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見難い火傷の子  作者: 清風
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399/468

鉄道国航空隊入隊式

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子399



鉄道国航空隊入隊式



深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。



鉄道国中央航空基地の正門をくぐった時、カナタは無意識に歩幅を少しだけ狭めた。

新設飛行学校の校地とは、空気の張り方が違う。

広い。

だが開かれている広さではなく、管理された広さだった。

石畳の進入路はまっすぐ本庁舎へ伸び、その左右には格納庫群、整備棟、資材塔、通信塔が規則正しく並んでいる。

遠くでは実機の翅音が低く重なり、風に混じって金属と油の匂いが流れてきた。

学校にも格納庫はあった。

だがここでは、その一つ一つが訓練設備ではなく、運用のために置かれている。

それだけで景色の意味が変わって見えた。


正門から本庁舎前広場へ続く道には、新入隊員たちが列を作って進んでいた。

濃紺の式服は卒業式のものと似ている。

だが胸元の徽章が違う。

学校章ではなく、鉄道国航空隊の隊章。

翼ではない。

鉄路と空路を重ねた意匠の中央に、細い導管線が走っている。

鉄道国らしい、地上と空を一つの運用として見る紋章だった。


肩章も変わっていた。

訓練課程修了を示す銀糸ではなく、入隊階級を示す細い線章。

まだ最下位の新任線だ。

だが、それでも“訓練生ではない”ことだけははっきり分かる。

カナタは胸元の隊章に一度だけ目を落とし、それから前を向いた。


隣にはレイラがいる。

卒業式の時と同じように静かな顔をしていたが、視線の動きは少し違った。

学校では見慣れたものを確認する目だった。

今は、知らない配置と規律を読み取る目になっている。


「学校より静かですね」

レイラが小さく言った。

「人は多いのにな」

「ええ。

でも、話し声が少ないです」

「訓練じゃなくて、もう勤務の場所だからかもな」

「たぶん」


短い会話のあと、二人はまた前を向いた。

ここでは、まだ何をどこまで話していいのかも分からない。

その分だけ、沈黙が自然だった。


本庁舎前広場は、学校の講堂よりずっと大きかった。

石造りの庁舎を背に、正面には高い旗柱が三本。

中央に鉄道国旗、右に航空隊旗、左に鉄道国運輸総局旗。

航空隊が独立した華やかな軍ではなく、国家運用の一部として置かれていることが、その並びだけで分かる。


広場には新入隊員の整列区画が白線で引かれ、前方には壇上が設けられていた。

壇上の背後には航空隊旗。

その左右には、現役部隊の隊旗が並ぶ。

救助飛行隊、外周警戒隊、搬送支援隊、観測飛行隊。

学校で聞いた課程名が、ここではそのまま実在の部隊名になっていた。

訓練で覚えた言葉が、急に現実の所属へ変わる。

それが思った以上に重かった。


整列。

号令。

全員が一斉に姿勢を正す。

その動きの揃い方が、学校の式典より一段硬い。

教えられた動作ではなく、守るべき規律として揃っている感じがあった。


鐘ではなく、短い金属笛の音が広場に響く。

入隊式が始まる。


まず、航空隊司令部副長官の入場。

続いて各部隊長。

最後に、鉄道国航空隊総監が壇上中央へ進む。

年齢は高い。

だが歩き方に無駄がない。

飾りの多い礼装を着ていても、その人だけは装飾より先に“運用してきた者”の気配があった。


開式。

国旗掲揚。

隊旗掲揚。

宣誓文朗読。

式次第は簡潔だった。

学校の卒業式よりもさらに簡潔かもしれない。

祝うための式ではなく、組み込むための式。

そういう印象だった。


新入隊員代表が前へ出て、宣誓を読み上げる。

