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見難い火傷の子  作者: 清風
604/660

夜の聞き取り

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子604


夜の聞き取り


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


窓のある部屋は、裏の空き部屋より少しだけましだった。


広いわけではない。

壁は土と木で、床には擦り減った板が渡してある。

隅には藁を詰めた寝台が二つ、反対側には低い机がひとつ。

窓は小さいが、夕方の光がまだ細く差し込んでいた。

預かり部屋というより、急な客を一晩置くための部屋に近い。

補佐が言った「通す前の客」という扱いが、そのまま形になったような場所だった。


ラドは戸口に立ったまま、部屋の中を見回した。


「ここだ」


匠一が窓を見た。

ダンは壁を見た。

キールは床板の軋みを確かめるように一歩だけ踏み、

マリーは机の上に埃が少ないことを見て、少しだけ眉を上げた。

ハナは寝台の藁を指で押し、ニールは戸口と窓の位置を見比べていた。


ラドがその様子を見て、半ば呆れたように言う。


「おまえら、本当に子どもか?」


匠一が答える。


「まだ小さい」


「それはもう聞いた」


ラドはため息をついた。

だが前より棘はない。

面倒ごとではある。

だが、雑に扱ってはいけない面倒ごとだと、彼もようやく分かってきたのだろう。


「飯と水はあとで来る。

見張りは外につけるが、戸を叩かせるなとは言ってある」


「逃げると思ってる?」とマリー。


「思ってるというか、思わないわけにもいかない」


「逃げないよ」とハナ。


ラドは肩をすくめた。


「監督官殿も補佐殿も、そこは半分しか信じてない」


匠一が聞く。


「半分?」


「長く待たせたら、勝手に次へ行きそうだからだ」


六人のうち、誰も否定しなかった。

ラドはそれを見て、もう一度ため息をつく。


「やっぱりな」


その時、廊下の向こうから盆の触れ合う音がした。

中年の女がひとり、湯気の立つ椀と水差しを持って入ってくる。

記録所にいた女ではない。

この建物の賄い役らしく、手つきに無駄がない。


「六人分だよ。

足りなきゃ言いな」


机の上に、粥に近い煮麦の椀、干した肉を刻んだもの、塩気の強い汁物が並ぶ。

豪華ではない。

だが、預かり物に出す飯としては悪くない。


「ありがとう」とマリー。


女は少しだけ目を丸くした。

もっと生意気な返しを想像していたのかもしれない。


「……礼は言えるんだね」


「言うよ」とハナ。


「じゃあ、食べな」


女はそれだけ言って出ていった。

ラドも戸口から離れかけたが、匠一が呼ぶ。


「ラド」


「何だ」


「補佐、いつ来る?」


「飯のあとだ。

今、監督官殿へ返す文をまとめてる」


「長い?」


「長くしないようにしてる」


ラドはそう言って、今度こそ出ていった。

戸が閉まる。

外には見張りの気配が二つ。

だが槍の石突きを鳴らすような威圧はない。

補佐の指示が通っているのだろう。


六人は机を囲んだ。

匠一が先に椀を取る。

他の五人もそれに続いた。


しばらくは、食べる音だけが部屋にあった。

匙が椀に当たる音。

汁をすする音。

外からは、夕方の市のざわめきが遠く聞こえる。

荷を引く獣の声。

誰かが値を張る声。

木を打つ音。

この市はまだ動いている。


ダンが先に口を開いた。


「補佐、分かるほうだったな」


「ああ」と匠一。


「監督官はもっと早かった」とキール。


マリーが椀を置く。


「でも、まだ途中だよ」


「うん」


ハナが小さく言う。


「皇帝じゃない」


ニールが窓の外を見たまま続ける。


「でも、道には乗った」


それは全員が感じていることだった。

止められてはいない。

押し返されてもいない。

むしろ、相手の線の上に乗せられ始めている。

それは《爆炎》にとって悪くない。

自分たちで別の線を引くより前に、相手の上のほうへ届くなら、そのほうが早い。


匠一は汁を飲み干してから言った。


「長かったら、行ってた」


マリーが苦笑する。


「知ってる」


「どこまで?」とハナ。


「話のわかるところまで」


ダンが鼻で笑った。


「それ、たぶん一番面倒なやつ」


「でも早い」と匠一。


キールが静かに言う。


「早いけど、今はまだ待ったほうが得だ」


「うん」


ニールも頷く。


「監督官が“押さえるな”って言ったなら、向こうも分かってる」


マリーが匠一を見る。


「じゃあ今夜は、ちゃんと話す?」


匠一は少し考えた。


「少し増やす」


「どこまで?」


「浜村の先」


それで十分だった。

全部を見せる必要はない。

だが、相手が流れを前へ出すなら、こちらも一段だけ出す。

それが交渉だった。


やがて戸が叩かれた。

一度だけ、軽く。


「入る」


補佐の声だった。

ラドと、昼に来た若い随員も一緒らしい。


戸が開く。

補佐は昼より少しだけ疲れた顔をしていたが、目は冴えていた。

手には板と紙束。

ラドは小さな灯りを持ち、随員は筆記のための板を抱えている。


「食っていたか」


「ああ」


「ならいい。

今夜の聞き取りは長くしない」


匠一がすぐに聞く。


「ほんとか?」


