ゴレムさん編 街道の夜、次の技術へ
見難い火傷の子558
ゴレムさん編 街道の夜、次の技術へ
宿場町に戻った夜、ゴレムは珍しく帳面をすぐには開かなかった。
机の上に置きはしたものの、手を伸ばす前に、しばらく窓の外を見ていた。
ホーネット幕府の外縁にあるこの町は、夜になっても完全には静まらない
遅れて着いた荷車の音、宿へ入る旅人の足音、どこかで交わされる短い確認の声。
昼ほどではないにせよ、流れはまだ続いている。
「今日は書かないの?」 とテレースが聞いた。
「書きます」 とゴレムは答える。
「ですが、その前に少し」
「考えたい?」
「はい」
「珍しいわね」
「そうでしょうか」
「ええ。いつもは見たらすぐ書くもの」
「今日は、少しまとまってからの方が良い気がします」
「なるほど」
テレースはそれ以上急かさなかった。
ゴレムの中で、今日見たものが単なる情報ではなく、
もう少し大きな形になりかけているのだと感じたからだろう。
しばらくして、ゴレムはようやく帳面を開いた。
だが最初に書いたのは、軌道の寸法でも、ゴーレムの動作でもなかった。
技術は単体ではなく、流れの中で意味を持つ。
昨夜書いた一文と似ている。
だが今夜は、その言葉が昨日よりも少し深く、自分の中へ落ちていた。
「またそこに戻るのね」 とテレースが言う。
「はい」
「大事?」
「非常に」
「本当に好きな言葉になってきたわね」
「たぶん、今日一日で一番強く残ったことです」
「そう」
ゴレムは筆先を少し止め、それから続けた。
軌道は線である。
だが、線だけでは機能しない。
敷設、補給、保守、運用、規格、役割分担。
それらが揃って初めて、線は流れを生む。
書きながら、自分でも少し驚いていた。
前なら、もっと構造そのものに意識が寄っていたはずだ。
もちろん今も構造は気になる。
だが、それ以上に「どう使われるか」
「どう支えられるか」が気になっている。
「変わったわね」 とテレースがぽつりと言った。
「……そうでしょうか」
「ええ」
「どのあたりが」
「前なら、たぶん部品や仕組みそのものに夢中になってた」
「今も夢中です」
「ええ、そこは知ってる」
「……はい」
「でも今は、その周りまで見てる」
「周り」
「人とか、道とか、町とか」
「……」
「技術が置かれてる場所ごと見てるのよ」
「そう、かもしれません」
ゴレムは少し考えた。
たしかに、そうなのかもしれない。
軌道を見て、軌道だけでは終わらなかった。
現場を見て、現場の外まで気になった。
技術は単独で存在しているのではなく、土地や人の営みの中に組み込まれている。
そのことが、今ははっきり面白い。
「それで」 とテレースが続ける。
「オートマタは?」
「気になります」
「即答ね」
「はい」
「どのくらい?」
「かなり」
「かなり、で足りる?」
「……非常に」
「でしょうね」
少し笑われたが、否定はできなかった。
爆炎パーティから聞いたその一言は、思った以上に大きく残っている。
ゴーレムの先にあるもの。
あるいは別の方向へ進んだ技術。
まだ何も見ていないのに、考えるだけで視界が広がる。
「今の時点での仮説ですが」 とゴレムは言った。
「オートマタは、ゴーレムよりも判断を内側に持つ可能性があります」
「ええ」
「もしそうなら、工程の分け方そのものが変わるかもしれません」
「人がやる部分と、機械がやる部分の境目が変わる?」
「はい」
「それって、そんなに大きいの?」
「大きいです」
「どうして?」
「流れの設計が変わるからです」
「……なるほど」
テレースはそこで少し黙った。
彼女なりに、その意味を考えているようだった。
「でも」 と彼女は言う。
「それって便利になるだけじゃないわよね」
「はい」
「昼にも言ってたけど」
「制御の難しさ、責任、保守、判断の誤り」
「増える」
「はい」
「新しいものって、やっぱり面倒も増えるのね」
「たぶん、それも含めて技術です」
「……」
「利点だけでは成立しません」
「そういう見方をするようになったのね」
「はい」
「良いことだと思うわ」
ゴレムはその言葉に、静かに頷いた。
新しいものを見て興奮するだけでは足りない。
どう使われ、どう壊れ、どう支えられるかまで見なければ、本当には理解できない。
そう思うようになったのは、たしかに変化だった。
帳面の頁は、今夜も少しずつ埋まっていく。
だが昨夜までと違うのは、
記録の中心が「見たもの」から「見えてきた考え方」へ移りつつあることだった。
ロクドでは制度を見た。
狸の里では共同体を見た。
アラクネ共和国では、地形に合わせる技術を見た。
ホーネット幕府では、流れを作る技術を見た。
それぞれが別々ではなく、少しずつ繋がっている。
世界は土地ごとに違うやり方で成り立っていて、技術もまた、
その土地の考え方を映しているのかもしれない。
「ねえ」 とテレースが言った。
「はい」
「この旅、前よりずっとあなたに合ってる気がする」
「……そうでしょうか」
「ええ」
「どうして」
「見たものを、ちゃんと自分の中で育ててるから」
「育てる」
「ただ通り過ぎてないのよ」
「……」
「それって、たぶん大事なことだわ」
ゴレムはすぐには答えなかった。
だが、その言葉は静かに残った。
見たものを育てる。
たしかに今の自分は、ただ珍しいものを見て終わってはいない。
見たものを考え、繋げ、次に見るものへの足場にしている。
「はい」 と彼はやがて言った。
「そうなら、嬉しいです」
「ええ。私も嬉しいわ」
夜は少しずつ更けていく。
宿場町の音も、ようやく遠のき始めていた。
それでもゴレムの中では、軌道の上を流れる未来と、
その先にあるかもしれないオートマタの姿が、まだ静かに動き続けている。
次に何を見るのか。
次に何を知るのか。
その先にどんな技術があり、どんな流れがあるのか。
旅はまだ続く。
そしてゴレムの関心もまた、止まることなく次の技術へ向かっていた。




