夜のうちに骨子はすでに詰められている。

ここで問われるのは、通すに足るか、そしてどの条件を添えるかだった。


広間に置かれた長机の上へ、セレスが整然と紙束を並べていく。

上申用要約。

実務詳細。

警備別紙。

試験線計画。

中枢方面延伸概算。

それぞれが読む者の役目に応じて分けられ、しかも互いに矛盾なく繋がるよう整えられていた。


行道尚書はまず件名を見た。


「“正門駅起点地下鉄試験線計画ならびに中枢方面延伸概算”……よろしい。

少なくとも、これなら最初から禁中直下を既定として押し通す文には見えませぬ」


セレスが一礼する。


「便宜名としての“禁中駅”は内部整理にのみ残し、提出文面では避けました」


「賢明ですな」


周蓋は警備別紙を開き、しばらく無言で目を走らせた。

やがて一枚を机に置く。


「搬入口、常用一つ。非常用一つ。

作業員札の色分け、持出し工具の記録、交代時刻の固定、監視兵の立会い……うむ」


その「うむ」は短かったが、昨夜までの渋い顔に比べれば十分に前進だった。


「まだ厳しいが、厳しいのはよい。

禁中方面へ伸びうる工事で、緩いよりはましだ。

少なくとも、これなら“警備を軽んじている”とは言わせずに済む」


執政官は試験線計画と概算書を並べて見比べていた。

最小。

標準。

余裕あり。

三段に分けられた費えと工期、その横に添えられた理由書き。

安く見せるための削りはなく、高く見せるための虚飾もない。

未知ゆえの余裕が、未知ゆえと明記された上で積まれている。


「よい」


執政官が言った。


「少なくとも、後から“聞いていなかった”とは言わせぬ書き方になっている。

予備費も削っておらぬ。

工期も楽観に寄っていない。

陛下はこの手の数字をご覧になる時、安さよりも、崩れた時に誰が何を隠していたかを見られる。

その意味では、これは上げられる」


匠一は腕を組んだまま、短く息を吐いた。

通る。

まだ許可ではない。

だが、皇帝の机に載せるに足る書類にはなった。


行道尚書が最後の要約文へ目を落とす。


「結びもよろしい。

“平時の流通安定、非常時の中枢維持、

その両面に資する試験として”――これなら、なぜ今これを試すのかが明確です」


「夢を語るのは後に回しました」


セレスが静かに答える。


「今は試す理由を通すべきと判断いたしました」


「正しい」


執政官は紙束を揃えた。


「では、これをもって陛下へ上げる」


その一言で、場の空気がまた変わった。

昨夜までの仕事は、ここでようやく宮廷の手続きへ乗る。

未来は紙の上で整えられ、今から国家の裁可を待つ身になる。


皇帝への上奏は、その日のうちに行われた。


無論、匠一たちが昨夜のように長々と説明する場ではない。

すでに構想は聞かれている。

実在も見せている。

見積もりを出せと命じたのも皇帝自身だ。

ゆえに今回は、要点だけが静かに差し出された。


行道尚書が骨子を述べ、執政官が費えと工期の三案を示し、

周蓋が警備条件に異存なき旨を添える。

その後、紙束は玉座の前へ運ばれた。


皇帝はしばらく何も言わず、要約文を読み、次に概算へ目を移し、

さらに警備別紙へ視線を落とした。

廷上は静まり返っている。

紙の擦れる音だけが、やけに大きく聞こえた。


やがて皇帝は一枚を置き、低く言った。


「安くはないな」


誰も口を挟まない。

挟める言葉でもなかった。


だが皇帝の声に不満はなかった。

むしろ、それだけの話では済ませぬ者の響きがあった。


「だが、安く見せるために危うさを削ってはおらぬ。

工期も、朕に気に入られようとして短くはしておらぬ。

未知を未知として積んでいる。

よい」


その「よい」は、昨夜のどの修正よりも重かった。


皇帝は次に周蓋へ目を向ける。


「警備は」


「厳しめに積ませました」


周蓋は即答した。


「効率は落ちます。

ですが、禁中方面へ伸びうる工事としては妥当かと」


「うむ」


皇帝はうなずき、今度は行道尚書を見る。


「文面は」


「過不足なく。

少なくとも、夢をそのまま押しつける文にはなっておりませぬ。

試験の理由も明確に立っております」


「よろしい」


そこで初めて、皇帝の視線が匠一へ向いた。


「そなた」


「はいよ」


廷臣の何人かがわずかに息を呑んだが、皇帝は咎めなかった。


「そなたは未来を語った。

次に、それへ値を付けて持ってきた。

しかも、都合のよい値ではなく、崩れぬための値をな」


匠一は黙って聞いている。


「朕は、見たこともなきものを、見たことがないというだけで退けるつもりはない。

だが同時に、珍しきものを珍しいというだけで通すつもりもない。

ゆえに、これは試す」


その言葉とともに、廷上の空気が張り詰めた。


皇帝は執政官へ向き直る。


「条件を付す。

試験線に限ること。

区画は宮廷指定地とすること。

警備は周蓋の別紙に従うこと。

工法、資材、人員構成に大きな変更が生じた場合は再報告。

中枢方面延伸については、本試験の結果を見た後にあらためて議する」


「はっ」


執政官が深く頭を垂れる。


「その条件にて、裁可文を整えます」


皇帝は最後に、机上の紙束へ手を伸ばした。

そこにはすでに、裁可のための文言が整えられている。

完全許可ではない。

だが拒絶でもない。

国家が、未知の未来に対して限定的ながら門を開く文だった。


筆が運ばれる。

静かに、迷いなく。


そして皇帝は、脇に控えていた尚璽役へわずかに顎を引いた。


朱の印が捧げ持たれる。

廷上の誰もが、その小さな動きを見ていた。

紙の上に置かれた裁可文。

その末尾へ、ためらいなく印が下ろされる。


鈍く、しかし確かな音がした。


判が押された。


それは大仰な雷鳴でも、歓声を呼ぶ奇跡でもない。

ただ朱が紙に移っただけのことだった。

だがその一押しによって、正門駅起点地下鉄試験線計画は、ついに国家の許可を得たのである。


廷臣たちの間に、抑えたざわめきが広がる。

未知の技術。

異邦の構想。

地下を走る道。

それらはもはや、廷上で語られただけの空想ではない。

皇帝の判を受けた、帝都の案件となった。


匠一はその朱を見た。

まだ禁中へは届かない。

まだ本線でもない。

掘るのは試験線にすぎず、条件も多い。

だが、それで十分だった。


未来は今、初めて国家の書類に刻まれたのだ。


皇帝は静かに言った。


「まずは試せ。

結果をもって、次を語れ」


匠一はわずかに口の端を上げる。


「了解」


短い返答だった。

だが、その一言で足りた。


こうして、正門駅~禁中駅地下鉄構想は、まだ本敷設の許しこそ得ていないものの、

試験線計画として正式に裁可された。

土を掘る前に、まず紙の上で通る。

国家事業とはそういうものだった。

そして今、その最初の関門は越えられたのである。

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