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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第5章 龍の神殿と針山の城
289/683

289 楽市、鮮やかに暖簾と化す。


フィア・フレイムが、豆福に抱かれた赤子をジッと見つめている。


ドラゴンの赤子が何の恐れも抱かずに、魔女の眷族とじゃれているので、実に複雑な表情であった。


後方で待つ仲間たちを見る。

すると誰も、こちらに注意を向けていなかった。


興味が無いからではない。

興味を向ける、余裕が無いからだ。


ドラゴンの赤子からちょっとでも目を離すと、あちこち歩き回って、円形広場から転がり落ちそうになってしまう。


何体かの赤子は、広場の端に近づくと抱っこしてもらえるので、ワザと広場からダイブしようとしていた。


五体の仲間たちは赤子に振り回されて、とてもではないが、こちらの話を聞く余裕がない。


フィア・フレイムは顔を戻して、深い溜息をつく。


「白狐よ、我々を復活させるとはな……計り知れぬ女め。

貴様が勝ったのだ。

戦闘前の約定通り、この先へ行くがいい」


フィア・フレイムはそう言いながら、顔をしかめて巨大な石段を見る。

先ほどの完全無視より、かなり態度が軟化していた。


しかし楽市は、通れと言われて困り顔となってしまう。


「本当にいいの?」

「そのために来たのだろう?」

「そうだけど……」


踏ん切りの付いたフィア・フレイムとは逆に、楽市の態度がなぜか煮え切らない。


白龍が不思議そうに赤黒い瞳で見つめ、首をコキリと鳴らして割って入る。


「白狐よ、何をためらう?」

「だってこれだけ嫌がっているから、やっぱり無理矢理に、あたしが行くのは違うかなって……」


「無理矢理ではないだろう? 貴様が勝ったのだから」

「それが、無理矢理って言うんだよっ」


「うん?」


白龍が、そこで一つ首を傾げた。


「白狐よ、貴様は石段を登って、何をするつもりなのか言ってみろっ」


「え? それは国つ神様へ山脈を通るご挨拶と、お膝元で北の森を呼んじゃったお詫びだよ。


呼んでも怒られた様子がないから、その事についても、寛大な御心に感謝を述べたいというか……」


「つまり貴様は、そこで頭を下げるわけだ」

「うん」


そこでフィア・フレイムの尻尾が、ピクンと跳ねた。


「それはな……フィア・フレイムからしてみれば、自分たちに勝った者が、自分たちの神域で頭を下げるわけだ。


自分たちの祀る神へ、貴様が自ら下と認めて(かしず)くという事だ」


「うん」


「それは決して、ドラゴンの神域を踏みにじる事にはならない。

貴様は既にカルウィズで、そうしたではないか」


「あっ」


「それは負けた者の誇りを、傷つける事にはならない。

むしろ強者が、自分たちを認めたという“事実”が残るのだ」


「ああっ……」


白龍はフィア・フレイムのことを話すようでいて、自身の白狐に対する心情を、暗に話してくれていた。


そこで白龍は、ぐるると唸ってそっぽを向いてしまう。

楽市は優しく諭してくれた白龍を、熱いまなざしで見つめる。


「白龍……ありがとっ」


白龍は、そんな目で見つめられるのがムズ痒いのか、目を合わせてくれない。

しかし怒ったように、一言付け加えた。


「それに貴様は私に、神殿を見せたかったのではないのか?」

「うん……あたし白龍に見てもらいたくて」


「ならば、それで良いではないかっ」


楽市は一瞬、白龍をポカンと見つめてしまう。

白龍は相変わらずそっぽを向いているが、心なしか頬っぺたが赤い。


私を神殿に、連れてってくれるんでしょ? 

だったら早く、連れて行きなさいよねっ!


楽市には先ほどの言葉が、そんな風に聞こえた。

楽市がそのまま見つめ続けていると、白龍の首筋や尖った耳まで赤くなっていく。


白龍は視線に耐えられなくなったのか、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「いつまで見ているっ、この極薄めっ!」

「ふふふ……白龍って、ゴツ可愛いよね」


その一瞬後に、楽市は衿首を掴まれて、暖簾(のれん)のように揺れていた――







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