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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第4章 ハノイフォージェの草原
268/683

268 楽市の細く白い喉もと。


青空にカチリとした白い雲が浮かび、夏の陽射しが照りつける。


それを半透明の皮膜が和らげるため、露天風呂の上空でたなびいていた。

そんな午後の昼下がり。


突発的な泡騒動がおさまると、パーナに別荘の獣人メイドが声をかけた。


「お待たせ致しました。お食事のご用意が整いました」


それを聞いたパーナの顔に、満面の笑みが花開く。

やっぱり、ご飯大好きなのである。


「ラクーチ様ーっ、お昼の用意が出来たそうですっ!」


打たせ湯でたんねんに泡を落としていた、楽市の手が止まる。


「おっ」


楽市の周りで松永を相手に、水遊びしていた霧乃たちが歓声をあげた。


「たべるーっ! なにを!?」

「おにくだろっ!」

「おにく?」

「おーにーくーっ!」

「お肉、いただきますーっ!」

ぶっふ


濡れた体を拭き、大人組も別荘が用意した、花柄の白いワンピースを身につける。

その足で松永もつれて、露天風呂から離れた場所にある、板張りのデッキへと向かった。


そこには先に男三人がいた。

シノと龍人種の二人だ。

三人ともいつもとは違う、白いガウンを羽織っている。


楽市がシノへ手を振った。


「シノさーん、室内の温泉はどうでしたーっ?」

「私は骨ですので、何と言ったら良いか……」


「あー」


さて集まったは良いものの、かなり広々としたデッキには、何も用意されていなかった。


幾つかの丸テーブルや椅子は用意されているが、その上には何も置かれていない。

これは一体どういうことなのか?


皆で首をひねっていると、別荘の獣人メイドが一人、すっと前に現れた。

皆の注目が集まる中、白いエプロンを付けたシックな装いのメイドは、深々と頭を下げる。


あげた顔は少し頬が朱に染まり、何やら興奮しているようである。


「北の魔女様そして皆さま、ようこそお出で下さいました。

これからお食事を、転移させて頂きます。先ずはこちらでございます」


獣人のメイドが宙に手をかざすと、手首にはめられた魔法のバングルが淡く輝く。

このバングルは別荘の調理場と同期しており、別荘の敷地内ならばどこでも料理を転移できるのだ。


調理場自体が、バングルとセットになったマジックアイテムと言える。


転移魔法が発動して何もない空間から、皆の前にパッと料理が出現した。

現れた物を見て、千里眼の娘たちがどよめく。


霧乃たちも口をあんぐりと開けて、目を輝かせている。


「なにこれ、すごいっ!」

「まるやきだっ!」

「そのまんまーっ!」

「ままーっ!」

「お肉おっきいですーっ!」

ぶるるっ


それは丸々と太った、イナシルの姿焼きだった。


両端に鉄の杭が立っており、そこへ橋渡しされた横棒に、イナシルの丸焼きが背を下にして突き通されている。


真下に置かれた鉄板には、保温のために炭火が並べられており、チロチロと静かに燃えていた。


イナシルのパリッと焼けたキツネ色の表面から脂が滴ると、炭火の上でジュっと弾けて香ばしい匂いが立ち昇る。


獣娘たちは無意識に匂いを求めて、深呼吸してしまう。

匂いは、娘たちの奥底に眠る獣性を刺激する。


その反応を感じ取り、獣人のメイドが微笑んだ。


「北の魔女様からご提供いただきました、イナシル。

私共このイナシルを、どう調理すれば喜んでいただけるか考えまして、姿焼きといたしました。


エルフ様であれば、野蛮とお嫌いになる調理法ではございますが、北の魔女様をはじめ、獣人の方々ならばきっと、この獣人種伝統の調理法を喜んでいただけるかと思いまして……


