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見難い火傷の子  作者: 清風
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キュロスの改革と交換留学生

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子191

キュロスの改革と交換留学生

――青銅の時代。

深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層


この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


バビロンから戻ったキュロス二世は、すぐに動いた。


あの都を見てしまった以上、今までのままではいられなかった。


軍事。

諜報。

補給。

支配網。


どれも重要だ。

どれも彼が得意としてきたものだ。


だが、それだけでは――ああはなれない。


上下水道が整い、道が滑らかに続き、

美味いものが溢れ、仕事が生まれ、人が自ら集まる都。


あの都は、剣では落とせても、勝ちきれない。


ならばどうするか。


同じ土俵に立つしかない。


問題は、何から始めればいいのか分からないことだった。


キュロスは、己が知らぬことを知っていた。

だからこそ立ち止まらない。


知らないなら、知っている者から学べばいい。


遅れを取り戻すには、それしかなかった。


彼が目をつけたのは、バビロンにあって自国にはない制度だった。


冒険者学校。


貴族学校なら、こちらにもある。

家柄ある者を教育し、国家を支える人材を育てる仕組みは、すでに整っていた。


だが、冒険者学校は違う。


あれは家のための学びではない。

都市そのものに人を接続し、役割を与え、流動性を生むための装置だ。


キュロスはそこを見抜いた。


流石と言うべきだった。


彼は国家制度の改革を進めた。

アケメネス家は、アケメネス幕府へと改められる。


掲げる印は、翼ある円盤。


血筋の家から、仕組みを動かす政へ。


その第一歩として、キュロスは使節を派遣した。


目的は一つ。

交換留学生制度の打診である。



「――早すぎるな」


朝の空気は、いつもより硬かった。


冒険者学校の正門前。

石の台の上に、一枚の粘土板が置かれている。


まだ乾ききっていないその表面には、簡潔な文言が刻まれていた。


教える。

学ぶ。

その対価として――こちらも出す。


形式は単純だった。

だが、意味は重い。


アケメネス側の代表が静かに言う。


「我らだけが学ぶのではない」


一拍置き、視線を上げる。


「そちらも、人を出せ」


沈黙が落ちた。


当然の要求だった。

一方的に学ばせろなどという話ではない。

知を受け取るなら、こちらも人を預けろということだ。


匠一は、すぐには答えなかった。


代わりに、後ろを振り返る。


そこにいたのは、四人だった。


ハリセン。

ピコハン。

アンナ。

メリー。


匠一は短く言った。


「行くか?」


一言だけ。

軽いようでいて、重い問いだった。


三ヶ月。

長いようで短い。

学びに行くには足りず、変わるには十分な時間。


ハリセンは少しだけ考えた。

だが迷いは長く続かなかった。


「行く」


即答だった。


ピコハンも頷く。


「向こうも見ときたい」


アンナは静かな声で言う。


「違いを知るのは必要」


メリーはいつものように笑った。


「面白そうだし」


匠一は、それを聞いて頷いた。


「決まりだ」


粘土板に刻まれる。

交換成立。


その瞬間、これはただの留学ではなくなった。


――戦略になった。



出発の朝。


冒険者学校の正門には、早い時間から人の気配があった。

粘土板の契約は、まだ完全には乾いていない。


匠一は四人の前に立ち、いつもの調子で言った。


「三ヶ月。学ぶだけじゃない。見て、盗んで、持ち帰る」


そこで一度、言葉を切る。


「……無理はするな。無茶はしろ」


それが匠一なりの送り出し方だった。


タリアが四人に、仮登録の控えを手渡す。


王令第十二条(追記)。

氏名は自己申告により仮登録可。

押印は、例の曲がった印。


紙片の裏には、小さく一言だけ書かれていた。


――帰る場所。


ニールが控えを指で弾きながら言う。


「現地では“配り終わり”って言うなよ」


四人が視線を向ける。


「向こうの言葉で、“配り続ける”に言い換える言い回し、置いてきた。使え」


それは単なる言葉の違いではない。

制度の空気をどう伝えるかという話だった。


ヨイショが欠伸を噛み殺しながら、最後に一言だけ足す。


「威厳がない方が、押しやすい。ほら、次」


いつもの調子だった。

だが、その気楽さが妙にありがたかった。


ハリセンは小さく頷いた。

ピコハンは一度だけ水路の方を見て、それから前を向く。

アンナとメリーは荷物を背負い直した。


門の外では、アケメネス側の使節が待っていた。


翼ある円盤の印が風に揺れ、地面に丸い影を落としている。


匠一は最後に一歩前へ出ると、契約の余白へ、曲がった印を重ねた。


ぐ、と押しつけられた印は、少し歪んでいた。

だが、それでいい。


整いすぎていないから、人が入れる。


匠一は四人を見る。


「行ってこい」


そして、少しだけ笑った。


「――帰ってきたら、続きをやる」


四人は振り返らなかった。

ただ、それぞれの歩幅で門をくぐっていく。


ハリセン。

ピコハン。

アンナ。

メリー。


その背中が、朝の光に少しずつ溶けていった。


門の内側では、もう配給所に列ができ始めていた。


街は止まらない。

誰かが出ていき、誰かが入ってくる。

学びも、仕事も、居場所も、流れ続ける。


交換留学生。


名目は穏やかだ。

だが実際には、互いの国が互いを覗き込み、

互いの未来を測り合うための一手だった。


キュロスは学ぼうとしている。

追いつくために。

勝てない形を知ったからこそ、別の強さを作るために。


そしてバビロンもまた、人を出す。

教えるためではない。

見て、知って、持ち帰らせるために。


三ヶ月後、帰ってくるのは同じ四人ではないだろう。


それでいい。


変わるために、送り出したのだから。

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