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見難い火傷の子  作者: 清風
561/616

ゴレムさん編 帰還、そして待機

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子561


ゴレムさん編 帰還、そして待機


ゴーレムヨンドの門が見えた時、ゴレムは胸の奥で小さく息をついた。

長い旅路だった。

距離だけではない。

見たものも、考えたことも、出立した時とは比べものにならないほど増えている。


「帰ってきたわね」 とテレースが言う。

「はい」 とゴレムは答えた。

「なんだかんだで長かった」

「そうですね」

「でも、あなたにとっては無駄じゃなかった」

「はい。無駄ではありませんでした」

「それなら良かった」


門をくぐると、見慣れた街の空気が二人を迎えた。

行き交う人々の足取り、荷の運ばれ方、建物の並び、聞こえてくる声。

どれも出発前には当たり前だったものだ。

だが今は、その当たり前の中にも流れがあると分かる。

人がどう動き、何が支え、どこで滞るのか。

ホーネット幕府で得た視点は、帰ってきた街の見え方まで変えていた。


「もう見方が違う顔してる」 とテレースが横で笑う。

「顔に出ていますか」

「出てるわよ」

「困りました」

「別に困ることじゃないでしょ」

「そうでしょうか」

「ええ。帰ってきたのに、ちゃんと持ち帰ってる顔だもの」

「……それは、少し嬉しい言い方です」

「少しじゃなくて、もっと嬉しがっていいのよ」

「では、嬉しいです」

「素直でよろしい」


二人はまず、旅の報告と荷の整理を済ませるために拠点へ向かった。

道中で使ったもの、持ち帰った記録、現地で得た細かな品々。

大きな戦利品があるわけではない。

だがゴレムにとって最も重い持ち帰りは、やはり帳面だった。


部屋へ入るなり、彼は荷を下ろし、真っ先に帳面を机へ置いた。

その扱いに迷いがない。

以前なら、疲れより先に続きを書こうとしていたかもしれない。

だが今は違う。

まずは落ち着き、全体を見渡し、どこから整理するべきかを考える。


「すぐ開かないのね」 とテレースが言う。

「はい」

「前なら座った瞬間に書いてた」

「そうかもしれません」

「今日は?」

「まず、旅の流れを頭の中で並べます」

「本当に変わったわ」

「旅の途中でも言われました」

「だって事実だもの」


ゴレムは椅子に座り、しばらく黙っていた。

ホーネット幕府で見た軌道技術。

敷設メンテゴーレムの運用。

人とゴーレムの役割分担。

保守の流れ。

補給の仕組み。

そして、その先にあると聞いたオートマタ。

ひとつひとつを思い返しながら、帳面のどこに何をまとめるべきかを頭の中で組み直していく。


やがて彼は帳面を開いた。

最初の頁には、旅の終わりにふさわしいように、短くこう書いた。


ホーネット幕府観察記録、ここに一旦の区切りとする。


その一文を書いてから、少しだけ手を止める。

区切り。

終わりではない。

持ち帰ったものは、ここから整理され、次の問いへ繋がっていく。


「書いた?」 とテレースが覗き込む。

「はい」

「どんなふうに締めたの?」

「一旦の区切り、と」

「いいんじゃない」

「終わり、ではありませんから」

「ええ」

「ここで閉じるのではなく、次へ渡します」

「それが今のあなたらしいわね」


ゴレムは頁をめくり、新たな見出しを書いた。


次期調査対象:オートマタ


その文字を見たテレースが、くすりと笑う。

「やっぱり書くのね」

「書きます」

「帰ってきて最初の新項目がそれ」

「はい」

「そんなに気になる?」

「気になります」

「知ってる」


ゴレムは真面目な顔のまま頷いた。

ホーネット幕府で見たものは、彼にとって十分に大きな収穫だった。

だがそれ以上に、その先を知りたいという欲求を残した。

オートマタとは何か。

ゴーレムとどう違うのか。

工程に判断を持ち込む技術という仮説は正しいのか。

確かめるべきことは多い。


「すぐ調べるの?」 とテレースが聞く。

「今日は整理を優先します」

「へえ」

「記録をまとめ、抜けを確認し、必要な資料を洗い出します」

「ちゃんとしてる」

「その後で、入手可能な文献や実例を探します」

「実例も?」

「可能なら」

「本気ね」

「本気です」


その返答に、テレースはもう驚かなかった。

旅の途中で芽生えた関心が、帰還しても薄れていないことは分かっていたからだ。

むしろ、帰ってきたことで本格的に始まるのだろう。


夕方まで、ゴレムは帳面の整理に集中した。

旅先ごとの記録を並べ、重なる点と異なる点を分け、

ホーネット幕府で得た視点を他の土地の観察と照らし合わせる。

技術は単体ではなく、制度や共同体や地形と結びついて意味を持つ。

その理解は、以前よりもずっとはっきりした形で彼の中に残っていた。


日が傾くころ、彼はようやく筆を置いた。

机の上には、整理された帳面と、別紙にまとめた今後の確認事項が並んでいる。


「終わった?」 とテレースが声をかける。

「今日はここまでです」

「今日は、ね」

「はい」

「明日もやる」

「やります」

「でしょうね」


彼女はそう言って笑ったが、止めるつもりはないらしかった。

むしろ、ゴレムが自分の意思で次へ進もうとしていることを、

どこか頼もしく見ているようでもある。


「それで」 とテレースが椅子の背に手を置きながら言う。

「オートマタは、いつ来るの?」

「手配が順調なら、そう遠くはないはずです」

「待つ時間も調査に使うのね」

「はい」

「落ち着かないでしょう」

「少し」

「少し?」

「かなり」

「正直でよろしい」


ゴレムは少しだけ視線を逸らした。

待つ時間は、嫌いではない。

だが今は、待つこと自体が次の頁の前触れに思えた。

届けば、仮説は現物に触れて確かめられる。

見て、比べて、考えることができる。

その時が近づいている。


窓の外では、ゴーレムヨンドの夕暮れが静かに街を包み始めていた。

旅は終わった。

ホーネット幕府での観察も、一旦ここで閉じる。

だがゴレムの中では、まだ何も終わっていない。

むしろ、ようやく次の入口に立ったところだった。


机の上の帳面に手を置きながら、彼は静かに息をつく。

帰るべき場所へ帰り、持ち帰るべきものを持ち帰った。

あとは待つだけだ。


次に届くものが、どんな頁を開かせるのかを。

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