202 不快な財宝ダークエルフ。
(何だか、妬けちゃうなあ……)
楽市が顔を強張らせながら、笑みをこぼす。
瘴気から伝わってくる感情が、“不快”であると気付いたとき、怒らせてしまったと激しく狼狽した。
楽市は常日頃から第一印象を、良くしようと思っているのに、またしても失敗したのだ。
いきなりこの地の御方を、怒らせてしまう。
最悪だ。
へこんで、しまうではないか。
しかしである。
楽市は、同時に笑みもこぼしていた。
最悪の出会いだろうと何だろうと、この地の御方はちゃんと応えてくれるのだ。
四〇〇〇年こちらより音沙汰なしで、拝殿が無かろうとも、どこかへ御隠れになる事もなく応えて下さるのだから。
楽市にとってこれは、数百年ぶりの謁見である。
たとえそれが最悪な形であっても、嬉しくてたまらない。
そしてこのような御方が、今もなお存在するこの世界に少し焼きもちを妬いた。
(ちぇっ、いいなあ……)
急に瘴気を出したかと思えば、ピタリと止める。
何がしたいのか良く分からない巨人が、ゆっくりとドラゴンへ振り向いた。
ドラゴンたちが、更に後退ろうとする。
しかしあるものに、興味が刺激されて長い首を傾げた。
振り向いた巨人の手の平に、小さな獣人の女が立っていたからだ。
ドラゴンたちは、その手に乗った小さな生き物を凝視する。
凝視される楽市は、荒い息を吐いた。
今度はドラゴンたちの前に、生身をさらす恐怖からの息苦しさである。
「うわっ、結構いるなあ。
お願いだから、それ以上近付かないでよね……」
半透明の幽鬼たちが舞い降りて、盾になろうとするのを、楽市は手で制止する。
「ごめん、ありがと」
ガードを外したのはこれから行うやり取りを、周りのドラゴンたちへ見て欲しいためだ。
「では、いきますっ」
楽市は深呼吸を三度繰り返し、おもむろに声を奏で始めた。
六十四重の式。
楽市の声音が次々と重ねられていき、その調和が三度に分けて、大きく膨らんでいく。
するとその口腔から、
白く輝く太陽、月、星、そして頭と尻尾のない蛇が出現した。
楽市の前で、それらがゆっくりと揺れる。
その意味が分からないドラゴンたちは、傾けた首をさらに反対へ傾けた。
けれど一体だけ、それが分かる個体がいる。
その個体が手を、揉み手のように組み合わせながら、ゆっくりとドラゴンたちを、搔き分けて前に出てくる。
その瞳は、不信感に溢れていた。
楽市を、全く信用していない目だ。
この個体もまた財宝である宮殿が、ぶっ壊れたばかりなのだ。
気持ちが、穏やかでいるはずがない。
ひくい唸り声を上げ、かなり苛立っているのが分かる。
それでも渋々出てきたのは、楽市のサインを理解できるドラゴンが、自分だけだと分かっているからだろう。
ドラゴンは大きな翼を広げて、その部分だけミスト化する。
そして億劫そうに顎を開き、高周波を奏で始めた。
その高音が霧に干渉して縞模様を作り、次第に太陽、月、星、白蛇の形へと変わる。
そこからは、楽市とドラゴン。
二人だけに通じる会話が続く。
――不快な白狐よ、何事か?――
――白龍に、協賛を要請する。
――何事?――
――現地神の顕現。その過程を協賛せよ。
――顕現だと? 本意か白狐?――
――本意だ白龍よ。
――再三に言質するが、白龍は知らぬぞ――
――手順は白狐が伝授する。
推測だが、貴様と手前の施術は、根本において類似する。
――貴様だけで、施術すればよい――
――白狐単独では不足だ。
――何事の根拠で?――
――この山頂は、貴様たちの担当である。
白龍よ、拒否は不可だぞ。
もし拒否すれば、貴様の諸手の財宝を虐殺する。
――なっ貴様っ、白狐っ!――
ドラゴンが両手を隠すように、後退りした。
楽市は知っていたのだ。
霧乃と夕凪の伝えてくれる索敵情報で、ドラゴンが何か手に隠し持ち、その中身がダークエルフだという事を知っていた。
交渉相手だから見逃していたが、今がそのカードを使うべきだと楽市は判断した。
――この白狐から、逃走可能だと思惑するなよ。
――ぐるるっ――
楽市はドラゴンを見つめ、先回りして念を押す。
それと同時に、後ろに立つ巨人の全身から触手を伸ばして、“毛虫化”させた。
それを見たドラゴンたちが、ざわめき始める。
これは、楽市なりのハッタリなのであった。
毛虫化などしたら、余計にノロくなって追いかけられないのだが、その不気味さは、何よりも効果的だ。
その訳の分からなさが、かえって相手の恐怖を増幅させる。
――白龍よ、貴様の不快な財宝は、白狐の要請を嚥下するなら不問とする。
なに白龍よ、安寧せよ。
白狐の伝授する施術を、復唱するだけだ。
――ぐるるっ、真実にそれポッキリか!?――
――ポッキリだっ!
二人は交信にも慣れてきて、多少砕けた言葉も使い始めた。




