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見難い火傷の子  作者: 清風
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478/519

マケドニア禍 第六話 一人のアレキサンダーを見たら

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子478


マケドニア禍 第六話 一人のアレキサンダーを見たら


深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


ラスボラスゲートを止めても、王旗は消えなかった。


敵は引いていない。

崩れてもいない。

ただ、形を変えた。


正面突破の圧は薄れたが、その代わりに後方の再編が速くなった。

工兵が前へ出て、補給が組み替えられ、軽騎兵は門前の死地を避けるように左右へ散る。

止められたことを認めた上で、なお進む方法を探している。

それが、今の敵だった。


ラスボラスゲート後背の仮設指揮所では、地図が一枚増えていた。

門前図ではない。

広域図だ。


街道、河川、丘陵、宿場、補給可能域、退避民の流れ、敵工兵の推定作業線。

そこに、オートメガネウラ隊の観測線とワイバーン隊の潜入報告が重ねられている。

戦場はもう門の前だけではなかった。


匠一はその地図の前に立ち、指先でいくつもの線をなぞっていた。

背後にはノクス、セドリック、ダン、キール、マリー、ニール、クロ、ユキ、ポン、リョーカ。

全員が疲れている。

だが、疲れているだけで鈍ってはいない。


「王旗は中央後方」

セドリックが報告する。

「ただし固定ではありません。再編指示に合わせて位置をずらしています」


「工兵線は三本」

ノクスが続ける。

「うち一本は囮の可能性あり。残り二本は、門の意味を薄くするための地形改変と見られます」


キールが地図を見下ろす。

「門を止めたら、門の外で通れる道を作る。わかりやすいな」


「わかりやすいから厄介なんだ」

クロが言う。

「やることが正しい」


匠一はうなずいた。

「正しい。だから、王を見つけて喜んでる場合じゃない」


その言葉に、ポンが尻尾を揺らす。

「出たね」


「何が」

ダンが問う。


匠一は地図から目を離さずに言った。


「一人のアレキサンダーを見たら、三十人いると思え」


会議室ではなく、仮設指揮所の空気が静かに締まる。

それは比喩であり、同時に運用思想だった。


王が一人いる。

だが、遠征を動かしているのは王一人ではない。

王の判断を実行する工兵がいる。

補給をつなぐ者がいる。

地形を読む者がいる。

別働線を探る者がいる。

そして何より、王のやり方を再現する構造がある。


「王を討てば終わる、って考えるな」

匠一は続けた。

「王が一人でも、遠征の中には“アレキサンダー的な判断”が三十個あると思え。

正面が駄目なら横へ回る。

門が駄目なら地形を変える。

補給が詰まるなら現地でつなぐ。

そういう頭が、あちこちにある前提で見ろ」


ニールが口元を上げる。

「つまり、敵将の首を狙う話じゃなくて、敵軍全体を“征服者の群れ”として扱えってことか」


「そう」

匠一は即答した。

「一人を殺して安心した瞬間に負ける」


マリーが腕を組む。

「嫌な格言ね」


「でも正しい」

ユキが低く言う。

「今回の敵、まさにそうだし」


実際、ラスボラスゲートで止められた後の動きがそれを証明していた。

王旗は中央後方にある。

だが、左右外縁の工兵線も、補給再編も、軽騎兵の散開も、

いちいち“王が直接叫ばなくても進む”形になっている。

征服のやり方が、軍全体に染みているのだ。


だからこそ、《爆炎》の対処も変わる。


「対王戦は後回し」

匠一が言う。

「優先は三つ。工兵線、補給再編、別働探索」


セドリックが即座に板へ書き出す。


「工兵線はアースロプレウラ隊とワイバーン隊で潰す。

補給再編は潜入班で中心を割る。

別働探索はメガネウラ隊を厚くして、通れる地形を先に殺す」

匠一は一つずつ区切るように言った。

「王本人は見えるなら見る。でも、見えたこと自体に価値を置くな」


