少しだけ、外へ
3月4日
やっと雨が止んだ。
何日も降り続いて、なんだか体までじめじめして、小さなきのこでも生えてきそうなくらいだった。
朝、薄いカーテン越しにやわらかな陽ざしが差し込む。
私はそっとベッドから起き上がり、まだぐっすり眠っている小野たちを眺めてから、足音を立てないように床へ降りた。
今日はめずらしく授業がない日。きっとみんな、疲れているんだろうな。歯を磨きながら窓の外を見る。やさしい風がふわりと入り込み、頬をそっと撫でていく。
それだけで、なんだか空気まで澄んでいる気がした。
お昼近くになるころ、日差しが寮の部屋をぽかぽかに温める。
そのとき——
「んんー……おはよう……いま何時?」
小野が太陽に起こされたみたいに、目を閉じたままむくりと起き上がった。
「もうすぐ十二時だよ。小野、あとでご飯行く?」
「んー……」
そう言いながら、また枕に顔をうずめて、腰だけぴょこんと上げる。
「はあ……なんでまた朝なの……」
眠たそうな声でぼやく。
「ねえ、今日なにする? 授業ないよね。」
井上が横向きに寝転がり、スマホを抱えたままやわらかい声で言う。
「うーん……カラオケとかどう?」
鈴木がベッドにうつ伏せになったまま提案した。
「わ、私は……みんなに合わせるよ。」
「じゃあ、カラオケ決定!」
小野はやっと枕から顔を上げ、しばらくぼーっとしている。
お昼はラーメン屋さんへ。
四人で鈴木のスマホを囲みながら近くのカラオケ店を探していると、ほどなくラーメンが運ばれてきた。
湯気の立つ丼を見つめながら、私はゆっくりと麺をすする。
体の奥がじんわりあたたかくなる。胸のあたりが、少しだけそわそわしていた。あっという間に、丼は空っぽになった。
「ここにしよ。内装かわいいし、安いよ。」
「うん。」
私は小さくうなずく。
この街でちゃんと遊びに出るのは、これが初めて。車がびゅんびゅん走り抜けるのを見ていると、少しだけ落ち着かない気持ちになる。
小野が私の手をぎゅっと握り、道端で一緒にタクシーを待つ。井上は鈴木の隣で、配車アプリの画面をのぞき込んでいる。
やがて、銀色の車が私たちの前に止まった。鈴木が助手席へ、私たち三人は後部座席へ座る。
「鈴木、何歌うの?」
小野がにやにやしながら聞く。
「え、まだ決めてないよ。」
鈴木は振り返って、ちょっと照れた顔。
「えー、自分で言い出したのに?」
井上がくすくす笑う。
「着いてから決めるの!あと、下手でも笑わないでよ!」
少しだけ拗ねたような目。
「はいはい、笑わないよ。」
車内はずっとにぎやかで、あっという間にカラオケに到着した。
中はほの暗く、カラフルなライトがゆらゆら揺れている。
みんなは楽しそうにソファへ飛び込み、クッションを抱えてくつろぐ。
私は小野に引っぱられて、その隣へ座った。
「さて、何にしよっか。」
スマホをのぞき込みながら曲を選ぶ。けれど最初にマイクを手に取ったのは、やっぱり鈴木だった。
「やっぱりもう決めてたでしょ。」
小野が意地悪そうに笑う。
「違うってば。」
鈴木は頬をふくらませる。
歌い終わると、小野が言った。
「すごく上手だよ、鈴木。」
「えへへ。」
さっきまでの不満顔はどこへやら、すぐに笑顔になった。
私も画面を見つめながら、そっと一曲選ぶ。
「君が持ってきた漫画
くれた知らない名前のお花♪」
歌い終わると——
「かわいすぎる!」みんなが拍手してくれた。
私はうつむいて笑う。頬がじんわり熱い。
そのあと、近くの商店街を散歩した。並ぶお店やきらきらした商品に、思わず目が奪われる。
「初めて来たんだよね? ここ、楽しいところいっぱいあるよ。」
小野がわくわくした声で、ひじでそっと私をつつく。
「ほら、あっちコスプレしてるよ。」
指さす先には、きらきらした衣装を着た女の子たちが写真を撮っていた。
「好きなキャラとかいるの?」
井上が聞く。
「私はいっぱいあるよー。」
鈴木が笑う。
「……私は、四糸乃、かな。」
少しうつむいて答える。
「え、四糸乃?なんか、似合いそう。」
小野が言う。
「そうかな……。もっと勇敢になりたいの。大事な人を守れるくらい。」
「そっか。」
井上がやさしく相づちを打つ。
「うん。」
話しているうちに、空はだんだん暗くなっていった。そろそろ寮に戻らないと。
部屋に帰ると、外では虫の声が昼間の鳥のさえずりと入れ替わっていた。みんな順番にお風呂へ向かう。
今日は、あまり遅くならないようにしよう。
最近ちょっと寝るのが遅いから——
明日は、ちゃんと早く休もう。




