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「そんなお話があったんですか。大谷さんはそれでいいんですか?」
大谷の話を聞いた男らは、戸惑いの表情を見せていた。彼らは、大谷がこてつ組の実質組長である事を信じて疑わない。多数の派閥があるこてつ組だが、大谷が実力者であることは、誰もが認めている。
だから大谷の下にいる者達の大半は、寄らば大樹の陰、を信条に集まった者たちだ。だからこそ、コントロールが効く。これが組全体となると、話しは全然違ってくる。大谷がいつも事に慎重に当たるのはそのためだ。
「いいも、悪いもない。これが現在の俺の立ち位置だ。今の俺に相応のくらいが回ってきたというだけだ。与えられたものは有り難く受取るさ。俺は名より実を取るからな」
「実質上の組長ですね。おめでとうございます」中にはさっそくすり寄る物までいる。大谷は苦笑した。
「それはこれからのやり方次第だ。しばらくは礼似の周りに注意しろ」
「礼似の? あの女、結構鋭くて、後を付け回せばバレそうなんですが」
「誰が礼似の後をつけろと言った? 礼似に勘づかれるのは問題じゃない。あの女に近づく人間に注意しろと言っているんだ」
「礼似が今、動くでしょうか? こんな時です。あの女だって無駄な行動は控えるんじゃないですか?」
大谷はあきれたように笑った。
「あいつがそんな女なら、会長はあの女を指名したりしないさ。礼似は動く。どんな人間が自分に近づいてくるか、知ろうとするはずだ。じっとなんかしてはいない」
そうさ。会長による、俺達の試用期間は、すでにはじまっているんだ。
ハルオはじりじりしながら、だが、香達に気付かれないように慎重に二人の後を付けていた。
どこに行くのかと思えば、街で一番大きなショッピングモールに入って行った。のんきに買い物か。
アクセサリーを売る店で、香が散々選んだ挙句、迷って決め切れずにいる髪留めか何かを、一樹が二つともひょいと取り上げて、さっさと定員に渡して会計を済ませてしまう。香が恐縮したように頭を下げていた。
ふん。香さんがその程度の物につられたりは……。いや、彼女はスリだけあって経済感覚はシビアか。
もらえないよりはもらえるものは、大いに喜んで受取りそうだ。ちぇっ。
香さんになら、俺だって以前、スニーカーを選んで買っている。あれなら彼女の役に立っているはず。 そう思って香の足元を良く見ると、香はハイヒールを履いていた。今日は尾行をしている訳じゃないから、彼女は何を履こうと自由だ。分かっちゃいるが、内心がっかりする。
香はその髪止めの一つを、さっそく髪に留めていた。一樹に向かってにっこりと笑顔を見せる。
香さんは、アクセサリーをつけるような服装より、もっと、活動的な服の方が似合うんだぞ。結構スタイルもいいから、少しぐらい崩れた服装でも、ちゃんとさまになるんだ。なんだい、あんなもの。
それに彼女は表情が良く動く。意識した時は勿論、普段、何気ないときだって、何か表情が動いている。それが一番魅力的な所なんだ。
イライラしたり、膨れたり、ツンっとすましたり、怒ったり……。
あれ?
そういや、香さんが俺に笑って見せた事って、殆んどないや。
俺も何か、彼女が喜びそうな物、買ってやればよかったな。そうすればあんな風に笑顔を見せてもらえたのに。
いや。俺が渡したんじゃ、ああやって身につけてなんかもらえそうにないな。へたすりゃ、受取ってももらえない。
「なんで、私がこんなもの、身につけなきゃなんないの?」って、彼女の声が聞こえるようだ。
礼似も思惑とは反対に、ハルオは煽られるどころか、かえってへこんでしまっていた。