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見難い火傷の子  作者: 清風
580/652

亜細亜線 バビロニア新聞記者マルコの旅日記編 第一回 バビロニア中央駅を発つ

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子580


亜細亜線 バビロニア新聞記者マルコの旅日記編 第一回 バビロニア中央駅を発つ

深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


バビロニア中央駅の朝は早い。

いや、早いという言い方は少し違う。

あそこでは朝が来るのではなく、朝が到着する。

鐘が鳴る前から荷車は列をなし、羊毛の包みは北方行きの貨車へ、

香油の樽は西海連絡便へ、書板の箱は官用車へと、まるで見えない手に押されるように流れていく。

人は多いのに騒がしくない。

怒鳴り声がないわけではないが、それすら時刻表の一部のように聞こえる。


私は少し早めに駅へ着いたつもりだったが、駅のほうはとっくに私を置いて始まっていた。

中央駅というものは、旅人を迎える場所である前に、国家が自分の血を全身へ送り出す心臓なのだろう。

そう思わせるだけの規模があった。

高い天蓋の下には煤けた鉄骨が走り、朝の光はガラス越しに薄く差し込み、

床石の上には無数の靴音が乾いた波のように広がっていた。

見上げれば大時計がある。

黒鉄の針は情け容赦なく進み、誰の都合も待たない顔をしている。

あの時計の下に立つと、人は自分が旅人である前に、時刻に従う一個の荷物になったような気分になる。


切符売場にはすでに列ができていた。

草原風の外套を着た若者、都城風の帽子をかぶった役人、荷札を束ねて持つ商人、経巻らしき包みを抱えた僧。

顔立ちも服装も違うのに、皆が同じ窓口の前で順番を待っている。

これは考えてみれば妙な光景である。

かつてなら、同じ道を行くことすらなかった者たちが、いまや同じ紙片一枚のために列を作っている。

剣や勅令より、切符のほうが人を平等に並ばせるらしい。


その列の脇には、ふつうの旅客窓口とは別に、若い書記たちのいる机がいくつか並んでいた。

地方から来た学生候補の名簿を改め、行き先ごとに札を分け、必要な者には乗継ぎの指示まで与えているらしい。

草原や北方、高原の町々から来た若者たちは、まずここで国家の帳面に名を載せられ、

それから幹線の列車へ送り出されるのだという。

中央駅は旅の出発点であるだけでなく、人の進路を本線へ接続する門でもあるらしかった。


私の前にいたのは、まだ頬の若い草原の青年だった。

背は高いが、肩のあたりに少しだけ落ち着かない気配がある。

初めての長旅なのだろう。

着ている短い上衣はひと目には草原のものに見えたが、

よく見れば裁ちも留め具も鉄道国の市で見かける品で、故郷の衣をそのまま着てきたというより、

こちらへ来てから手に入れた草原風の服といったほうが近い。

遠くへ行く者が、出自の気配だけは身に残しておきたかったのかもしれない。

私は職業柄、聞くつもりがなくても人の声を拾ってしまう。


「ウランバートルまで。……その先は、学舎の指示で」


学舎。

なるほど、特別学生というやつか。

近ごろ鉄道国は、草原や都城や高原から若者を集めて学ばせていると聞く。

線路だけでなく、人の頭の中にも枕木を敷くつもりらしい。

青年は先に脇机で名簿を確かめられ、行き先札を受け取ってから窓口へ進んでいた。

つまり彼は、私のようにバビロニアから旅を続ける者ではなく、この中央駅で進路を割り振られ、ここから先の列車に乗る若者なのだ。

切符を受け取る指先が少し強張っている。

戦利品を握る手ではない。

未来を握る手つきだった。

新聞記者という商売は皮肉を忘れると務まらないが、ああいう手を見ると、少しばかり言葉に困る。


私も切符を買った。

窓口の女は慣れた手つきで行程を確認し、乗継ぎの札を添え、まるで私がどこへ行くかより、

列車がどこまで私を運ぶかのほうに関心があるような顔で紙片を差し出した。

実際、その通りなのだろう。

旅人は気まぐれだが、路線は気まぐれでは困る。

