<ブランドバッグ>
私は生前からブランドものには、ま〜ったく興味が無かった。
伴侶の理恵子サンも…ブランドものへの興味は無かったよね?
万年助教授の安月給ではブランドものに、手を出せなかったのかもしれない。もしそうなら、経済的に不甲斐ないダンナで…ゴメン。
「もしもし、お嬢さん、こんなところで何をしているの?」
ミヤサワ君は質屋のショーウインドウのひとつのバッグに取り憑いている、華やかな…というよりもケバい容姿の若い女の子の霊に語りかけた。
「ウチ(私)のバッグを守っているの!」
目を血走らせたそのお嬢さんは、質屋の陳列棚の少し高級そうなバッグを抱きかかえたまま、答えた。
「そのバッグは、この質屋さんの売り物じゃぁないのかな? ほら値札もついているょ。」
「違うわ! ウチのものなの! ウチが死んじゃった後で、うちのババアがこのバッグをその価値もわからずに、二束三文で売り払っちゃったの。」
「あなたのお母さんが売ったのなら、そのバッグは買った質屋さんのものじゃないのかなぁ?」
「だって、ここの質屋はこのバッグをたった5000円で買い取ったのよ。新品なら80万円以上するのよ。あの質屋はウチのババアを騙したのよ。ものの価値のわからないババアを騙したのよ! 詐欺よ。犯罪よ。犯罪で奪われたバッグなのよ。だからこのバッグの所有者はまだウチなの! あの質屋のオヤジめ! いつか訴えてやる!」
激高する少し緑がかった色に染まりつつあるそのお嬢さんの霊を、ミヤサワ君悲しい目で見ながら、《どうやって死んじゃった者が生きている者を訴えられるのかなあ?》と思った。
ミヤサワ君は首を傾げながらさらに聞いた。
「僕にはそのバッグが80万円もするとは思えないんだけど。」
「オッさんもブランドものの価値がわからない人なのね。可哀想な人なのね?」
「かわいそう?」
「そう。モノの価値がわからない人は可哀想な人だわ。 …ウチね。このバッグが欲しくて、欲しくて、1年の間、一生懸命に、休まずにバイトして、やっと手に入れたの。…それだけの価値があるものなのよ。」
「ごめん。僕にはそんなに価値のあるモノには思えないのだけど…ほら、その横に同じように展示されている1000円のバッグと、機能的には変わらないと思うけど… それに質屋の付けている値札は5万円だよね。中古だとしても元々が80万円のバッグにしてはちょっと安すぎない?」
「ハハハ。質屋が最初につけた値札はね40万円だったの。でもね、ウチが購入者に嫌がらせをするから、すぐに返品されてしまうの。買われても、すぐに嫌がらせを繰り返したの。だから質屋もなんとか売ってしまおうと、今は5万円にまで値下げしているのよ。このお値段だと、買おうとする人もニセモノかもしれないと疑うから、ますます売れなくなるの。 ケケケケケ」
「…ウ〜ン。 」
ミヤサワ君は唸るしか無かった。
「ブランドものって、そんなに良いのかねえ?」
「そりゃそうよ。 ウチがこのバッグを持っていたら、周りの人のウチを見る目が変わるの。今まで『貧乏人』と蔑んだ目で見ていた人たちも、ウチがこのバッグを持っているだけで見直してくれたわ。 このブランドバッグを持っているだけで、ウチは『価値のある』人間に変われるの。」
「う〜ん… そのブランドバッグには何か魔法の力があるみたいだね。」
「そうね、魔法かもね。 ブランドは価値の魔法なの。ほら、あそこの『うちわ』、お祭りなんかでタダで配られるようなうちわに見えるかもしれないけど。ひらがなで『ブランド名』が書かれているでしょ? ブランド店の公式サイトにも出ている本物のブランド商品だから、…オッさん、値札をみてごらん? きっとビックリするわ。」
「値札? 1万円!? 何じゃそりゃ。」
「そう。ブランドがつくだけで原価200円もしない『うちわ』の値段が50倍に跳ね上がるの。…このうちわ、新品なら3万円はするのよ。」
ミヤサワ君は昔、香料の原体を思いうかべてていた。工業的に作られた『化学物質』の値段は、数千円/Kgだった。それに安い香料をちょっと混ぜて調香すると、数十万円/Kgに化けた。まあ、それは調香師さんのつけた付加価値として理解できなくはない。それをエタノールで300倍に薄めてやると、一瓶約250 mLで数百円になった。一瓶当たりの原体価格が数十円だから、その時点で10倍〜100倍の値段になる。そして、それを有名化粧品会社におろして、オシャレなガラス瓶に入れて、ラベルを貼って、化粧箱に入れると、一瓶当たり2万円になる。確かにブランドは金銭的な価値を付与する魔法だ。昔、理恵子サンにその話しをしたら、彼女はすごくイヤな顔をしたなぁ。
「ブランドって…おそろしいな。ブランドってなんだろう? 情報の一種かな? 価値を付与する情報…かな?」
「オッさん、面白いことを考えるわね。そうね、ブランドは持ち主にある種の付加価値を与える『情報』の魔法かもしれないわね。」
「僕は、そのブランドバッグを買うお金で、あなた自身に価値を付ける方が正しい…正解だと思うけどね。80万円もあれば英会話スクールに通えるよね。」
「ウチね、勉強は苦手なの。英会話教室に通っても、そのお金は無駄になったと思うわ。英会話スクールに行っても英語が出来るようになるとは限らないでしょ? おまけにウチが英会話できるようになっても、周りの人にそのウチの価値はわからないわ。ブランドバッグなら、ウチの価値をみんなすぐに気がついてくれるのよ? お金でブランドものを買えるのなら、手っ取り早く皆にわかる価値を確実に自分に付けれるのよ? コスパもタイパも良いじゃない。」
「なんだかな…」
ミヤサワ君は絶望的な顔をして、呟いた。
「ところで、お嬢さん。 そろそろあの世に逝かないかな?」
「はぁ〜っ? オッさん! 何を言ってるの? もしかしてあなたは死神なの?」
「死神じゃぁ無いよ。案内人だよ。 いやね。お嬢さんがこのバッグに取り憑いていても、誰も幸せにならないだろう? それに、あなたの魂も恨み辛みで汚れてしまうから、そろそろ『上がる』のはどうかなって…」
「いやよ。ウチはこのバッグと離れるのはイヤ!」
「何で?」
「だって、ウチはこのバッグと離れてしまうと、私には価値が無くなっちゃうから…」
「といっても、もうお嬢さんは亡くなっているから、価値の主体としてのお嬢さんは存在していないんだよ。」
「…」
「どうかな?」
お嬢さんは黙りこみ、考えこんでしまった。
しばらくして、お嬢さんは呟いた。
「ウチ、また人間に生まれ変われるのかなぁ?」
「どうかなぁ?」
「ウチ、価値のある人間にうまれかわれるのかなぁ?」
「君がそれを願えば、きっとブランドに頼らなくても価値のある人間に産まれ変われる..んじゃないかな?」
「…そっか。」
そのお嬢さんの顔からケンが取れ、穏やかな顔になった。そして彼女はそのブランドバッグから手を放した。
しばらくお休みします。
近々、再開します。よろしくお願いします。




