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見難い火傷の子  作者: 清風
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196/517

バビロンの「交換留学生」と謎の屋台

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子196


バビロンの「交換留学生」と謎の屋台


――青銅の時代。

深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


バビロンの学区内、夕暮れ時。

アケメネス幕府から送られてきた交換留学生たちは、困惑の極みにいた。


「……なんだ、これは」


彼らが立っているのは、バビロン冒険者学校の裏手にある広場。

そこには、アケメネスの「規律」とは対極にある光景が広がっていた。


色とりどりの布、立ち上る湯気、そして暴力的なまでの芳香。

放課後の「屋台村」である。


「整列もしていない……私服のままで、あんなに笑いながら食事を?」

留学生の一人、生真面目な青年カウリが手帳を握りしめる。

「これが、バビロンの教育の一環だというのか」


その時、一人の少女が彼らに声をかけた。

バビロン側の案内役、リアだ。


リア「あ、アケメネス組。お疲れさま! 今日は実習のあとの『補給』だね」


カウリ「補給……? これは公式な行事なのか」


リア「んー、公式というか、生存戦略? お腹が空くと判断力が鈍るでしょ。

はい、これ食べてみて。匠一さんが最近ハマってる一推し屋台『バビロン流・焼き鳥』。


差し出されたのは、巨大な肉の塊が串に刺さったもの。

香辛料の香りが鼻腔を突き、喉が勝手に鳴る。

カウリは迷った。幕府の教えでは、公道での買い食いなど言語道断。


だが、隣にいた同僚の留学生が、誘惑に負けて一口かじりついた。


「――っ!?」


カウリ「どうした! 毒か!? 術式か!?」


同僚「……違う。カウリ、これ……」


カウリ「何を言っている!」


同僚「味が……襲って来る。幕府の配給食のような『正解』じゃない。これは『驚き』だ」


カウリは耐えきれず、自分も一口頬張った。

その瞬間、彼の脳裏で何かが弾けた。


(……美味い。いや、そんな単純な言葉じゃない)


これまで彼が食べてきたものは、栄養素の塊だった。

だが、これは違う。

「もっと食べたい」「次はあっちの屋台が気になる」という、制御不能な**「欲望の連鎖」**。


リア「バビロンではね、『美味しい』のあとに『もっと良くしたい』が来るの。それが技術開発の基本だよ」


カウリは戦慄した。

アケメネスでは「不満を消す」ために規律を強める。

だがバビロンは「欲望を煽る」ことで人を動かしている。


広場を見渡せば、バビロンの生徒たちが屋台の店主と「もっと辛くできないか」「この串の形状ならもっと効率よく焼ける」と議論している。

遊びが、食事が、そのまま「研究」に直結しているのだ。


カウリ「……これが、バビロンの強さの正体か」


彼は震える手で手帳に書き込んだ。


【アケメネス留学生・中間報告】

バビロンの侵食は、胃袋から始まる。

規律で抑え込んできた「個人の欲望」が、ここでは「原動力」として肯定されている。

我々は、彼らの技術を学ぶ前に、この『楽しさの毒』に対する耐性をつける必要がある。

……追伸:明日の朝食もここで取りたいとの意見が多数。


その夜、留学生たちの宿舎からは、アケメネスの校歌ではなく、屋台で覚えた鼻歌が漏れ聞こえていた。


――野帳(センコー・外事部第二隊)


対象:アケメネス留学生(バビロン滞在組)

所見:

・第一段階「食文化ショック」完了。

・「正しさ」よりも「心地よさ」に価値の転換が起き始めている。

・特筆すべきは、彼らが自発的に「効率的な食い方」を議論し始めたこと。

判断:

・浸食は順調。

・匠一氏の「美味しい以外に関心がない」姿勢が、防壁を最も効果的に無効化している。

・彼らはもう、元の無味乾燥な配給食には戻れないだろう。


バビロンの夜風は、どこまでも甘く、香ばしい香りに満ちていた。

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