盗賊の檻詰め
見難い火傷の子607
盗賊の檻詰め
深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層
鉄の時代
この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。
野盗たちは街道脇へまとめて転がされた。
手足を縛られ、口まで塞がれた者もいる。
頭目の赤布の男だけは別にされ、少し離れた木の根元へ座らされていた。
逃がせば面倒になる。
だがここで殺せば、あとで聞けることまで消える。
匠一はその線引きを最初から決めていた。
キールが森の縁から戻ってくる。
「奥まではいない。
逃げたのも、たぶんない」
「たぶんじゃなくて?」とマリー。
「足跡が散ってない。
伏せてた二人もここ。
だから大丈夫」
「ならいい」と匠一。
ニールも街道の先と後ろを見終えて戻った。
「前も後ろも、今すぐ来るのはいない。
でも長居すると目立つ」
「うん」と匠一。
周蓋は護衛たちへ短く指示を飛ばしていた。
負傷の浅い者が縄を締め直し、御者が車輪を確かめ、もうひとりが馬具のずれを直す。
襲撃で崩れた隊列が、少しずつ形を取り戻していく。
マリーは馬の鼻先を撫でながら、御者へ言った。
「急に走らせないで。
まだ怖い」
「わ、分かった」
御者は年若く、まだ手が震えていた。
だがマリーの落ち着いた声に従って、深く息を吐く。
馬も人も、まず落ち着かせなければ進めない。
ハナは馬車の脇へ寄り、布越しに声をかけた。
「揺れるけど、もう少しだけ我慢して」
中から、すぐに返事があった。
「はい」
さっきより声が整っている。
玉玲も、自分を立て直し始めていた。
周蓋が匠一のもとへ戻る。
「出立できます。
速度は落ちますが、城までは進めるかと」
「途中で止まる場所は」と匠一。
「本来なら二刻ほど先に小さな継場があります。
ですが、今は人目が増える場所を避けたい」
「なんで」
周蓋は一瞬だけ言葉を選んだ。
「玉玲様が襲われたと知れれば、噂が先に走ります。
城へ届く前に広まるのは避けたい」
匠一はうなずいた。
それは分かる。
助かったとはいえ、襲撃そのものが梁家の傷になる。
しかも行道尚書の娘が街道上で危うく消えかけたとなれば、道の威信まで揺らぐ。
「じゃあ止まらない」
「はい。可能な限り」
ダンが赤布の頭目を足でつついた。
「こいつ、どうする。
馬車の後ろにぶら下げとく?」
「死ぬ」とハナ。
「死なないくらいで」
「死ぬ」とハナが言い切る。
周蓋が口を開いた。
「賊の頭目は、城へ引き渡したい。
生きていれば、背後関係も洗えます」
「背後あると思う?」とニール。
「今のところは何とも。
ただの街道賊ならそれでよし。
そうでないなら、なおさら生かす価値がある」
匠一は赤布の男を見た。
男は睨み返そうとしていたが、目の奥にあるのは敵意より怯えだった。
空から落ちてきた子どもたちに、仲間ごと踏み潰された。
もう自分が主導権を持てないことは分かっている。
「生かす」と匠一。
「助かる」と周蓋。
「でも暴れたら落とす」
赤布の男の顔が引きつった。
周蓋も一瞬だけ黙ったが、否定はしなかった。
匠一は街道脇の木立へ目をやった。
太さの揃った若木が何本か見える。
車輪に使えそうな古い荷台の残骸も、少し先に転がっていた。
「……久しぶりに格子台車作るか」
周蓋が目を瞬いた。
「格子、台車……?」
「檻つきのやつ」とダンが気軽に言う。
「また作るの?」とハナ。
「運ぶならそれが早い」と匠一。
マリーが馬の首筋を撫でたまま振り向く。
「馬が怖がらない形にして」
「木はある」とキール。
「見張りやすいほうがいい」とニール。
周蓋はしばらく黙った。
賊を捕らえたうえ、その場で檻つきの運搬台車まで作るという発想自体が、
彼の知る常識の外にあった。
ハナが当然のように言う。
「前もやったし」
「ゴレムさん送り届けた時も」とマリー。
「ダークエルフの女盗賊でも」とキール。
「コボルト盗賊でも」とニール。
ダンが笑う。
「だいたい暴れるやつは檻のほうが楽なんだよな」
