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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第5章 龍の神殿と針山の城
291/683

291 ドラとエルフの愛の巣。


山肌に沿った石段を登りきると、その先に直径二キロほどの、火口跡がポッカリと空いていた。


長年の風化で細かな石が堆積し、内側は中心に向けて、なだらかな擂鉢(すりばち)状となっている。


白龍たちの立つ、外輪山のへりから見て真正面。

対岸の斜面に、ポツンと石造りの神殿が立っていた。


ダークエルフや獣人から見れば、充分に大きいといえる。


しかし、三十メートル越えのシルバーミストからすると、ちょっとした一軒家ぐらいにしか思えない。


尖塔が非対称に四本建っており、正面にアーチ状の入口が、門もなく虚ろに空いていた。


造りとしては、カルウィズの宮殿と大差がない。


白龍はただ黙って見つめてしまう。

慣れ親しんだ宮殿と酷似しており、大変に親しみが湧く。


けれども正直、こんなものかと思っていた。


密かに抱いていた期待が、大き過ぎたようだ。

ハッキリ言ってがっかりしている。


そんな白龍の気持ちを知ってか知らずか、ふんわりと合わせていた両手の中が騒がしくなる。


内側に曲げる指の腹を、ゴツンと叩く者がいた。

多分、リールーだろう。


白龍はドラゴンブレスならぬ、ドラゴン溜息をつきながら、その身を人型へ変えた。


突然吹き上がった濃霧が収縮すると、そこには龍人化した白龍とイース、サンフィルド、リールーの四人が立っている。


リールーが地面へ降りた途端、「ちっさ……」とつぶやくのが聞こえた。


すぐそばに巨大なスケルトンとゴーストがいるため、その瞳は赤く発光し、バングルから漏れる青い光が全身を包んでいる。


同じく瞳を赤く輝かせて、サンフィルドが首を傾げた。


「あれ? 俺もっとデカイと思ってたよ。

ドラゴンに合わせてさっ。すげーデカイやつ。

えっこれが本当に、ドラゴンの神殿なのかっ!?」


イースも、光る目を細めてつぶやく。


「うーん……これは、どうなんだろう……」


三人とも、白龍と同じ印象を持ったようだ。


隣に立つ、巨大スケルトンの頭蓋辺りから、「なんだあれ?」とか「ふつー」などの声が聞こえてくる。


白龍は首をコキリと鳴らして、思わず腕を組んでしまう。

別に悲しいこともなく、怒っているわけでもない。


そもそも白龍の記憶には、神殿だとか神に使えるとか、そんなものが一切無いからだ。


だからどんなに立派な神殿だったとしても、白龍の心は“ふーん”ぐらいにしか動かなかっただろう。

多分……


ただ……やはり、ポカンとしてしまう。

思考の中に、ポッカリと空白を感じていた。

大きな空白だ。


知らぬ間に、期待していたせいだろう。

白龍はそう考える。

それに、これで良かったかもしれない。


白狐の言うように記憶を消されたというのは、恐らく本当の事なのだろう。


ならばだ。

この程度のものが消えたからといって、何だと言うのだ?


白龍はつい最近、あの御方と直接会っている。

神殿など無くても会える。


その事は、白狐が教えてくれた。

ならばそれで良いではないか。

神殿など、ただのお飾りだ。


白龍の思考はぐるりと一周回って、その口元に微笑みを浮かばせていた。


白龍が笑みを浮かべるだけの、余裕を取り戻していると、いつの間にか龍人と化したフィア・フレイムがそばによってくる。


白龍はその顔を見て、ここに来るまでのフィア・フレイムとの会話を思い出す。


お互いの近況を話し合っていると、フィア・フレイムがダークエルフの事を、慈愛に満ちた目で語るのだ。


何て嬉しそうに語るのかと、羨ましくなった。


自分もつい最近まで、その様な目でダークエルフを愛でていた事だろう。

しかし今はもう、その様な純粋な目で語れない。


白龍は、自分がダークエルフの手で記憶を消されて、良いように扱われていた事を、フィア・フレイムに話せなかった。


話せばフィア・フレイムも、何らかの記憶操作が行われていると、言わなければいけない。


その時、彼はどんな目をするのだろうか?


何千年と培ってきた絆が、偽物だと言われたとき、彼はどう思うだろうか?

自分の事を振り返れば、そんなフィア・フレイムを見たくなかった。


そう考えると、よくもまあ白狐は自分へハッキリと、見せ付けたものだと恨めしくなる。


しかし不思議と白狐には、悪い感情を抱いていなかった。


自分は白狐のように、それができるだろうか?

フィア・フレイムにたいして?


そうグダグダと考えている間に、結局は記憶操作の事を、話せないでここまで登ってきたのだ。


その反動だろうか?

言えぬ代わりに、白狐がどれほど極薄な女かと、フィア・フレイムへ力説してしまった。


白龍はそこで我にかえり、傍へ立ったフィア・フレイムの足元を見る。

顔を見ずに、眼下の神殿を好意的に評価した。


「フィア・フレイムよ、良い神殿ではないか。

特に尖塔の配置が、遊び心を感じる」


神殿を褒められたフィア・フレイムが、白龍の横顔をけげんな表情で見つめた。


「シルバーミストよ、何を言っているのだ?

あれは神殿ではないぞ」


「なんだと?」


「あれは我々、フィア・フレイムドラゴンとダークエルフの、“ドラエルフ”友好の証として建てられたものだ。


“ドラとエルフの愛の巣”と呼んでいる。

あの中にはダークエルフから贈られてきた、友情の石が展示してあるのだ」


「ドラとエルフの愛の巣っ!?!? なんだそれはっ!?

い……いや、それはまあいい。

では貴様たちの神殿は、どこにあるのだ!?」


「ふむ、そうだな……」


フィア・フレイムは、今きた石段を振り返る。


遥か下方まで続く石段の先。

龍人の山吹色の瞳は暗闇でもハッキリと、離れて小さくなった円形広場をとらえていた。


「先ほどの戦闘で、熱量は充分に溜まっているだろう。

シルバーミストよ喜べ。すぐに神殿は、顕現(けんげん)するだろう」


「顕現……っ!?」


白龍は訳が分からず、ダークレッドの瞳をパチクリさせた――










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