補佐は少しだけ口元を動かした。


「本当だ。

長くすると、おまえたちは勝手に次へ行きそうだからな」


ラドが吹き出し、随員は真顔のまま筆板を構えた。

匠一は否定しなかった。

補佐も、もうそこを責めるつもりはない。

性質として理解したうえで、扱い方を決めている。


補佐は低い机の向こうに座った。

ラドは戸口の脇、随員はその横。


「昼の続きだ。

監督官殿は、明朝までに返す話を欲しがっている」


「ああ」


「だから聞く。

浜村の先、おまえたちはこの市をどう使うつもりだ」


匠一は少しだけ考えた。

昼よりも、問いが一段深い。

村の改善ではなく、市の位置づけを聞いている。


「結ぶところ」


「何を」


「山と浜と、その先」


「その先とは」


「まだ見てないところ」


補佐はうなずいた。

曖昧だが、逃げではない。

見ていないものを見たふりはしない。

その代わり、見た範囲の線だけは確かに引く。

そういう答え方だった。


「この市に足りないものは何だ」


匠一はすぐに答えた。


「置く場所」


補佐の眉がわずかに動く。


「荷か」


「荷も。人も」


「人?」


「来た人が、次にどこへ行くか決める場所が弱い」


ラドが顔を上げた。

補佐も黙る。

それは荷捌き場の話だけではない。

人の流れ、話の流れ、判断の流れまで含めた答えだった。


「門で止まる。記録所で止まる。ここでも止まる」


匠一は続ける。


「止まるのはいい。

でも、次へ流す場所が小さい」


補佐は机の上の板を指で叩いた。

痛いところを突かれた、という顔ではない。

むしろ、自分でも分かっていた弱点を、外から来た子どもに言葉にされた顔だった。


「なら、どうする」


「分ける」


「何を」


「すぐ通す話と、置いていい話」


「誰が決める」


「ここ」


また同じ答えだった。

だが今度は、補佐もすぐに意味を取った。

この建物の役目を、匠一は“止める場所”ではなく“流れを選ぶ場所”として見ている。


随員の筆が走る。

監督官へ返す文に、そのまま使える言葉だ。


補佐は次の問いを投げた。


「おまえたちの後ろにいる者どもは、この市に何を持ち込める」


ラドがわずかに息を止める。

昼より一段踏み込んだ問いだった。


匠一は少し考えた。


「運ぶ手」


「他は」


「作る手」


「他は」


「守る手」


補佐はうなずく。

そこまでは昼にも出た。

だが今夜は、その先を聞く。


「それを、いつ出す」


「通るなら、あと」


「通らないなら」


匠一は補佐を見た。


「別の道を探す」


部屋が静かになった。

脅しではない。

事実として言っている。

だからこそ重い。


補佐はしばらく黙ってから聞いた。


「この市を飛ばすのか」


「必要なら」


「監督官も?」


「話が止まるなら」


ラドが思わず顔をしかめる。

随員の筆が一瞬止まる。

だが補佐は、そこで怒らなかった。

むしろ、監督官の言葉がまた腹に落ちた。


押さえるな。

押さえたまま通さなければ、別のところを破って出る。


まさにその通りだった。


「なるほどな」


補佐は低く言った。


「おまえたちは、こちらの段取りに従うのではなく、

こちらの段取りが使えるうちは使う、ということか」


「ああ」


「使えなければ?」


「次」


短い。

だが十分だった。


補佐は長く息を吐いた。

それから、少しだけ笑った。


「監督官殿が急がせるわけだ」


匠一は首を傾げる。


「急いでる?」


「かなりな」


ラドが横から言う。


「普通なら、こんな話は何日も寝る」


「寝たら?」とハナ。


「おまえら、どっか行くだろ」


「たぶん」とニール。


ラドは額を押さえた。

補佐は笑わなかったが、否定もしなかった。


「よし」


補佐は板をまとめた。


「今ので十分だ。

監督官殿へ返す文は書ける」


匠一が聞く。


「次は?」


「明日だ」


「誰?」


補佐は少しだけ間を置いた。

だが、もう隠す意味は薄い。


「地方府で、街道と流通を見ている書記官だ」


「話、わかる?」


「分かるほうだ。

少なくとも、道と荷の話を笑って捨てる相手ではない」


匠一はうなずいた。

それで十分だった。

皇帝ではない。

だが、皇帝へ至る道の上にいる者。

その線は、確かに前へ伸びている。


補佐は立ち上がる。


「今夜は休め。

長くは待たせん」


「ほんとか?」


「本当だ」


「じゃあ、まだ行かない」


ラドがまた吹き出し、随員は今度こそ苦笑した。

補佐は戸口へ向かいながら、振り返らずに言う。


「行かせる前に通す。

それが今夜の結論だ」


戸が閉まる。

外の見張りの気配はそのままだが、さっきより硬くない。

部屋の中には、灯りの小さな揺れと、食事の残り香と、

明日にはまた一段上へ進むという確かな感触が残った。


《爆炎》は、押さえれば止まる火ではない。

だが、通る道があるなら、その道を使う。

だからこそ、相手が早く理解すれば、爆発は起きない。

起きないまま、もっと上へ届く。


匠一は窓の外の暗がりを見た。

市の灯りが、ところどころに小さく灯り始めている。

まだ皇帝は遠い。

だが、遠いままではなくなった。


明日、またひとつ上へ行く。

今はそれで足りた。

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