<フウ子のいる喫茶店>
かららん♬かららん♬
大学の近くの喫茶店の扉を開けると、ドアベルの軽やかな音がする。
「こんにちは。」
「おや。いらっしゃい。ブドリ君、久しぶりだね。」
黒ネクタイに灰チョッキ、黒ズボンの執事衣装を着こなす、やせ形の初老のマスターが柔らかに微笑み、ブドリ君と美知子サンを迎える。
「テーブル席、よろしいですか?」
「ああ、もちろん。この時間は空いているから。どこでも良いよ。」
ブドリ君と美知子サンは並んで通りの歩道に面した窓側のテーブル席へ座る。左にある窓辺のプランターには小さな白い花やピンクの花が咲いている。しばらくしてマスターがお冷やを2つ持ってくる。
「え〜と、机の上に小さなお地蔵さんを置いても良いですか?」
「う〜ん。いいよ。写真を採ってSNSにでも上げるのかい?」
「いいえ、写真はとりません。これは僕の亡くなった祖父と祖母です。」
マスターは微笑んだ
「ジジババ孝行だねぇ。」
ブドリ君は鞄のなかから木製の小さな携帯できるお地蔵さんを2体取り出して、4人掛けの机の対面側に置いた。
「ええ、まあ。 え〜と、みんなコーヒーで良いかな?」
「私はミックスジュースでお願い。」
美知子サンがオーダーする。
「では、マスター。コーヒー2つとミックスジュース2つお願いします。…1つづつお供えしても良いですか?」
「良いよ。じゃあコーヒーとジュースの1つずつは小さめにしよう。」
マスターが小さなコップのお冷やを2つ机の上に追加した。
「そちらのお嬢さんはどなたかな?」
「私の妻の美知子です。つい最近結婚しました。」
「美知子です。よろしくおねがいします。」
「初めまして、マスターです。 お目にかかれて光栄です。」
ニコッと笑いそれだけ言うと、マスターはカウンターに引っ込んだ。
ブドリ君がひそひそ声で喋り始めた。
[おじいちゃん。この喫茶店だよね?]
[そうだな。ほら、あのマスターの肩に乗っかっている。]
確かに、マスターの肩には小さな澄んだ無色透明な者が乗っていた。
「まあ、いつものことだけど。ブドリ君には何がみえているの?」
ブドリ君がボソボソと独り言を言っているような様子を見て美知子サンがつまらなさそうに呟いた。
しばらくして、マスターがコーヒーとジュースを持ってきた。
テーブル席にジュースとコーヒーを乗せた後、カウンターの隅のぬいぐるみの前に小さなホットミルクを供えた。
「マスター、それは?」
「ああ。これは家の娘に供えたんだ。便乗させてもらったよ。」
マスターは苦笑してそのように答えた。
「それは…」
ブドリ君はマズいことを聞いてしまったと、目を伏せた。
「なあに、もうずっと前の話しさ。」
見ると、マスターの肩に乗っていた者が、カウンターに降りて、その小さなホットミルクを飲み始めた。
[あの子が今回のターゲットね。ちょっと話し掛けてくるわね。]
コーヒーを楽しむミヤサワ君の隣で小さなミックスジュースを飲んでいた理恵子さんがそう言ってカウンターの上にふわっと移動した。
[こんにちは。]
[こんにちは。おばあさんはどなたですか?]
透明な小さな者はおばあさんとお話を始めた。
[私は理恵子サンよ。ほらあそこのテーブル席に座っているとんがり帽子のジャガイモの奥さんよ。あなたは誰ぁれ?]
フウ子がテーブル席を見やると、ミヤサワ君が軽く手を振った。
[私はフウ子。この喫茶店のマスターの娘なの。]
[フウ子ちゃんはここで何をしているの?]
[看板娘かな?でも、普通の人にはみえないから、『ステルス』看板なの。]
フウ子ちゃんはクスクス笑ってそう言った。理恵子サンも、そのように答えるフウ子ちゃんに微笑んだ。
[それと、お客さんを観察しているの。いろいろなお客さんがくるわ。他人を見るのは面白くて楽しいわ。でも、砂埃をつれてくるのは止めてほしいわね。]
[そうね。床が汚れてしまうのは困るわね。]
理恵子サンは何かを思い出し、少し困ったようなイヤそうな顔をしてミヤサワ君を睨んだ。ミヤサワ君はそっと目を逸らし、窓辺のプランターの花を見ている。
[だからね、時々は砂やホコリを風と一緒に扉から外に掃き出すの。私、お掃除も出来るのよ? だから、このお店は奇麗でしょ。]
[そうね。奇麗にしているわね。]
[それと、ときどきだけど、砂埃じゃなくて黒いモノを持ち込んでくる人が来るの。そう言う人から黒いモノを引きはがして、お店の中に入れないようにしているの。引きはがした黒いモノはしばらくするとどこかに消えてしまうの。]
「それは素敵ね。」
[うん。黒いモノが落ちた人は、皆なお店に来たときよりもニコニコしているわ。]
[そして、なにより、お父さんを見守っているの、私が死んでお母さんが弟を連れて家を出てから、お父さんはひとりぼっちなの。だから、わたしがお父さんを見守っているの。]
[お父さんはあなたのことがみえないんでしょ? 寂しくない?]
理恵子サンはもう『近所のおばあちゃん』モードだ。フウ子ちゃんを抱きしめている。
[寂しくはないわ。お父さんがいるから。]
[困ったことがあったら、わたしを呼んでね。孫のブドリ君はカラスとお友達だから、カラスを通して呼び出してね。]
[ありがとう。おばあちゃん。 そうだ!おばあちゃん。お礼に良いこと教えてあげる。あのお姉ちゃん?美知子さんのお腹の中にまだ小さな赤ちゃんがいるわ。大事にしてあげてね。]
[あらまあ。それは本当に嬉しいことね。]
[生まれて来たら、また遊びに来るようにお兄ちゃん達にも伝えてね。]
[わかったわ。]
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
[それで、理恵子サン どうだった?]
「あの子は、今はまだ狭間の世界に連れて行かない方が良いと思うわ。ここで、幸せに過ごしているわ。」
[悪いものになるおそれは無いかな?]
[悪いものどころか、もう、座敷童みたいな善き者になっているわ。悪いものを追い払っているわ。]
[そうか。それは凄いな。]
「さあ、帰りましょう。後で美知子サンに良いニュースがあるわ。」




