008
双葉が泣き疲れて落ち着きを取り戻すと同時に、第二回生徒代表者会議は終了した。誠の護衛の元、全員でまとまって校舎へと戻る。校舎と体育館は渡り廊下で繋がっているので、天上からの攻撃に警戒する意味は薄かったが、念の為と言う奴だ。スマートフォンが示す時刻は五時をやや回った頃。この世界にも夕暮れと言うものはあるらしく、雲ひとつない空は血染めのように紅くなり始めていた。
「じゃあ、後はよろしくね。僕と誠ちゃんはやることあるから」
多くがその不吉な空の色に不安を抱く中、相変わらずマイペースに創志が解散を告げた。周囲に与える影響を考え、やはり誠と創志は委員長&部長連盟とは別行動をすることに変わりはない。生徒に対する布告やら説得は、全て彼等の仕事であり、嫌われ者二人は関与をしない。例外は、男子全員が行動を共にする探索だけだ。
「何をやるんだ? 真壁達は」
勝手に行動を起こすなんて聴いていないと、進が咎めるように訊ねる。
「ん。あの鳥の化物を解体しようかと思ってね」
創志はその視線を気にすることなく笑って応える。その笑みは何時にも増して薄っぺらく、どこか凄惨さを臭わせる笑みであった。それと同時に、創志の噂が嫌でも脳裏に蘇っただろう。『七歳の時に自分の母親を解体して観察した』と言う、誠のそれよりもよっぽどぶっ飛んでいる噂を。
他にも『高級車一台を解体した』『買って貰った玩具を分解せずにはいられなかった』『野良犬で臓器移植を行った』等と、『解体』と言う共通項を持つ噂が幾つも流れている。野犬をバラバラに分解して並べる所を誠は見せてもらったことがあるので、少なくとも解体癖とでも呼ぶべき衝動を持っているのは間違いない。
本人曰く、『本を読むのと一緒だよ。表紙だけ眺めて満足するのは馬鹿でしょ?』だそうだ。別に切断面を観察したくて斬っているわけでもないので、同意を求められても誠としては非常に困る。
折角縮まりかけた心の距離を一気に突き放し、創志は「じゃ」と言って特別棟へと足を動かし始める。誠もそれに倣って背を向ける。「俺は手伝わないからな」と言い訳のように付け足して。
足早に生徒会室に戻った二人を出迎えてくれたのは、バラバラにされた怪鳥だった。食堂にあった巨大なビニール袋に詰め込まれた五匹分の死体は流石に血生臭い。
余談だが誠はそのデザインからこいつらの名前を是非に! と、一押ししたのだが、これからも色々な生物を混ぜ合わせたような生物が出て来るのは目に見えているので却下された。
「ま、僕達が既存の生物と比べてしかここの生物を評価できないってことなんだけどね。人間の想像力の限界と言うか、意志伝達の手段としての言葉の不完全さと言うか、そう言った話しであって、別にこいつらが地球の生物に似ているってわけじゃあないけどね」
うきうきと手術用のゴム手袋の様な物を机の上に出しながら、ジャージに早速着替えた創志は怪鳥の姿に対してそんな解説を入れた。進化の過程で似た姿を持った者が生き残ったのであって、誰かの意思によって姿形が似ているわけではないと言うことだろうか? 友人の発言の意味を考えながら、誠は言われた通りに懐中電灯を部屋の中に設置して行く。懐中とは言っているが、かなり大きな代物で、女子供では持ち運ぶのにも一苦労の大きさだ。照明機と言った方が通じるかもしれない。ちょっとしたポリバケツサイズのそれは、ラジオ機能や携帯電話の充電もできる優れものだ。携帯電話……と言うか、スマートフォンは静止画や動画撮影機能が非常に役に立つと思うので、充電機能はありがたい。ハンドルを回すか、付属のペダルを足踏みして充電すると言う新設設計で、兎に角体力のいる懐中電灯である。あと、誰もラジオ放送はしていないだろう。
