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見難い火傷の子  作者: 清風
217/614

冒険者大学 医療部門 第三報告書

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子217


冒険者大学 医療部門 第三報告書


――青銅の時代。

深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層


この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


冒険者ギルド本部。

ハッサンが石板を置いた。

「……生徒会からの申し送りだ」

誰も手を伸ばさない。

ピコハンが先に取る。

読む。

黙って。

やがて。

「……呪いだな」

全員が見る。

「読んだ側が迷う」

ナックルが受け取る。

読む。

途中で止まる。

「……結局どうすりゃいいんだよ」

メリーが小さく息を吐く。

アンナは受け取らない。

ただ言う。

「……分かる」

ハリセンが最後に取った。

読む。

一度だけ。

置く。

「基準はある」

全員が見る。

「"残ってるかどうか"だ」

沈黙。

ハッサンが言う。

「異端審問官部隊も動く」

空気が変わる。

「……あいつらか」

ナックルが顔をしかめる。

「共同対処だ」

ハッサンは続ける。

「勝つためには必要だ」

ピコハンが静かに言う。

「目的は一致しない」

「だから共同だ」

ハッサンの言葉は短い。

「手段だけ合わせろ」


中央広場。

異端審問官部隊が待っていた。

四人。

先頭に立つのは、細い男。

感情がない。

いや――排除してある。

「"赤い閃光"か」

声は平坦だった。

「対象は"異物化した人間群"」

一拍。

「処理優先で問題ないな」

ナックルの目が据わる。

「は? 人だろうが」

「現状では人間として機能していない」

「だから取り戻しに行くんだろうが」

「戻せないなら処理する」

ハリセンが間に入る。

「その判断はまだ早い」

審問官が視線を向ける。

「根拠は」

「現場だ」

短い。

だが、それで終わった。

審問官は何も言わない。

ただ、ハリセンを見る。

値踏みするように。

やがて。

「……出発する」

それだけだった。


海は静かだった。

波はある。風もある。

だが、音が足りない。

「……嫌な静けさだな」

ナックルが低く言う。

ハリセンは答えない。

ただ、水平線の先を見ている。

「行く」

それで決まった。


水中は、別の世界だった。

光はある。

だが届き方が違う。

揺らぎがない。

都市があった。

滑らかな構造体。

水流そのものが設計されている。

「合理の塊だな」

ピコハンが吐き捨てる。

『オルカリアン』が現れる。

音もなく。

気配もなく。

ただ、存在していた。

視線が合う。

敵意はない。

警戒もない。

意味が頭に流れ込む。

「新規個体。未登録」

ナックルが一歩出る。

「殴っていいか」

「待て」

ハリセンが制する。

数が増える。

囲まれている。

だが包囲ではない。

配置だ。

アンナが目を細める。

「……物として見てる」

ハリセンが一歩前に出た。

「観察対象としての価値は?」

一瞬。

「高」

「従う」

ハリセンは頷く。

「侵入優先だ」


区画が分かれていた。

動き続ける人間。

横たわる人間。

そして――

静かに並ぶ者たち。

視線だけが、違う。

「……助けて」

小さな声。

メリーの足が止まる。

アンナが呟く。

「……まだ、いる」

少女が一人。

目が合う。

そこに"人"がいた。

ハリセンが言う。

「S判定だ」

審問官が即座に返す。

「不安定個体。介入リスク高」

「それでも拾う」

「非効率だ」

「効率で人を切るからだ」

短い沈黙。

メリーが駆け出す。

少女の前に膝をつく。

「大丈夫、ここから出るよ」

少女の瞳が揺れる。

「……指示は?」

「指示なんていらないよ」

手を取る。

「あなたは人間だから」

一瞬。

少女の顔が変わる。

「……にん、げん……?」

アンナが小さく言う。

「……揺れてる」

ピコハンが警告する。

「負荷が高い。崩れるぞ」

「まだいける!」

少女の呼吸が乱れる。

「分類……不整合……」

「用途……未定……」

ハリセンが言う。

「やめろ」

「今しかない!」

「名前は?覚えてる?」

沈黙。

少女の口が開く。

「……」

「……エラー」

その瞬間。

崩れた。

目から光が消える。

完全に。

「再配置を開始します」

少女は歩き出す。

もう振り返らない。

メリーの手が空を掴む。

「……待って……」

届かない。

審問官が言う。

「介入過多。結果、崩壊」

「だから言った」

ナックルが振り向く。

「うるさい」

低い声だった。

審問官は動じない。

「感情は判断を歪める」

「歪まなかったら人間じゃねぇ」

「だから非効率だ」

沈黙。

ハリセンだけが前を見ている。

「次だ」

メリーが顔を上げる。

「……なんでそんなこと言えるの」

「時間がない」

それだけだった。


戦闘が起きた。

ナックルが一人を引きつける。

審問官部隊が範囲を制圧する。

その瞬間。

「ふざけんな!!」

ナックルが叫ぶ。

「まだ生きてるだろ!!」

審問官が答える。

「誤差だ」

「誤差じゃねぇ!!」

ハリセンが間に入る。

「ナックル、退け」

「でも――」

「今は退け」

一瞬。

