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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第三章 後半

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第175話 幕間 大切なもの(後編)

 扉が外れる程のノックは、まるでガラの悪い借金の取り立てのようだ。だが、そのノックにヒョウは呆れたような笑みを浮かべた。


「あーそーぼ!」


 扉越しに聞こえてくるのは、何とも間抜けな友人の声だ。


「人騒がせなやっちゃで」


 溜息をつきながらも、笑顔で刀をしまったヒョウがゆっくりと扉を開いた。


「……何しに来たん?」

「遊びに来たっつったろ?」


 扉の外には、右腕を吊ったままニヤリと笑うユーリが立っていた。


「何で、途中まで気配殺しとったん?」

「ビビらせようと思ってよ」


 ケラケラ笑ったユーリが、「お前が殺気立ってるから、ヤベェってなったけどな」と肩を竦めてみせた。


 ……なるほど。途中から隠すつもりがなくなったのは、どうやらヒョウが臨戦態勢に入っているのをユーリの方でも察知したからのようだ。流石にその状態で近づけば、ヒョウの神速の居合によりユーリとて無事では済まなかっただろう。


 それを回避するために気配を消すのを止めたようだが、ヒョウからしたらそもそも最初から隠すなと言いたいところだろう。なぜなら……


「ユーリくんが、僕に気配を隠せた事なんてなかったやん」


 呆れ顔で笑うヒョウが、「今までは、だろ?」と口を尖らせるユーリを部屋の中へと招き入れた。何も無い部屋だが、ユーリはそれに対して何も言わない。ただ、ベッドのヘッドレストに立てかけてある写真を手に取り――


「へぇ……懐かしいな」


 ――と呟いて笑うだけだ。


「エエやろ?」


 ヒョウがニヤリと笑うが、ユーリは写真を眺めたまま暫く動かない。ここからではどんな顔をしているかは分からないが、ヒョウにだけは何となく表情の想像ができる。


「写真のデータ、あるで?」

「くれ」


 跳ね返るように振り返った友人に、ヒョウは微笑んでデバイスを操作した――



 立ち上がったホログラムに目を細めるユーリ。

 それを眺めながらマットレスに腰を下ろしたヒョウが、「にしても、よう僕の隠れ家が見つかったな」と大きな溜息をついた。


 この場所は誰にも教えていないのだ。それこそユーリ相手にも。


 別にユーリを疑っている訳では無いが、そもそもヒョウの部屋は昔から殆ど何も無いのが普通だ。誰かを招き入れるという空間ではない以上、昔から人を招待した事などなかった。


 ……こうしてユーリや他の友人が勝手に乗り込んできた事くらいで。


 ただ寝るだけの場所。だからこそユーリにも教えていなかったのだが……


「へっ、俺を舐めるな。お前の僅かな気配を辿ればこの通りよ」


 ……自慢げに笑うユーリがホログラムを切って、床に腰を下ろした。何も無い部屋に男二人――何しに来たんだ、とヒョウが口を開きかけた瞬間、ユーリが一本の酒瓶を取り出して床に置いた。


「まあ飲めよ」


 そう言ってゲートからコップを二つ取り出し、一つをヒョウに押しやってくる。仕方がないとばかりに、ヒョウが受け取れば、ユーリが嬉しそうに笑った。



「明後日の夜……」


 ユーリが口を開きながら酒を注ぐ――


「……打ち上げがあるんだよ」


 ――微笑んだユーリが、今度は自分のコップを酒で満たしていく。


「打ち上げ?」

「アレだ。あのーリリアのアレ――」


 相変わらず語彙力の乏しい友人だが、いつもの事だとヒョウが「オペレーション・ディーヴァかいな」と呆れた笑みを浮かべて酒を呷った。


「そう、それ」


 手を打ったユーリが、「その打ち上げと、エレナの全快祝いがリリアの店であるんだが」と言いながら酒をチビチビと口に運ぶ。


「それ、お前も来いよ」


 真っ直ぐ見つめてくるユーリに、ヒョウは思わず「は?」と返してしまった。


「いや、僕参加してへんやん」


 ヒョウ自身、口をついて出た言葉は真っ当な意見だと思っている。オペレーション・ディーヴァに参加したのはヒョウではなく、ハンター達だ。ユーリはエレナの全快祝いも口にしていた。であればその打ち上げは、恐らくサイラスのチームが参加する内輪のパーティだろう。


