<交差点で佇むもの>
どこにでもあるような国道と県道の十字交差点。その交差点の信号機のある歩道にはこの交差点が死亡事故現場であることを示す、うす黄色に赤の縁取りのやたらと目立つ看板が立てられていた。
「この交差点で交通死亡事故がありました」
縦長のこの看板は何の目的で建てられたのだろうか? この看板からは具体的にどんな事故だったかはわからない。ここで死亡事故が発生した事実だけを伝えている。何の教訓も教えてくれない。単にその看板を見た者に悲しみや不快感を与える機能しか有していない看板だ。
そんな看板の下には、事故から1年経った今でも時々花束が供えられている。
「コージ君、風になっちゃったんだね…」
「コージはバカだよ。こんなに周りを悲しませて…」
中学校の制服の男女がその看板の下に小さな花束を供える。
『ヘックション! ウィ〜』
少し半透明の緑色の《コージ君だったもの》がその看板の下に佇んでいた。
『風じゃなくて風邪になっちゃったかな?』
そのコージ君の横でミヤサワ君が苦笑している。
『さあ、そろそろ上がろうか』
ミヤサワ君が促す。
『上がるって?』
『トゥオネラのほとりの世界へ だよ。日本人には三途の川の岸と言う方がわかりやすいのかな?』
『三途の川? それって死んだ人が行くところでしょ? イヤだよ。まだ僕は死んでいないよ。』
『あれ? コージ君は自分が死んだことを自覚していないのかな?』
『僕は死んでいないよ。 だってほら、意識もあるし。 そう。風になったんだ。 ヨーコちゃんもそう言ってるしぃ。』
『その看板を見てごらん。ここで《交通死亡事故》が起ったって書いてあるだろう。その事故で君は亡くなったんだよ。』
『ウッソ〜』
コージ君は間抜けな顔で驚いていた。
『本当だってば。霊になってからこの世に残り続けると、コージ君も《悪いもの》、う〜んと、俗にいう地縛霊になって、悪さをするようになっちゃうから、僕が迎えに来たんだよ。さあ、上がろう?』
ヤンキー座りしているコージ君は納得できないと言う顔をして、ミヤサワ君を見上げた。
ミヤサワ君は困り顔でコージ君を見下ろした。
『僕、まだこの世に居たい。僕、青春をまだ楽しんでいない。』
『でも、その姿では青春を楽しめないだろう?』
『そうなんだけどね…。』
コージ君はうつむいて地面に《の》の字を書き始めた。
『何か心残りがあるのかな?』
ミヤサワ君はコージ君に尋ねた。
『もっとバイクで走り回りたかった。兄貴の原チャリではなく、免許を取って、750ccの大型で走り回りたかった。』
『でも、君は無免許の原チャリでメットもまともにかぶらずに、ずダンプのどてっ腹に突っ込んで事故ったんだろ?』
『…まあ…ね。』
コージ君はバツの悪そうな顔をした。
『あの事故は僕のせいじゃない…と思う。 僕が交差点を駆け抜けようとしたらダンプが急に右折して来たんだ。』
『信号は青だったの?』
『いや、…黄色から赤になったところだった。 でもでも、真っすぐ走ってくるバイクがいたら、右折を少し待つべきじゃないの?』
『その事故の原因は君の信号無視だよね。』
『近所の先輩は《あおによし 黄色当然 赤勝負》って言ってたよ。』
ミヤサワ君は呆れ顔でコージ君を見た。
『それは…ひどい先輩だな。《黄色は注意、赤止まれ》だろ。』
『まだ赤に変わった直後だったから、ダンプの前を駆け抜けれると思ったんだ。』
『でも、駆け抜けれなかった..だな。』
『だから、ダンプのおっちゃんも、もう少しこっちに配慮してくれたら良かったんだよ。大人なのに! 僕は悪くない…かな? 自分の信号は、確かに赤に変わっていたけど。たとえ右折矢印信号が青でも、右折車は直進車に気を使うべきだよ。あえて言えばタイミングが悪かったんだ。』
ミヤサワ君といかりや長介みたいな顔をした。
『それは他責的な最近のガキの考え方だな。まあ、今度も日本でうまれたら交通法規は守ろうね。』
『おじさんもきつい物言いをするねぇ。ロジハラだよ、それ。正論言ってドヤ顔をするのはハラスメントだよ。 …ところで、今の話し方だと、交通法規を守らなくても許される、そんな国があるの?』
『法律を守らなくても良い国があるわけじゃないけど…そうだな、昔、学会で東アジアの国を訪れたときの経験だけど、信号無視上等の国もあったな。横断歩道を渡ろうとしたら、威嚇するように速度を上げて突っ込んで来たな。3車線の高速道路を4列で走る国もあった。だからあの国の道路は渋滞するんだ。ヨーロッパのある国ではホストの先生が夕食をおごってくれたんだけど、ワインを2本空けてから僕をホテルまで自分の車で送ってくれたよ。』
『…それ、なんという飲酒運転…』
『ご機嫌で「LaLaLa〜」と陽気に歌いながらフラフララ〜運転で、バンバン対向車線へはみ出してたから、僕は、死ぬかと思ったよ。』
『…交通ルールは守らなきゃダメダメですよねェ。』
『そうだね。』
ミヤサワ君は苦笑した。