ナックルが下がる。

審問官がちらりと見る。

「統率は取れているな」

誰も答えない。


状況が固まってきた。

ピコハンが言う。

「回収可能、三割」

「不可逆、七割」

審問官が即断する。

「七割を即処理。被害拡大を防ぐ」

ハリセンが遮る。

「待て」

「遅延は被害を増やす」

「三割を確実に救う」

「残り七割が危険だ」

「救える分を捨てる理由にならない」

沈黙。

審問官と目が合う。

どちらも引かない。

そのとき。

アンナが呟いた。

「……違う」

全員が止まる。

「あれ、まだ残ってる」

審問官が言う。

「C判定個体だ。誤認だ」

「誤認じゃない」

アンナは動じない。

「……条件付きで戻れる」

ピコハンが即座に分析する。

「……可能性はある」

審問官が沈黙する。

わずか一瞬。

だが確かに。

何かが揺れた。

ハリセンが言う。

「その個体、観察対象に変更しろ」

長い間。

審問官が答える。

「……例外を認める」

「一個体のみだ」

誰も何も言わない。

それで十分だった。


地上。

救出された者たち。

少ない。

あまりにも。

メリーが一人の手を握る。

「もう大丈夫だよ」

返事はない。

やがて。

「……次の指示は?」

メリーの表情が固まる。

ナックルが吐き捨てる。

「意味あったのかよ……」

アンナが言う。

「……残ってる人もいる」

「それでいい」

ハリセン。

メリーが振り向く。

「よくないよ」

初めて、強く言った。

ハリセンは少しだけ目を細める。

「全部は無理だ」

事実だった。

審問官が横に立つ。

「救えた数が結果だ」

ハリセンと目が合う。

「お前たちは非効率だ」

「効率で人を切るからだ」

「ではどうする」

「使える限り使う」

「壊れるぞ」

「それでも残る」

沈黙。

審問官は何も言わない。

やがて背を向ける。

「……危険思想だ」

小さく、確かに言った。


後日。

冒険者大学 医療部門から報告が上がる。

「治療法を確立した」

ピコハンが石板を読む。

「失敗例は記録されていない」

ナックルが舌打ちする。

「またそれかよ」

ピコハンが続ける。

「成功例、三件」

「失敗例、記録なし」

「実際は数十件、消去済み」

メリーが遠くを見る。

「……神殿と同じだ」

アンナが呟く。

「……同じ」

神殿は命を管理した。

オルカリアンは人間を用途化した。

医療部門は人間を症例化した。

全員が、人間をそのまま見ていない。

ハリセンは言う。

「切り分ける」

全員が見る。

「使える部分だけ使う」

「医療を否定しない」

一拍。

「盲信もしない」


講義室。

若い学生たちが並ぶ。

石板に刻まれているのは。

「用途同一化症候群 対応指針」

講師が告げる。

「今回の事例は、従来のトリアージでは対応できません」

S。A。B。C。

分類が刻まれる。

「非回収の定義ですが」

学生が手を挙げる。

「なぜ治療対象から外すのですか?」

「回復を試みることで崩壊するためです」

「では放置が最善ですか?」

「結果としては」

感情はない。

石板の端に、小さく刻まれている。

※回復試行による個体崩壊例:非公開

誰もそこに触れない。

触れないことが、すでに教育だった。

廊下。

メリーが立っていた。

聞いていた。

ナックルが壁に寄りかかる。

「……胸糞悪ぃな」

ピコハンは静かに言う。

「合理は通ってる」

「だから厄介なんだよ」

アンナが呟く。

「……切り方、覚えてる」

全員が反応する。

ハリセンは扉を見たまま言う。

「広がるな」

短い。

だが確定だった。


地下区画。

冷気が満ちている。

白い霧の中。

整然と並ぶ保存槽。

その一つ一つに、人が眠っている。

医療部の責任者が告げる。

「C分類対象については」

一拍。

「冷凍保存措置を適用する」

ナックルが吐き捨てる。

「……要は後回しか」

ピコハンが訂正する。

「違う」

一拍。

「時間を止める」

メリーが静かに言う。

「……生きてるのに、保留にするんだね」

誰も否定しない。

セリナが低く言う。

「……生きてるって言えるの?」

ハリセンが言う。

「言える」

短い。

「戻す前提ならな」

ピコハンが言う。

「これは敗北の保存だ」

沈黙。

否定はされない。

ナックル。

「今助けられねぇのは気に入らねぇ」

メリー。

「でも、壊すよりはいい」

アンナ。

「……まだ、残ってる」

ピコハン。

「選択肢としては最適」

ハリセン。

「採用する」

それだけで決まった。


だが。

ピコハンが言う。

「保存槽の耐用年数は?」

医療部員が答える。

「理論上は百年単位で維持可能です」

「理論上、か」

ハリセンが続ける。

「国が持つ保証は?」

沈黙。

メリーが言う。

「……もし、ここが無くなったら?」

ナックルが言う。

「そん時はどうなる」

アンナが目を閉じる。

「……起きない」

全員が理解する。

未来に託した命が、そのまま消える可能性を。

ハリセンが背を向ける。

「行くぞ」

メリーが聞く。

「……これでよかったの?」

少しだけ間。

「選べる状態にはした」

それだけだった。


保存施設を出る時。

アンナが振り返る。

「……呼ばれてる」

誰も何も言わない。

ハリセンが一言。

「覚えとけ」

一拍。

「戻す時のためだ」

赤い閃光は歩き出す。

命は繋いだ。

だが――

生きる理由までは、保存できなかった。

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