ダンが笑う。

「本当に夢がないな」


「夢で勝てる相手じゃない」

匠一は言った。

「向こうは“王がいるから強い”んじゃない。“王のやり方が軍全体に広がってるから強い”んだ」


その認識は、《爆炎》にとって都合がよかった。

彼らもまた、一人の英雄に依存する組織ではないからだ。

匠一が全部つなぐ設計者であることは確かだが、戦場で動いているのは匠一一人ではない。

ノクス隊が運用を回し、ワイバーン隊が兆候を拾い、メガネウラ隊が広域を見て、

ルナ隊が外縁を噛み、コレット隊が補給を切らさない。

《爆炎》もまた、一人の匠一を見たら、十の運用がある組織だった。


リョーカが静かに口を開く。

「なら、こちらの勝ち筋も同じね」


匠一が視線を向ける。


「相手が“王のやり方を分散している”なら、こちらは“止め方を分散する”」

リョーカは言った。

「門だけで止めない。補給でも止める。工兵でも止める。

視界でも止める。進路でも止める。王がどこにいても、遠征全体が前へ進めない形にする」


「その通り」

匠一はうなずいた。

「だから、ここから先は“王をどうするか”じゃない。“アレキサンダーを何人殺すか”だ」


ポンが目を丸くする。

「言い方が物騒」


「比喩だ」

匠一は平然と言う。

「征服者の判断を、軍の中から一つずつ殺す」


ノクスが静かに補足する。

「具体的には、敵の再編能力、補給接続能力、地形改変能力、

別働探索能力を順次無力化する、ということです」


「そういうこと」

匠一は言った。

「王が一人でも、遠征の中に三十人分の頭があるなら、その三十人分を順番に潰す」


その時、上空から新しい報告が入る。

オートメガネウラ隊だ。


『敵別働探索、北東丘陵へ伸長。小規模だが継続的』


続けて、ワイバーン隊潜入班。


『補給再編中心、宿場跡利用。焼け残り倉庫を仮集積所化。工兵線と接続中』


セドリックが即座に地図へ落とす。

線がつながる。

王の意思が、どこで形になっているかが見えてくる。


匠一はその線を見て、短く言った。

「いたな。三十人」


ダンが盾を持ち上げる。

「じゃあ、どこから殺す」


「まず補給」

匠一は答えた。

「次に工兵。別働はその後でも遅くない。

腹が減って、道が作れなくなれば、王が何人いても進めない」


クロが口元を歪める。

「いいね。王様相手に、ずいぶん現実的だ」


「現実で勝つ」

匠一は言った。

「伝説じゃなくて」


マリーが小さく笑う。

「ほんと、徹底してる」


だが、その徹底こそが《爆炎》の強さだった。

相手を英雄として見ない。

脅威を構造として見る。

そして構造なら、壊せる。


ノクスが新しい指示を流す。

「ワイバーン隊潜入班、補給再編中心の監視を継続。必要に応じて攪乱。

アースロプレウラ隊、北東丘陵側の地形改変を前倒し。

オートプロトファスマ、別働探索線への限定投入準備」


《ソラ》後背上空の研究棟でも、静かな起動音が増えていく。

研究所が本気を示したのは昨夜。

今はその本気を、王一人ではなく“王のやり方”へ向ける段階だった。


匠一は最後に、地図の中央後方に立つ王旗を見た。

小さい。遠い。

だが、もうそれだけでは脅威の全体を表していない。


「覚えとけ」

彼は全員に向けて言った。

「一人のアレキサンダーを見たら、三十人いると思え」


その言葉は、警句であり、命令であり、これからの戦い方そのものだった。


「王を見て安心するな。王を見て興奮するな。

王を見たら、その周りにある三十の征服を探せ」

匠一の声は低く、はっきりしていた。

「そして一つずつ殺せ。そうすれば最後に残る王は、ただの一人になる」


仮設指揮所の全員が、その言葉を受け取る。

門を止めた次の段階。

終わらない王に対して、終われない遠征を作らせない段階。

その戦い方が、ここで完全に定義された。


こうして《爆炎》は、マケドニア禍における敵の本質を、

“王”から“再現される征服”へと見切った。

そしてその瞬間から、防衛戦はさらに一段深いものへ変わる。

王を討つ戦いではない。

王のやり方を、軍の中から一つずつ消していく戦いへ。

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