1.ハンバーガーショップ店員の目撃談(Nov. 25, 2024, at 5 a.m.)
夜勤から残り1時間で上がる頃。月曜日の朝にモーニングセットを買いに来る客は疎らで静かなものだ。作業着の男が早朝に訪れたくらいだ。フライが揚げ終わるメロディーも、昼と夕方が本番で今はリハーサルみたいなものだ。音を外したって気付かれやしないと思う。
最近だと店舗によっては24時間営業を廃止しているけれど、この店はずっと開いたままだ。ちなみに、深夜になると2階は閉鎖し1階のみでの営業になる。店員も少なくなるので、目の届く範囲を小さくしている。客に長く居座ってほしいのか、そうでないのか。そんななか、昨晩は一人の女性客が泣きながら、期間限定のハンバーガーセットを2つも食べていたのが印象に残っている。片方はポテトのセットで、もう片方はナゲットのセットだ。期間限定商品は3種類あるが、毎年出ている定番は省いたようだった。かさかさと包みを開く音と鼻をすする音を聞いて、ペーパーナプキンを多めに渡せばよかった。ポテトの塩は傷心にも染みやしないか。閑散とした店内のテーブルを拭きながら、私たちは客をこっそりチェックする。しかし、何も見ていないふりをしてカウンターに戻る。これがハンバーガーショップの正しい店員というものだ。客との距離は近すぎず遠すぎず、ただにこやかに時給分の働きをすればいい。騒がしくトラブルを起こすタイプの客ではないだけで安堵してしまう。空調のきくこの店でしか泣けないなら、ほぼ休みなく開いている意味もあるのかもしれない。
いや、閉じても問題はない。本来は深夜にハンバーガーを食べるべきではないし、この店は飲み屋ではない。深夜は閉めてもいい。などと、深夜のバイト代のためにこの時間にシフトを入れているけれど、時々ふっと虚しくなる。一時間の休憩があってもずっとハンバーガーとポテトフライの匂いに当たっている。自分も油で揚がっている気分になる。そういえば、辞めた先輩が電車に漂う匂いでどの商品かわかると文句を言っていた。私にはまだわからないが、わかりたくはない。暖かい店内で、こうも同じことの繰り返しだと頭がぼんやりしてくる。最後のほうは声に出さない愚痴ばかり言って、店への不満で自我を保っている。
ひっそりため息をついていると、ドライブスルーの客が注文に訪れた。なぜか注文口の前に逞しい馬の脚がある。白馬の脚だ。しかし、馬に乗っているはずの人の足は見えない。馬が来るのもおかしいが、人が乗っていないのはもっとおかしい。
「いらっしゃいませ。お決まりでしたら、ご注文をどうぞ」
状況を理解できないが、マニュアル通りに声をかけた。
「トリプルソーセージエッグマフィンセットとミニパンケーキのラッキーセットをお願いします」
馬は慣れた調子で注文した。声は高いところからするが、カメラの正面映像には何も映っていない。しかし、たしかに馬の後ろ脚は私の目の前にある。手を伸ばせば滑らかな毛並みに触れられそうだ。
「かしこまりました。マフィンセットのお飲み物はいかがいたしましょうか」
「ホットコーヒーで」
「ミルクとお砂糖は」
「なしで」
「ラッキーセットのお飲み物とおまけはいかがいたしましょうか?」
「ミルクと、おまけってなんですか?」
「はい、今月はたこりんごのわくわくお仕事絵本とミニ星座図鑑をお選びいただけます」
「図鑑で」
「他にご注文はございませんか?」
「ありません」
「それでは、お会計950円になります」
「パカっとペイで」
馬がマスコットキャラになっているキャッシュレス決済だ。かなりマイナーなサービスに感じるが、やはり馬のキャラクターは馬に人気なのだろうか。
「かしこまりました。こちらにタッチお願いします」
スマホを差し出したのは、筋肉質な人間の腕だ。腕を遡って見上げると端正な顔立ちの外国人がウィンクしてくれた。髪も真っ白だが、年老いてはいない。20代後半くらいだろうか。そこで、ようやく馬の身体に人間の身体がついていることがわかった。わかったけれども、納得はしていない。これは立って見ている夢に違いない。夜勤による深刻な疲労を感じていると、ヒヒンとケンタウロスのスマホが鳴った。決済完了だ。
「ありがとうございます。先の受け取り口でお待ちください」
注文は決済後に厨房に伝わっており、私は急いでホットコーヒーを淹れた。もう一人いる店員の川谷くんもダルそうな顔でてきぱきとマフィンに平たいソーセージを挟んでいる。ファストフードの名に恥じないスピード感だ。身体に染み付いた店員同士の連携プレイは目にも止まらぬほど。というか、客は誰も私たちのことを見ていない。取手のない茶色の紙袋にドリンクホルダーを詰めて蓋をしたコーヒーを置き、紙で包んだマフィンのセットとパンケーキのラッキーセットとおまけの薄い図鑑をきっちりと詰めて固定した。
受け取り口にもやはりケンタウロスがいた。極限まで疲れた末にこんなにはっきりケンタウロスが見えてしまうのか。それでもプロの店員なので、お客様の前で涙は見せられない。どうにかスマイルで商品をお渡しすると、ありがとうとケンタウロスも笑みを作った。美しいケンタウロスの笑顔は私より高級なものに思える。朝焼けなのかもわからないが、後光が差している。たとえ身体が馬だとしても、顔はとてつもなくハンサムならもうどうでもいい。ケンタウロスの魔性の笑みは私の疲労を癒し、限界を超えさせる力を与えた。わかりやすく言うと、あまりの男前につい顔が緩んでしまった。結果的に、私はあまり口にしない挨拶でケンタウロスを見送った。
「またのお越しをお待ちしております!」
ポテトが揚がるメロディーが聞こえると、また身体が動き出す。
今度はカウンター前のお客様のために、光輝くスマイルをお裾分けしなくてはならない。




