ハンガーパニック
私の好きな事は人には言えない。絶対に話すことなんてできない。それは本当に私だけの、誰かに知られることなどあってはならない秘密なのだ。
早朝七時。日は既に高く、私は窓から差し込んでくるその光で目を醒ます。起床。なんら変わった事はない。私は遮光カーテンというものが嫌いだから、毎朝すっきり起床することが出来るのだ。そんないつもの日課。トボトボと洗面所へ向かい、冷水で顔を洗う。頬が引き締まって、頭が引き締まって、私は完璧に覚醒する。鏡を見て、笑顔を作って、今日も一日頑張る……ぞ……?
鏡の中に写る人物。それは私以外の何ものでもない。ないのだけれど、私は写し出された人物の姿を見て、何が起きているのか少し分からなかった。なんと彼女は、頭にハンガーをはめ、呆けた顔で私を見つめ返していたのだ。
……はっ!
とてつもなく恥ずかしくなって、私は急いでハンガーを外すべく、頭に食い込んだハンガーに手をかけた。上へと持ち上……がらない! 一晩中頭を締め付けていたハンガーは思った以上に強敵だった。
何とか力業で押し広げて外すことに成功する。ふん、所詮あんたなんかじゃあ私の相手は勤まんないのよ、と誇らしげに見下した洗面台に打ち捨てられたハンガー。だが、彼の真の攻撃はここからだった。
こめかみが痛かった。凄く、もの凄く痛い。内側から脳みそをハンマーで叩かれているような激痛だ。鏡を見て、ハンガーが外れたその痕をなぞって、ああこりゃ外出は難しいかなぁ、なんて考えていたら、勝手に首が左に捻り始めた。
えっ? ちょっ、待っ……
動く視界に驚いて、首を元に戻そうと力を入れてみた。途端に錐で刺すかのような痛みが、痕から首へと響いた。
混乱の真っ只中。何がどうなってるの? と真剣に考えた。首が左に捻ったまま、オロオロとわけもなく部屋の中を歩き回る。どうしよう、どうしたらいいの?
こんな姿、例え外から見られにくい部屋だからだといっても、カーテンを閉めずにはいられない。もしかしてを考えると、どうしようもなく気持ちは焦り、恥ずかしさとみっともなさで胸が詰まりそうになった。急いでカーテンに向かう。閉めなくてはならないという一心だった。けれども、途中で何かにつまづいた。視界が急におかしなことになってて、横歩きで何とか移動してきたもんだから平衡感覚が覚束ない。あっと声を発する声を脳が思いついた時には、もう崩れるように倒れこんでいた。
フローリングに顔を強打して、痛みが直に脳みそにまで届く。なんだか凄く惨めで悔しくて、自然と涙が流れ出てしまった。どうして、私がこんな事に……! とかく奇妙な状況に陥ってしまった私にはもう泣くしかなかった。
ふと、視界の端に何かを見つけた。首は動かすと痛いけれど、なんとかぢびぢび動かして視線を動かす。ベッドと壁の間からひょっこりハンガーが数個顔を出していた。普通の形じゃなくて、もうかなり広がってしまったハンガー。私が好きで、毎日頭にはめているハンガー。
そんなハンガーが今は笑っているように見えた。
これも変な話です。テンションは好きですけど。
とまあ、これでこの短編は終わりです。短いながらも色濃い物語の数々に出来上がったんじゃないかと思います。
読んでくださった方々に最上の感謝を。それではまたいつか。