鉄道国の強みは、英雄の気分ではなく、窓口の無表情のほうに宿っているのかもしれない。


発車まで少し間があったので、私は構内の売店へ向かった。

旅の初めに腹を満たしておくのは、記者としてというより人間として賢明である。

売店には焼きたての平板パン、蜜棗を煮た甘い菓子、塩気の強い羊肉の薄切り、それに濃い茶が並んでいた。

私は平板パンに羊肉を挟んだものと、熱い茶を頼んだ。

こういう場所の食い物は、たいてい土地の性格をしている。

中央駅のそれは、見栄えより手際を優先していた。

熱いうちに持て、歩きながらでも食え、腹にたまれ、そして遅れるな、という味である。


一口かじる。パンは香ばしいが少し硬い。

羊肉は塩が利きすぎている。

だが悪くない。

むしろ、これから長い旅に出る人間にはちょうどいい。

茶で流し込むと、口の中に残った脂がすっとほどけた。

私は柱にもたれて食べながら、ホームを眺めた。

荷役係が木箱を転がし、車掌が札を確認し、兵士が短く何かを命じ、商人が帳面をめくり、

旅人が自分の荷を足元へ寄せる。

そのあいだを、さきほどの学生候補たちが案内札を手にして、それぞれ決められた車両へ送られていく。

誰もが自分の用事をしているだけなのに、全体としては一つの巨大な生き物のように動いている。

駅というものは不思議だ。

人間の勝手を集めておきながら、最後にはそれを秩序に変えてしまう。


やがてホームに汽笛が響いた。

短く一度。

まだ余裕はあるが、もう遊びではないという合図である。

乗客たちの動きがわずかに締まる。

草原の青年は切符と行き先札を何度も確かめ、役人風の男は袖口を直し、僧は包みを抱え直した。

私も茶を飲み干し、紙包みを屑籠へ放り込んだ。

旅の始まりにふさわしい儀式があるとすれば、それは祈りではなく、食べ終えた包みを捨てることかもしれない。

人は腹を満たしてからでないと、遠くへは行けない。


列車に乗り込む。

車内は思ったより質実だった。

豪奢さを誇るというより、長距離を確実に運ぶための木と鉄の匂いがする。

窓枠は頑丈で、座席は広すぎず狭すぎず、荷棚にはすでにいくつもの包みが載っている。

向かいの席には先ほどの草原の青年が座り、その隣には帳面を抱えた商人風の男が腰を下ろした。

通路の向こうには、灰色の衣をまとった僧が静かに目を閉じている。

なるほど、これだけで一つの大陸の縮図めいてくる。


発車の鐘が鳴った。

今度ははっきりと、ためらいなく。

車輪の下で鉄がきしみ、列車はゆっくりと身を起こす。

ホームが後ろへ流れ始めると、見送る者たちの顔が一瞬だけ近づき、それからすぐに遠ざかった。

駅舎の大時計が窓の外を横切る。

あの針の下にいたときには大きすぎると思えた時計が、動き出した列車から見ると、妙に静かなものに見えた。

支配する者は、追う側に回ると急に無口になる。


バビロニア中央駅を離れると、街の屋根がしばらく続き、その向こうに倉庫群と外環の操車場が見えた。

積み上げられた木箱、待機する貨車、分岐していく線路。

旅人の目には景色だが、国家の目には血管なのだろう。

私は手帳を開き、最初の一行を書いた。


――鉄道国の帝国は、城壁よりも先に、時刻表の形をしている。


少し気取った書き出しだとは思う。

だが、走り出した列車の窓から見えるものが本当にそうなのだから仕方がない。

向かいの青年は窓の外を見つめたまま、まだ一言も発していない。

彼にとってこの列車は、旅の続きではなく入口なのだろう。

商人風の男はもう帳面を開いている。

僧は揺れに合わせて静かに呼吸している。

誰も同じ旅をしていないのに、同じ列車に乗っている。

この事実だけでも、記事一本の価値はある。


編集長は「褒めるな、媚びるな、だが見たものは曲げるな」と言った。

いまのところ、私はまだ褒めてはいないつもりだ。

ただ、中央駅を発つだけでこれほど多くのものが見えるなら、この先の草原や山脈や高原では、

いったい何が見えるのか。

そう考えると、記者としての警戒心より先に、旅人としての空腹がまた少し顔を出す。


どうやらこの旅は、退屈にはならなさそうである。

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