鉄道国の空路と鉄路の安全維持。

災害時の救助と搬送。

外周空域の監視。

命令系統の遵守。

帰投までを任務とすること。

その文言の中に、学校で何度も聞いた言葉が混じっていた。

帰投まで。

やはりここでも、それが最後に来る。


宣誓が終わると、総監が一歩前へ出た。

広場の空気がさらに締まる。


「本日付で、お前たちは鉄道国航空隊に入る」


声は大きくない。

だが、よく通った。

広場の隅まで無理なく届く声だった。


「学校を出たことは知っている。

課程を修了したことも知っている。

だが、それはここでの保証にはならない。

卒業は教育の終了であって、運用の開始にすぎん」


その言い方に、カナタは卒業式での匠一の言葉を思い出した。

許可であって保証ではない。

言い回しは違う。

だが意味は同じだった。

学校と航空隊は別の場所なのに、繋がっている。


「航空隊は飛ぶための組織ではない。

飛んだ結果を残すための組織だ。

救助、搬送、警戒、観測。

どの任務でも、飛行は手段にすぎん。

任務を終え、帰投して初めて一件だ」


広場は静かだった。

誰も身じろぎしない。

その言葉は、訓練の延長ではなく、運用の現実として落ちてくる。


「助けたい者は多い。

速く飛びたい者も多い。

だが、助けたいだけの者、速いだけの者は、隊の数を減らす。

規律を守れ。

手順を守れ。

見失うな。

一人で帰るな」


最後の一文で、カナタは胸の奥が少しだけ強くなるのを感じた。

学校で聞いてきた言葉が、ここでは命令として置かれている。

もう教訓ではない。

守るべき規律だ。


「お前たちは今日から隊員だ。

だが、まだ一人前ではない。

配属先で学べ。

現場で覚えろ。

ただし、平常だけは失うな」


訓示はそこで終わった。

長くはない。

だが十分だった。

祝辞ではなく、受領確認に近い。

それがこの場所にはふさわしかった。


続いて、配属区分の一次通達が行われる。

正式な小隊配属は後日。

だが、所属する大隊と任務系統はここで告げられる。

新入隊員たちの間に、目に見えない緊張が走った。

卒業式の時よりも、こちらの方がずっと現実的だった。

どこへ行くかで、これからの毎日が決まる。


名簿が読み上げられる。

救助飛行大隊。

搬送支援大隊。

外周警戒大隊。

観測飛行大隊。

補給連絡飛行大隊。


カナタの名が呼ばれた。

「救助飛行大隊付、搬送支援課程修了者」


胸の中で何かが一度だけ沈む。

重くなったのではない。

位置が決まった。

そんな感覚だった。

訓練で学んだ救助と救命医療が、そのままここへ繋がったのだと分かる。


続いてレイラの名。

「救助飛行大隊付、実地観測補助課程修了者」


同じ大隊。

課程は少し違う。

だが完全には離れない。

カナタは前を向いたまま、ほんの少しだけ息を整えた。

隣にいることが続く保証はない。

それでも、最初の所属が同じだという事実は、思った以上に大きかった。


式はさらに進む。

隊章の正式授与。

卒業式で受けた修了徽章とは別に、航空隊員としての胸章が配られる。

小さな金属章だが、学校章より冷たく見えた。

意匠のせいかもしれない。

あるいは、これが教育ではなく運用の印だからかもしれなかった。


胸章を受け取る。

手の中でわずかに重い。

卒業証より小さいのに、こちらの方が現実味がある。

名簿に載り、所属が決まり、章を受け取る。

その順番で、ようやく“入った”のだと身体が理解していく。


閉式。

金属笛。

号令。

敬礼。

隊旗降下。

教官ではなく、上官たちが壇上を降りていく。

その背中を見送りながら、カナタは学校との違いをはっきり感じていた。

あちらは送り出す場所だった。

こちらは受け取る場所だ。

同じ厳しさでも、向きが違う。


式が終わっても、すぐには解散にならなかった。

新入隊員たちは区画ごとに分けられ、各大隊の案内士官のもとへ集められる。

ここから先は、もう式ではなく手続きだ。

