帰ってきた場所
8月6日(木曜日)
カーテンを開けると、陽射しがそっと部屋の中へ入り込んできた。
振り返ると、ベッドの上の布団はまだぐちゃぐちゃのままだった。
私は机の上に置いてあったコップを手に取り、一気に水を飲む。
寮を離れて、家に戻ってから、もう随分経ったんだね……
最近はずっと雨の日が続いている。
雨はいつも、少しだけ冷たい空気を連れて、窓の隙間から部屋へ入り込んでくる。
私はうさぎさんを抱きしめながら、布団の中で小さく丸くなっていた。
……
午後、兄さまは前から電話で話していたスーパーへ連れて行ってくれた。
そのスーパーは、いくつもの大きな倉庫を、そのまま繋げたみたいな場所だった。
私は兄さまの手を握りながら歩く。
その手は、昔と変わらない温かさだった。
でも――
少しだけ、硬くなっていた。
兄さまはカートを押しながら、私の隣を歩いている。
その背中は、今でも記憶の中と同じだった。
私はわざと少しだけ足を止めて、静かにその背中を見つめた。
すると、兄さまは気づいたみたいに振り返る。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
私は急いで追いついた。
兄さまはいつものように、私の頭を撫でる。
まだ私のことを子どもみたいに扱っている。
でも……
それが、少しだけ嬉しかった。
「何かあったら、ちゃんと言ってね」
「……うん」
……
お母さんが夕飯を作っている時、私は今日スーパーで買った豚肉と調味料を取り出した。
私が材料を持っているのを見ると、お母さんは笑いながら少し場所を空けてくれた。
隣にいるお母さんを、私はこっそり見る。
いつの間にか、私の身長はお母さんとほとんど同じになっていた。
包丁を握る手が、ほんの少しだけ震えた。
……
食卓では、みんなで料理を囲んだ。
今日は特別に、中国の家庭料理――紅焼肉を作った。
口に入れると、少し甘くて、少ししょっぱい。
私は茶碗を持ちながら、みんながお肉を箸で取る様子を横目で見ていた。
嬉しくて、いつの間にか食べるペースが少し速くなっていた。
「七奈、そんなに急いで食べたらだめよ」
お母さんは、昔と変わらない声で言った。私はお母さんの顔を見て、小さく笑った。
……
夜。
布団に入りながら、スマホに届いた小野ちゃんたちのメッセージを見る。
みんな、もう新しいアパートを見つけたみたいだった。
画面を見ていると、口元が自然と緩んでしまう。
目を閉じた瞬間、また一緒に旅行へ行った日のことを思い出した。
私はもう一度スマホを開いて、みんなのメッセージを眺める。
なぜだろう。
目の奥が少し熱くなった。
……
日記を書くのは、もう本当に久しぶりだった。
何度も机の前に座って、目の前のノートを開こうとした。
でも最後には、いつも静かに閉じてしまう。
もしかしたら……
私は、いい作家にはなれないのかもしれない。
……
今日、スーパーで兄さまに日記のことを聞かれた時。
胸が小さく跳ねた。
私は思わず、服の裾をぎゅっと握った。
「七奈、最近も日記を書いてるの?」
「……まだ書いてるよ」
私は兄さまに嘘をついた。
だって……
もう私は子どもじゃないから。
……なんてね。
もし魔法が使えたなら。
小野ちゃん、井上ちゃん、鈴木ちゃんと一緒に、
本の中でしか見たことのない、詩のような遠い場所へ
……
毎日机の前に座るなんて、約束はできない。
ペンを握っても、また置いてしまう日がある。
真っ白な紙を見つめながら、
あの時の私は、一体何を考えていたんだろう。
七奈の小さな料理帳①
紅焼肉
今日は、家族のために作った中国の家庭料理です。
甘くて、少ししょっぱくて、ご飯によく合う料理。
小さい頃から、家族と一緒に食べてきた大切な味です。もしよかったら、みんなも作ってみてくださいね。
【材料】(2〜3人分)
豚バラブロック肉:400g(一口大に切る)
生姜:1片(薄切り)
白砂糖(または氷砂糖):大さじ2
醤油:大さじ2
オイスターソース:大さじ1
料理酒:大さじ2(下茹で用は別に少々)
サラダ油:少々
お湯:適量(お肉がかぶるくらい)
【作り方】
① 豚バラ肉を一口大に切ります。冷たい水から鍋に入れ、料理酒(分量外少々)と薄切りにした生姜を加えて火にかけます。沸騰したら取り出して、軽く洗っておきます。
② 一度お湯を捨てて、鍋をきれいに洗って水気を拭き取ります。
③ 鍋に油を引いて温め、白砂糖を加えます。弱火で砂糖が溶けて、きれいな琥珀色になってきたら、豚バラ肉を入れます。
※七奈のアドバイス
砂糖は炒めすぎると苦くなるので、色が変わり始めたら手早くお肉を入れてくださいね!
④ 豚肉全体に色がついたら、料理酒を加えます。そのあと、醤油とオイスターソースを入れて、全体になじませます。
⑤ 豚肉がしっかり隠れるくらいまで熱湯を加えます。弱火にして蓋をし、40分ほどゆっくり煮込みます。
⑥ 最後に蓋を開け、強火にして煮汁を少し煮詰めていきます。とろみがついて、きれいな照りが出たら完成です!
できたての紅焼肉を、ホカホカのご飯の上に乗せて食べる時間が、私は大好きです。




