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0.浮気男の目撃談(Nov. 25, 2024, at 3:24 a.m.)

 天罰が下った。

 俺は妻と違う女性と関係をもち、妻の早苗に「馬に轢かれて死ね!」と言われ、それをいうならと訂正する前に家から追い出された。

 真夜中、当て所なく町を歩いた。突き当たりのショッピングモールの前まで歩くと引き返している。3駅分は歩いて、疲れると団地に備え付けられた小さな公園にあるベンチで休んだ。月の綺麗さに感動したが感動している場合ではないとわかっていた。目の前にあるのは離婚の危機。一応は大人なのだから、なりふり構わなければ一人で生きていくことはできよう。離婚原因が俺にあることなんて周りの誰も知らないだろうし、よくある話で済む。慰謝料はいかほどなのだろうと、スマホで「慰謝料 相場」と調べて、やはり月を見上げた。お月さまを笑っている。あるいは、嗤っているのか。月見の時期は過ぎた11月。それでも月は大きく揺れて見える。泣いてはいない。乱視だ。俺は人より世界がきらめいて見える。おそらく夏も月は綺麗だった。そういう話を早苗とすればよかった。

 反省している。後悔もある。個人的に相談に乗ってほしいとご飯に誘われ、帰りの酔っちゃったと耳元で囁かれ、家に寄っていきませんかと言われたら。止まることができようか。本能のまま、野生に戻ってしまった。俺もかなり酔っていたと言い訳もさせてほしい。一夜明けて過ちを悔いたが、女の前で情けなく狼狽えてはいけないと思い、平然と仕事仲間で通すつもりだった。しかし、その後も仕事の連絡と甘い言葉のチャットアプリは止まることはなく、相手からの一夜の関係で終わらせたくない圧を感じた。良心が軌道修正すべきだと言うのに、心の中でバレなければ大丈夫だと思ってしまった。そうそうバレはしない。テレビの有名人みたいにアプリのスクリーンショットが拡散されるはずはない。

 しかし、世界に拡散されなくても早苗にはバレた。早苗は俺の態度がおかしくなったことを感じ取り、俺のスマホの暗証番号を突破してしまった。指紋認証にすればよかった。ここで不倫相手の梨々花に頼るべきか。既婚者と知って近付いてくる女だ。心のどこかで信用すべきではないと思っていたはずなのに。あの日の俺はどうして梨々花と寝たんだ。どちらにも不誠実な自分が月を綺麗などと言って、文豪も許してくれるはずはない。いや、文豪から許しはいらない。俺は早苗に謝って許されたい。しかし、今更早苗が一番だと伝えて、関係が修復されるものだろうか。

 まだ夫でありたい。結婚して六年しか経っていない。ちゃんと早苗を好きだ。誓い合って結ばれて満たされていたのに、自分で幸せを壊してしまうなんて。あれは梨々花の罠だったのか。ハニートラップ。待て、自慢じゃないが俺にそれを仕掛けても得られるものは何もない。梨々花のせいになんてできない。

 思考をろくろのように回して、なぜか公園の石ころを積んでいた。途中で崩れて、それごと足で踏みつける。どうしたって俺が悪い。人間同士が勝手に合体することはない。俺が入れなきゃ、ゴールは決まらなかった。ゴールから迫ってきた可能性もあるだろうって。いや、そんな馬鹿げた話があるか。やったことは早苗への裏切りでしかない。本当に謝って、謝る以外の手札はない。相応の賠償が必要ならいくらでも。いや、正直そんなにないな。なんで、俺は浮気なんてしたんだろう。

 深く息を吐き公園を出ると、リズムよくどどど、どどどとコンクリートを蹴る音が近付いてきた。何者だと立ち止まったのが運の尽き。俺は馬に轢かれた。M市はベッドタウンで長閑だが、馬など走るはずもない。もっと田舎だとしても、そうそう馬は道路を走らないはずだ。

 全速力で駆け抜ける馬に当たって、呆気なく身体が飛んでいく。馬と衝突した痛みより、驚きが先にあった。地面に落ちて、ようやく痛みが追い付いた。だんだんと目の前がぼやけていく。これは乱視ではない。文字通り、俺は馬に轢かれて死ぬのだ。いや、一瞬の出来事だったがあれは馬ではない。馬だけど、馬ではなかった。馬の首が生えるべき場所に人間がいた。見間違いではない。完全に裸の人間が馬から生えていた。


 俺はケンタウロスに轢かれた。

 神話的生物と事故を起こしたのだから、これは天罰と言えよう。


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