 そんなものに完全部外者の自分が参加するなど、ヒョウからしたら考えられない。如何に自分の能力で皆と知り合い風になれると言ってもだ。


 顔を顰めるヒョウを前に、それでもユーリは笑顔を崩してくれない。それどころか――


「参加、してたろ? モンスターを間引きにコソッと参加してたじゃねぇか」


 ――ヒョウが誰にも言っていなかった事を言い当てる始末だ。


「エレナが心配だったか?」


 ニヤニヤと笑うユーリに、「そんなんや無いわ」とヒョウがブスッと頬を膨らませて視線を逸した。


「図星か。お前、そのクセ昔っから変わってねぇのな」


 ケラケラと笑うユーリが、ヒョウのグラスに再び酒を注いだ。重たくなっていくグラスに、ヒョウは何も応えない。言い当てられたくない事を言われると、普段の鉄壁の笑顔が消えて目を逸してしまうクセ……直そうと思っても直せるものではない。そもそもヒョウの心を言い当てる人間が少なすぎるのだから、咄嗟の事に反応してしまうのも仕方がない。


 そしてユーリの指摘通りであるからまた言い返せないのだ。刀を使い始めのエレナが心配で、道中目に付いた危なそうなモンスターは先回りして倒していた。


 流石に帰りは大丈夫だと思っていたら、まさかあんな事故に巻き込まれたのはヒョウをしても大誤算であったが。


「だとしてもやで……僕は部外者なん変わらんやん」


 ヒョウは、そっぽを向いたまま口を尖らせる。ユーリの言う通り、モンスターの討伐という点ではヒョウも貢献しているが、だからといって内輪のパーティに参加できる程、彼らと打ち解けているわけではない。


 そんなヒョウの気持ちを知ってか知らずか、ユーリが「大丈夫だ」と笑う。


「遊びに来た、って言ったろ? 内輪に入りゃ問題ねぇよ」


 笑顔のユーリがデバイスを操作し、コール音が響くこと数回――


『準備バッチリです!』


 ――ホログラムに現れたのはカノンだ。


「何人集まった?」

『真面目さん以外は概ね……エレナさん、ラルドさん以外。ディーノさん以外。リンファさんだけ。草原の風鳥(アプス)は全員参加です!』


 嬉しそうに笑うカノンに、「クロエやエレナには言ってねぇだろうな?」とユーリが眉を寄せる。


『抜かりなく。バレたら怒られますから』


 ホログラムの向こうでサムズアップを見せるカノンに、ユーリが満足そうに頷いた。


「んじゃ、連れてくから待っといてくれ」


 そう言ってホログラムを切ったユーリが立ち上がった。


「行くぞ?」

「行くって……どこに?」


 首を傾げるヒョウに、ユーリがニヤリと笑って「鬼ごっこだ」とその肩に腕を回してヒョウをガッチリと固定した。


「鬼ごっこって……ちょ――」


 抵抗むなしく、ヒョウはズルズルとユーリに引きずられて行く。






「遅いぞボーイ」


 吹き抜ける風に髪を靡かせるダンテに、「悪い」とユーリが手を挙げる。イスタンブールのド真ん中、巨大なビルの屋上に集まった面子は、誰も彼もがヒョウには見覚えのある連中ばかりだ。だが、もちろん彼らはヒョウの事など――


「こいつ、俺のダチで新チームメンバーのヒョウだ」


 ――全員がヒョウを認識する前に、ユーリがヒョウを『友達かつチームの一員』だと紹介する。その一言で、ヒョウに対する認識が『何だか知ってる人』ではなく『ユーリの友人』として全員に刷り込まれる。


 それはヒョウを初めて見る人間にとっては、魔法の言葉だ。


 ユーリを介してヒョウと知り合ったという記憶は、ヒョウが発する気配の変性の影響を受けない。つまり比較的フラットな状態でヒョウと出会った事にもなる。


「先の作戦では、危険なモンスター退治をやってもらってた」


 ユーリの言葉に、アデルが「あー! 所々でっかいモンスターが死んでると思ったら……」と手を打って大きく頷いた。


「なるほど……リーダーの師匠がやってたわけか」


 フェンの言葉に、他の面子が「ああ、エレナが最近変わったのは」とヒョウの情報が更に上書きされる。それぞれの思い込みで知り合いだと思うより早く、地に足がついた情報が全員の中に降り積もり、ヒョウ・ミナモトという人物が全員の中にくっきりと浮かび上がらせていく。


 強引だが何ともユーリらしい行動に、ヒョウが目を白黒させる中、全員が「ようやくメンバーが増えたのか」、だの「歓迎する」だのヒョウに声をかけていく――


「えーっと……よろしゅう」


 恥ずかしげに頭を下げるヒョウを、全員が輪の中へと迎え入れる。輪の中に入るのは普段と同じ。だが何となく普段と違う感覚に、ヒョウが頬を掻いた。


「これで大手を振って打ち上げに参加できるな」


 ユーリの言葉に、「それとこれとは別やろ」とヒョウが呆れた溜息を返した。


「難しく考えすぎなんだよ」


 そんなヒョウの横でユーリがニヤリと笑う。


「キッカケがどうであれ、輪の中に入りゃそれでダチだ」


 拳で軽く肩を叩いてくるユーリに、「何やそれ」とヒョウは呟きながらも口角が上がるのを押さえられないでいた。


 久しぶりに人と触れ合っているのに悪くない気持ちだ。そんな思いは口にせず、笑顔のままヒョウが大きく伸びをした。


「お? やる気だな?」


「鬼ごっこはエエけど……僕を捕まえられるって本気で思ってるん?」


 ユーリに向けて勝ち誇った笑みを浮かべるヒョウ……だが――


「バカか。万全のお前なんか呼ぶかよ……キッチリ対策済みだ」


 そう言ってユーリがゲートから先程の酒瓶をチラリと見せた。それにヒョウが眉を寄せた時、身体に違和感が走る。妙に痺れるというか、重いというか……その妙な違和感に、ヒョウが思い当たってユーリに苦笑いを見せた。