格子台車は思いつきではなかった。
ゴレムさんを送り届けた時の盗賊でも、ダークエルフ女盗賊でも、コボルト盗賊でも使った。
捕らえて運ぶ必要がある時、檻詰めにして引いていく。
匠一たちにとっては、いつものことだった。
周蓋はようやく言葉を見つけた。
「……ここで、今から作るのですか」
「すぐ」と匠一。
「長くはかからない」とキール。
「縛るより安全」とニール。
「馬車の後ろに死にかけをぶら下げるより、ずっといい」とハナ。
周蓋は赤布の男を見た。
次に匠一たちを見た。
そして短く頭を下げた。
「……お願いします」
匠一はうなずいた。
「ダン、切る」
「おう」
「キール、真っ直ぐなの」
「分かった」
「ニール、縄と見張り」
「見る」
「マリー、馬」
「任せて」
「ハナ、中の近く」
「うん」
指示が落ちると、六人はすぐに散った。
護衛たちは一瞬だけ戸惑ったが、周蓋が手で制した。
「手を貸せ。
この方々は本気だ」
その一言で、護衛たちも動いた。
若木を運び、荷台の残骸を引きずり、縄を集める。
匠一は地面にしゃがみ込み、長さと幅を目で測った。
大きすぎれば重い。
小さすぎれば暴れる。
必要なのは、逃げられず、運べて、馬が怯えにくい形だ。
赤布の男が初めてはっきりと顔色を変えた。
「お、おい……何をする気だ」
ダンがにやりとする。
「檻詰め」
「運ぶだけだよ」とハナ。
「生きたまま」とニール。
男の喉が鳴った。
縄で縛られるだけだと思っていたのだろう。
だが目の前の子どもたちは、もっと慣れていた。
捕らえた相手をどう運ぶかまで、もう手順になっている。
馬車の中から、玉玲の声がした。
「周蓋。
何をなさっているのですか」
周蓋は少しだけ言い淀み、それでも正直に答えた。
「賊を……檻に入れて連行するための台車を、急造しております」
少しの沈黙。
それから、布の向こうで息を呑む気配がした。
「そのようなことが、できるのですか」
ハナが小さく答える。
「できる」
ダンが続ける。
「前もやったし」
マリーが馬を落ち着かせながら言う。
「揺れは少なくするから大丈夫」
「……大丈夫なのは、どちらに対してでしょう」
玉玲のその返しに、マリーが少しだけ目を丸くした。
ハナが口元をゆるめる。
「両方」
周蓋は思わず咳払いした。
護衛のひとりは、若木を抱えたまま何とも言えない顔をしている。
だが誰も止めなかった。
止める理由がない。
むしろ理にかなっている。
やがて、簡素だが頑丈な格子台車が形になっていく。
低い荷台に四輪。
その上へ格子を組み、上からも押さえられるように縄を渡す。
見た目は粗い。
だが逃げるには十分に厄介で、運ぶには十分に軽い。
匠一が最後に格子の締まりを確かめた。
「これでいい」
ダンとキールが赤布の男を持ち上げる。
「や、やめろ!」
「暴れるな」とダン。
「落とすぞ」と匠一。
男はぴたりと止まった。
そのまま格子台車へ押し込まれ、他の野盗も順に詰められていく。
うめき声と縄の擦れる音が重なった。
周蓋はその様子を見て、低く息を吐いた。
「……確かに、これなら逃げませんな」
「見張りやすいし」とニール。
「死ににくい」とハナ。
「馬車も汚れない」とマリー。
「引くのは誰」とダン。
匠一は馬と台車、馬車の重さ、街道の傾きを見た。
「護衛ひとり、後ろ。
馬車の後ろに直結はしない。
少し間を空ける」
「承知しました」と周蓋。
そこまで済んで、ようやく馬車の中から玉玲の声がした。
「周蓋」
「はっ」
「その方々のお名前を、まだ伺っておりません」
周蓋が匠一を見る。
答えるかどうかを委ねる目だった。
匠一は少しだけ考えた。
偽る必要はない。
だが全部を渡す必要もない。
「匠一」
「ダン」
「マリー」
「ハナ」
「キール」
「ニール」
順に名乗る。
姓はない。
出自もない。
それで十分だった。
馬車の中で、玉玲がその名を一つずつ受け取る気配がした。
「……匠一様、皆様。
梁玉玲、命を救われました。
本来ならば、馬車を降りて礼を尽くすべきところですが」
「いい」と匠一。
「まだ降りないで。
道の上だから」
少しの沈黙。