「どうだろうね? ラジオの仕組み自体は呆れる程に単純だから、仮に知的生命体がいるなら、ラジオぐらい流しているかもよ? もうちょっと上から照らせない?」
「これで良いか? 人喰い怪鳥ラジオがあったら、今日は盛り上がるだろうな」
そんな風に雑談をしている内に、生徒会室は怪しい解体場へと変貌した。隣に食料を大量に隠しているので、こう言ったおどろおどろしい雰囲気を作っておくのは悪くないかもしれない。ただ、今日は何処で眠れば良いのだろうか? 流石に死体を解体した部屋で寝起きするのは危険だろう。絶対に病気になる。
「……そういや、病気と言えば、俺達は大丈夫なのか?」
「って言うと?」
生徒会長席の引き出しから数本のメスを取り出しながら首を傾げる創志。机の上にはマスクやら革のエプロンやら消毒液やら虫眼鏡やら脱脂綿やら色々な物が並んでいる。一部は学校から拝借したもので、残りは創志の私物だ。メスは理科室にあった物なので安心して欲しい。
「いや。未知の森だろ? 病原菌とかに耐性があるのか? 蚊を媒体とする伝染病とかさ」
「その辺りは、完全に出た所勝負だね。幸いにも、顕微鏡はあるし、研究者の真似事はできるよ。まあ、一番有効なのはプール用の塩素もあるし、暫くはそれで手洗い予防かな」
手洗い予防と聴くと、どうにも誠は不安を隠せない。そんな小学生に言いつけるような方法で大丈夫なのだろうか?
「手洗いうがいは原始的だけど、かなり効果的な予防手段だよ。センメルヴェイスってドイツの医者が分娩の時に塩素水で手を洗うように提唱してから、死亡率は一〇分の一にまで減少したんだ」
ま、詳細は全然違うけど、興味ないでしょ? と創志は手の中でメスを回す。そのトリビアには興味はあるのだが、どうせ聴いても誠は直ぐに忘れてしまうだろう。既に、ドイツ人の医者の名前も思い出せない。手洗いうがいは凄い。それだけ覚えておけば良いだろう。わかったふりをして頷いておく。
「少々パクって来たから、僕達も終わったら手を洗うよ。誠ちゃん、作っといて」
「分量は? わからんぞ、俺」
「パッケージに書いてあるでしょ。トイレの手洗い場に水を溜めることにしようか」
そんな風に言われても、トイレの手洗い場に入った水の量を測定する術がない。が、まあ、目分量でどうにかなるだろう。消毒になるくらいだ、多少濃くても問題はないはずだ。多分、きっと。うん。家庭科室か理科室から液体の量を測れる物を探してこよう。
「消毒と言えば、アルコールはどうなんだ?」
部屋の隅に置かれたプール用の塩素消毒のパックを開け、プールの底で良く見た消毒の袋を取り出す。電子計量系が使えれば測量は簡単だが、三階の理科室まで行って、また戻って来るのが億劫だ。
「アルコールもかなり滅菌作用のあるものだね。精製も難しくない。錬金術師とかがいた時代からあるよ。お酒その物は、紀元前から世界中で嗜まれているよ」
「ふーん。っつっても、果実なり米なりが必要だろう?」
「ま、医療用のアルコールも結構な量があるから大十分さ。それよりも、さあ、解体しようか」
今後の活動に関して重要なことを話している気がするのだが、創志はそれを打ち切って机の上に置かれた怪鳥の死体にマスクの下で舌舐めずりする。本当に楽しそうで、生き生きとしている友人を止める気にはなれない。
あまり気は進まないが、誠は消毒液を用意した後、その戯れに付き合った。