「一服盛りよったな?」

「油断大敵だぜ?」


 ケラケラと笑うユーリだが、重要な事を一つだけ忘れている。


「自分も飲んでたやん」


 ヒョウのその言葉で「あ」とユーリが固まり……


「んじゃーそろそろ始めよー!」


 ……そんなユーリを無視するように、ヴィオラの元気のいい掛け声でじゃんけんが始まった――





「くっそ、お前のせいで身体が思うように動かねぇ!」

「いやいや自分のチョンボやんか!」

「やっべ、鬼が来た!」

「こっちからもや!」


 重たい身体を引き摺って、二人がそれでも満面の笑みで夜空を駆ける。全員があげる無邪気な笑い声がまだまだ長い夜に響いていた。





 ヒョウを巻き込んだ夜中の鬼ごっこの結末であるが、少々変わった形で決着がついていた。



「誰だよ! エレナにチクった奴は!」

『少佐も来てるらしいぞ!』

『おいおい隊長がサイラス商会長まで引っ張り出したってよ!』


 恐らくユーリがリリアに聞かせた情報が――


 エレナに伝わり、

 クロエにも応援要請が出され、

 ゲオルグがサイラスへ相談したのだろう。


 全員が上げる阿鼻叫喚が、イヤホン越しに各々の鼓膜を叩く。


『ヤベェぞ、全員ずらかれ!』


「ちょ、身体が痺れてるし、片手だから上手く逃げられねぇんだけど」

「片手は関係ないやろ」

『大お荷物を生贄に差し出しましょう!』

「てめっ! バカノン! 覚えとけよ」


 仲間内でなるべく迷惑をかけないように……と周辺ビルの屋上限定で始まった鬼ごっこは、対真面目組相手の本気鬼ごっこへと変貌していた。


 ビルの屋上から路地裏へ――

 路地裏から別のビルの屋上へ――


 全員が必死の形相で逃げる中、二人ももちろん必死に逃げていた。重い体を引き摺り、逃げるヒョウが路地裏で息を整えながら……


「ホンっま、ユーリくんが絡むと碌な事にならんやん」

「言ってる場合か……来たぞ……ヤバい、クロエだ! 逃げろ!」


 ……何故か笑い合いながら逃げる事に、過ぎし日々を思い出して悪い気はしないでいた。ヒョウは何故か笑みが溢れるのを押さえられないでいた。そんな二人の笑い声につられるように、イヤホンからも誰ともない笑い声が――


『捕まえたぞ!』

『ぎぇぇぇええええ!』


 ――カノンが最初の犠牲者に……。


『ユーリさんが首謀者です』


 サラッと仲間を売るカノンの行動に、全員の笑い声が更に大きくなる中、ユーリだけが額に青筋を浮かべていた……。


 結局ユーリが絡んだからだろうか。その場は逃げ切ったもの。捕まったもの。それぞれあれど、終わってみれば、全員が翌日怒られる事となったのはまた別のお話。






 そんな鬼ごっこから数日後……結局打ち上げにも参加し……いつものようにアジトへ戻ってきたヒョウを迎え入れたのは、数日前と変わらないあの風景だ。

 殺風景な部屋で、前と同じ様にベッドに腰を下ろしたヒョウが、ヘッドレストに写真を立て、再びコンソールを取り出して操作し始めた。


 暫くコンソールを操作していたヒョウが、ふと大事な事を思い出してゲートの中を弄り数枚の写真を取り出した。


 一番上にある写真は――打ち上げ後にあの店にいた全員で撮影したものだ。


 それを暫し見つめたヒョウが……「これもいつか飾れる日がくるやろか」……そう呟いて写真を一枚捲る。そこに映っているのは、ユーリと二人で撮った写真。そして次は顔を赤らめたエレナとの写真だ。


 どちらもヒョウ自身見たことがないくらい、満面の自分の笑顔が眩しい。


「とりあえず……ユーリくんのは要らんな」


 ケラケラと笑うヒョウが、「男同士のツーショットはキショいやろ」と言いながらも集合写真と二つ、大事そうにゲートへと戻してエレナとの写真をヘッドレストの上にそっと置いた。


「写真立て……買わなアカンな」


 薄暗い部屋に響くキーボードを叩く音は、いつもより少しだけ楽しそうだ。

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