北の魔女様いかがでございましょう?」


それを聞き、楽市が手を叩いて喜んだ。

楽市も、この香ばしい匂いにやられていたのだ。


楽市は滴る脂が、炭ではじけるさまをジッと見つめる。

そのくゆる煙に、どこかガード下の焼き鳥を思い出してしまう。

知らずに胸が高鳴った。


「すごいね……渡してから、そんなに経ってないのに……良い焼き具合」


通常ならば、六時間は掛かるだろう。

楽市はガード下通いで培った目で、肉の焼き具合を見定める。


ガード下では、目の前で焼かれるハツやレバーを、良く飽きもせず見ていたものだ。


「北の魔女様、圧力魔法釜でございます」

「たはっ! 魔法かーっ」


楽市がそこでデコを叩き、笑顔となった。

魔法って凄いっ。楽市は改めてそう思う。


「凄いね最高だよっ! ありがとうっ!」


屈託なく笑う楽市を見て、メイドは戸惑ってしまった。

喜んでくれるとは思っていたが、こんなストレートに喜ぶ主など見たことが無いからだ。


しかしこれが、悪い気がしない。むしろ良い。

メイドは、口元が緩むのを隠して頭を下げた。


「お……お褒めの言葉、ありがとうございますっ」


楽市のベタ褒めに、周りの獣娘たちが沸き上がる。

霧乃たちも、両手を挙げて飛び跳ねていた。


楽市の笑顔とウケの良さに、テンションの上がったメイドは更に攻める。


右手を振り、姿焼きの横にナイフが並んだテーブルを出現させた。

そのうちの一つを手に取り、陽にかざす。


「皆さま、ご要望の部位を仰って下されば、こちらで切り分け致します。

それともですが…………


ご自分でナイフを手に取り、思うがままにイナシルへ突き立てて、お食事なさいますか?」


これはいけない。

メイドとしての給仕を、完全に放棄していると言っていい。

しかしその言葉が、獣娘たちのハートに火をつけた。


「ああーっ、そっちでお願いしますっ!」

「そっちが良いですーっ!」

「自分で、切り取りたいっ!」


自ら思うがままに、獲物へ刃を突き立てる。

なんと、野趣溢れる食べ方だろうか。


とってもすてきっ!


メイドは一気に獣娘たちの心を掴み、更にたたみかける。


「味付けは正に王道っ、岩塩と獣脂の醗酵ペーストのみでございますっ。

お好みでこちらの、作り立てイナシル塩をお使いくださいませっ」


メイドはどこからともなく取り出した、手のひら大のガラス小瓶を見せた。

中には、鮮やかなピンク色の塩が詰まっている。


「わあああーっ!」

「イナシル塩すてきっ!」

「そういうので良いのーっ!」


霧乃たちもキャーキャー言って、もう辛抱がたまらない。


「らくーち、早くたべたいーっ!」

「もういくぞっ、うーなぎは、いくぞっ!」

「おにく、たべるーっ!」

「おーにーくーっ!」

「チヒロラは、お腹のところが食べたいですーっ!」

ぶふー


「ちょっと待ってガッツかないっ、お肉は逃げないんだからっ」


楽市は鼻息荒くする子供たちに、待ったをかけた。

こういう時こそ(しつけ)が大事なのだ。

楽市も大変興奮しているが、そこはグッとこらえなければいけない。


「ほら待ちなさいっ、この線から出ちゃ駄目っ! こら夕凪っ!」


しかしそんな、しつけ楽市さんを突き崩す次なる一品が現れてしまった。

メイドは皆のテンションが上がるのを見て、更に自分も上げていく。


「次はこちらでございます。はいどんっ!」


かけ声と共に現れたのは、横倒しにされた大きな木樽である。

現れた途端、辺りに爽やかな香りが広がった。


「こちらは森の果実“キススグリ”を使った、伝統の果実酒でございますっ。

皆さま各ご家庭で作り、幼少より馴染み深いものでしょう。


今回は昨年の夏に仕込んだ、ツァーグ産をご用意させて頂きましたっ。


肉と言えばこれですっ。

爽やかな酸味で喉を洗い流せば、脂滴るイナシルがいくらでも食べられるでしょうっ」


獣人の血とまで例えられる伝統の酒が現れて、獣娘たちが更に沸き立った。


「キャーっ!」

「すきがないっ!」

「お母さんの味っ!」


場を盛り上げたメイドは、木樽と一緒に現れたジョッキ棚より、木のジョッキを手に取る。

樽の前に進み、側面に取り付けられた蛇口のコックをひねった。


するとサラリとした赤い液体が、ジョッキに注ぎこまれていく。

辺りを包む爽やかな香りが、グッと濃くなった。

酒の香りで歓喜する獣娘たちと一緒に、楽市も言葉にならぬ呻き声を上げる。


「ううっ……」


楽市は躾も忘れて、流れ落ちる赤い酒を食い入るように見つめてしまう。

楽市から、ジワリと瘴気が立ち昇った。

霧乃たちが、様子のおかしい楽市を見上げて首をひねる。


「らくーち? でてる?」

「口をとじろ、らくーち」

「かおが、へんー」

「おーにーくーっ!」

「らくーちさん、お顔が真っ赤ですーっ」

ぶふう


獣人のメイドはジョッキを酒で満たすと、それを持ちしずしずと歩いた。

獣娘たちの視線が、運ばれるジョッキへと注がれる。


メイドは楽市の前まで来るとゆっくり(ひざまず)き、両手で捧げるように、酒の満たされたジョッキを差し出した。


「北の魔女様……最初の一杯、ぜひご賞味下さいませ……」

「あっ……」


あれほど騒いでいた獣娘たちが、いつの間にか静まり返っていた。


熱がさめたのではない、むしろ逆である。

我らの新しき主が、我が種族の血とも言える酒を、口に含む瞬間がこの目で見られるのだ。


獣人種の熱を帯びた視線が集まる中。

楽市の細く白い喉が、ゴクリと鳴った――











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