それから、布の向こうで小さく笑う気配がした。
かすかだったが、確かに笑った。
「はい。
では、城へ着くまで、言葉だけ先にお預けいたします」
マリーが小さく目を丸くする。
「ちゃんとしてる」
「高い家の子だし」とハナ。
「でも怖かったはず」とマリー。
「怖くても言うこと言う人」とハナ。
匠一はそれを聞きながら、馬車の横へ立った。
同行するなら位置取りがいる。
護衛の再編も必要だ。
「周蓋」
「は」
「前、後ろ、横。どう置く」
周蓋はすぐに答えた。
「本来なら前に二、左右に一ずつ、後ろに一。
ですが今は人数が足りません」
「じゃあ変える」
匠一は街道と森を見た。
襲われたのは、森が道へ張り出した狭まりだ。
次も同じとは限らないが、警戒すべきは横と後ろだ。
しかも今は、格子台車という新しい荷まで増えた。
「護衛は前一、御者の横一、格子台車の後ろに一。
横はこっちで見る」
周蓋が目を細める。
「……よろしいのですか」
「速いから」
それだけだった。
だが事実だった。
六人は馬車の護衛としては異様なほど小さい。
だが、反応速度だけなら大人の護衛よりずっと上だ。
周蓋は短くうなずいた。
「承知しました」
「ダン、後ろ」
「おう」
「キール、左の森」
「うん」
「ニール、右と前」
「見える」
「マリー、馬」
「見る」
「ハナ、中の近く」
「うん」
「俺、前」
指示が落ちる。
六人はすぐに散った。
護衛たちも、その速さにもう口を挟まない。
従ったほうがいいと理解している。
御者が手綱を握り直す。
馬が鼻を鳴らす。
車輪がきしみ、豪華な馬車がゆっくりと動き出した。
その後ろで、もうひとつ、粗いが頑丈な車輪の音が続く。
格子台車だった。
中では赤布の男が格子を睨み、他の野盗たちが身じろぎするたび木が軋んだ。
街道は再び前へ伸びる。
だがさっきまでとは意味が違った。
ただ城へ向かう道ではない。
梁家の娘を乗せ、襲撃を生き延び、秘密を抱え、盗賊を檻詰めにしたまま進む道だ。
しばらくは誰も大きな声を出さなかった。
車輪の音と、馬の蹄と、草を擦る風だけが続く。
やがて、馬車の中から静かな声がした。
「匠一様」
前を歩いていた匠一が少しだけ顔を向ける。
「なに」
「先ほど……“道の顔が潰れるところだった”と、おっしゃいましたね」
「ああ」
「そのような言い方をする方は、あまりおりません」
匠一は少し考えた。
「道は、つながってないと駄目だから」
「人が通るために、ですか」
「人も。物も。話も。助けも」
馬車の中が静かになる。
玉玲はその言葉を噛んでいるようだった。
「……父が聞けば、喜ぶかもしれません」
「怒るかも」とハナが横から言う。
「なぜです?」
「子どもに先に言われたら、悔しいから」
一瞬の間のあと、馬車の中で今度ははっきり笑い声がした。
小さいが、さっきまでの震えとは違う。
生き延びた者の笑いだった。
周蓋も口元を少しだけ緩めた。
護衛たちの肩からも、ほんの少し力が抜ける。
張り詰めたままでは城まで持たない。
この程度の緩みは必要だった。
だがニールがすぐに声を落とす。
「前、道が分かれる」
匠一の目が上がる。
街道の先で、細い脇道が山側へ折れていた。
荷車一台がやっと通れる程度の道だ。
木立に半ば隠れ、知らなければ見落とす。
周蓋が低く言う。
「使われぬ古道です。
今は本道を行くべきですが……」
言いながらも、その目は脇道を見ていた。
もしまた何かあれば、逃げ道にもなる。
あるいは待ち伏せにも。
そして今は、格子台車まで引いている。
道幅の選択は、さっきまでより重い。
キールが森の匂いを嗅ぐように顔を向ける。
「新しい足跡、少しある」
「何人」と匠一。
「多くない。二、三。
でも今日のじゃないかも」
ニールも目を細める。
「見張りには使えそうな道」
周蓋の顔が険しくなる。
襲撃の直後に、こういう脇道は気になる。
ただの古道か、賊の退路か、別の誰かの目か。
匠一は少しだけ歩を緩めた。
進むべきか、見るべきか。
線は二つに分かれていた。
そして今、どちらを拾うかで、この先の城への入り方まで変わる気がしていた。




