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翌日、約束の時間に会長室を訪れた礼似は、意外な人物達がいることに驚いた。会長の前にいたのは、一人は一樹。もう一人は大谷だった。
「来たか。早速だが話しがある。遠回りはいらないだろう。はっきり言おう」
会長は前置きも無しに話し始めた。
「礼似、お前はこてつ組の組長候補だ」
「は?」
礼似はすぐに頭が回らない。会長、今、なんて言った?
「そして大谷は副組長候補。大谷はウチの組の事に最も精通している。礼似を補佐すればウチは万全の態勢が取れるだろう。一樹はウチの人間ではないが、今は何処にも所属していない。麗愛会も今はないのだし。第三者の目でこてつ組を監視できるはずだ。礼似との因縁も深い相手だしな」
「ちょ、ちょっと待って下さい。なんで突然、私を指名するんです?」
あまりに唐突な話に礼似はうろたえた。
「何故?それはお前にその器があるからだ。私はそう、判断した」
「会長はどうなさるんです? 退くおつもりですか?」
「退く? そうだな。少なくとも、こてつ組の運営からは退く事になるだろう。私のこれからの仕事は連携を組んでいる三つの組の共存共栄を図り続けることになるだろう。こてつ組そのものを支えるのは、これからはお前達三人の仕事になる。今まではそれぞれの幹部が自分の派閥をまとめる事で、幹部達がこの組を支えていたが、それではまた、この間の様な事が起こりかねない。礼似、お前がこの組を見守るんだ」
私? 私にそんな器なんてあるの? 一瞬、礼似は会長に反論しかけるが、ここには大谷がいる。この組で最もしたたかで、派閥力に長けている大谷が。それに、一樹だって組の人間じゃない。この場でうかつな発言はできない。
会長がこの面子で呼び出したのには、それなりの理由があるのだろう。簡単にイエスとは言えないことだが、はっきりノーと否定したり、尻込みする様子を見せるのはマズイだろう。
この部屋でのやり取りだって、どこでどう漏れるとも分からない。安易なことは言えない。
「これは本決まりしたことでしょうか?」礼似は慎重に聞いた。
「いや。さっき言った通り、あくまでもお前達は候補だ。最終的には私一人で決めるような真似は出来ないだろう。他の幹部達には色々な意見が出るはずだ。だが、私は今、こういう考えを持っているという事を、とりあえずお前たちに伝えたいと思った。だからお前達を呼び出した。こんな話が出ればお前達の身の周りも色々と起こることだろうから、しっかり対処してもらいたい」
色々ね。一転、会長の言葉は持って回った言い方に変わる。派閥に無縁な礼似が組長では、他の幹部が納得しないかもしれない。だが、逆に他の派閥を持つ幹部が組長候補になれば、事はもっと複雑になる。 最大派閥を持つ大谷なら、ある程度はまとまるかもしれないが、それだけに反発が出た時は大きいだろう。しかし、大谷の力は、今の組には必要な力だ。礼似は大谷への反発を弱める、バランス取りの役割がありそうだ。
実務は大谷。監視は一樹。礼似は各派の公平を期するバランス。よく考えられている。ただし、他の組員が、礼似を組長として受け入れる事ができればの話だが。
礼似にとっては寝耳に水の話でも、これはとりあえず保留して、様子を見なくてはならない。会長が口に出してしまった以上、まずはここを乗り切っておかないと。自信のあるなしや、苦情を言うのは後の話だ。
「まあ、そう固く考えなくてもいい。これはまだ、先の話だ。私に何心もなく、こういう構想があるのだと言う事を、お前達に知らせただけだ。いずれ幹部会でも話す。今日の話はこれだけだ」
会長は大谷をちらりと見ながら言った。
何心もなく、か。裏は無いから下手な真似に出るなと言うことだろう。 私も身の周りには気をつけないといけないようだ。礼似は会長の目を見て頷いた。
「分かりました。とりあえず心に留めておきます。ご期待に添えるかは分かりませんが」
そう言って礼似は会長室を後にした。