宿舎区画、装備受領、勤務規則、初期配置、仮班編成。

祝う余白はほとんどない。

それがかえって、この組織の本気を感じさせた。


救助飛行大隊の区画へ移動する途中、レイラが小さく言った。

「同じ大隊でしたね」

「そうだな」

「少し安心しました」

その言葉は意外だった。

レイラはもっと淡々としていると思っていた。

カナタが見ると、彼女は前を向いたまま続ける。

「知らない場所で、知っている飛び方を共有できる相手がいるのは大きいです」

「……こっちもだ」

「ただ、同じ班になるとは限りません」

「分かってる」

「ええ。

でも、最初から完全に一人ではない」


その言い方は、たぶん今のカナタの気持ちにも近かった。

学校を出た時より、入隊式の方が一人になる感じが強かった。

だからこそ、同じ大隊にいるというだけで少しだけ足場ができる。


救助飛行大隊の案内士官は、若いが声の硬い男だった。

新入隊員たちを見回し、名簿板を確認してから言う。


「本日よりお前たちは救助飛行大隊付新任要員となる。

課程修了は考慮する。

だが、現場経験はないものとして扱う。

勝手にできると思うな。

できないと思いすぎるな。

指示を聞け。

記録を取れ。

帰投まで気を抜くな」


短い。

だが、これもまた十分だった。

学校の教官たちとは違う。

教えるための言葉ではなく、使うための言葉だ。

その差が、はっきり分かる。


案内に従って宿舎棟へ向かう途中、基地の上空を一機の魔導メガネウラが横切った。

高い。

速い。

だが、見せるために飛んでいるのではない。

どこかへ向かい、どこかから戻る途中なのだと分かる飛び方だった。

訓練飛行とは違う。

空の使い方そのものが違う。


カナタはその機影を目で追いながら、胸元の隊章に一度だけ触れた。

冷たい。

小さい。

だが、その冷たさは卒業式の徽章よりもはっきりしていた。

ここではもう、訓練の記録ではなく、任務の結果が残る。

その中へ自分も入ったのだと、ようやく実感が追いついてくる。


宿舎棟の前で一時停止。

名簿確認。

仮室割り。

仮班番号。

カナタとレイラは同じ棟だが、部屋は別だった。

当然だ。

当然なのに、そこで初めて“学校が終わった”ことが具体的になった。

同じ教室も、同じ寝台区画も、もうない。

これからは同じ基地にいても、別々の勤務表で動く。


「また後で」

レイラが言う。

「おう」

「見失わないでください」

「そっちもな」


それだけ言って、彼女は女子宿舎側の通路へ向かった。

振り返らない。

だが、その歩き方には迷いがなかった。

学校を出て、組織に入っても、彼女は彼女のままだった。


カナタも自分の通路へ向かう。

石壁の廊下。

規則的に並ぶ扉。

窓の外には格納庫の屋根。

その向こうに、鉄道国の空が広がっている。


卒業式の日、空は遠く見えた。

入隊式の日の空は、遠いまま、もっと具体的に見えた。

あの下で飛ぶ。

あの下で戻る。

あの下で結果を残す。

もう訓練ではない。

だが、訓練で積んだものしか頼るものもない。


部屋の前で立ち止まり、カナタは一度だけ深く息を吸った。

油と金属と、少し乾いた石の匂い。

基地の匂いだった。


飛べるようになったから入ったのではない。

任される側に回ったから、ここにいる。

その実感は、卒業証を受け取った時よりも、今の方がずっとはっきりしていた。


鉄道国航空隊。

その名の下に、自分の名前が載った。

それだけで、世界は少し狭くなり、少し重くなった。

だが、その狭さと重さの中で飛ぶために、ここまで訓練してきたのだとも思えた。


帰投まで終えて任務。

その言葉は、学校の教訓ではなく、今日からの規律として胸の中に収まっていた。

そしてその規律と一緒に、カナタの新しい日々が、静かに始まろうとしていた。

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