意外なほどに怪鳥の肉は硬く、メスは直ぐに痛んで行き、切れ味が落ちた。ガラス製とは言え刃物は貴重だ。これ以上無駄にするわけにもいかず、二羽目からは誠が刃毀れしたメスを握り、創志の監督の元に解体を行うことになった。誠の『斬る』能力は何も木刀に限定された物ではなく、例え無手であろうともその気になった巨漢の剣士は大根くらいなら一刀(無刀だが)の元に両断して見せる。そして剣術でなかろうとも、その異能に衰えはない。息の根を止めた時と変わらぬ切れ味で、誠は怪鳥を解体していく。
そうして、二時間程経過した頃には、解体した怪鳥は三羽に及んだ。原形を想像することが不可能な位には、見る影もなくなっている。ある程度の血抜きをグラウンドで行ったとは言え、不気味な程に部屋は血であまり汚れていない。事前に机の上に設置したブルーシートの上に、綺麗に収まっている。二人も溶接用の革製のエプロンこそ汚れているが、必要以上に血液や肉片が顔やジャージには付着していない。おぞましい程に、生物を解体することに慣れた二人だった。
怪鳥の中身は当然だが人間とはまるで違い、創志ですらわからない内蔵部位が複数見つかった。人間を食べる以上、消化器官等に大きな違いはないと言うのは二人(と言うか、解体マニアの創志)の共通意見であり、恐らくはこの世界で生きる為に必要な臓器ではないかと考えられる。特に、物理的に飛べる筈がない怪鳥が飛んでいる理由に関係するのではないかと睨んでいる。特撮怪獣図鑑に良くある『なんとか袋』のようなものだ。或いは特殊な生殖方法を採用していて、それに必要な臓器と言う可能性も否定はしきれない。
さて。このままの勢いで四羽目を解体しようかと、意外にも誠も気が乗って来た所で、コンコン、と生徒会室の扉がノックされた。
「あの、誠君いますか?」
同時に、控えめな声量の少女の声。
「名前呼ばれているけど、知り合い?」
「吉永弓狩。弓で狩ると書いて『ユカリ』だ。ロックだろ? 一年D組所属だ」
「Dってことは、スポーツの特待生か。それで誠ちゃんの知合いとなれば、剣道部?」
「ああ。って言うか、俺が剣術を学んだ道場の娘さんだ」
「剣術家なのに弓なのか……」
こそこそと会話をしながら、誠はエプロンとゴム手袋を外す。紙ナプキンで顔を拭き、ボウルに張った塩素水で手を洗う。結局、消毒液はここまで持って来たようだ。
「外で話して来る。ここじゃあ落ち着いて話しもできんだろう?」
スポットライトに照らされる鮮血と解体された怪鳥。無数の刃物が並ぶ机と、血塗れの男達。とてもではないが女子を招く部屋ではない。誠は顎で部屋の外を示す。
「僕も行くよ。誠ちゃんにわざわざ会いに来る後輩がいるなんてしらなかったし」
言外に『ついて来るな』と言うも、創志はそれを当然のように無視していそいそとエプロンを脱ぎ始める。《人払い》ではあるが、案外お喋り好きな元生徒会長であった。
「好きにしろよ」
「勿論。嫌なことは嫌々やるし、好きなことは好きにやらせてもらうよ」
心温まるやり取りを終え、二人は生徒会室の扉を少しだけ開け、身を滑り込ませるように廊下に出た。急いで扉を閉めると、誠が「で? どうした?」とぶっきらぼうに言った。
すっかりと日が沈み、月明かりに照らされる校舎の廊下にいたのは、侍のようなポニーテールをした吉永弓狩。身長は一五〇センチを超えるか否か、と言った所だろうか? 誠や創志と並ぶと一層小ささが目立つ。背中に背負った剣道の防具袋に背負われているような小柄な少女だ。が、凛々しいツリ目と、真っ直ぐな背筋が、実際以上に大きく大人に彼女を見せている。
「誠君!」
やや枯れた声で弓狩が誠の名前を呟き、ほっとしたように胸を撫で下ろす。
「良かった。無事だったんだね」
そして防具袋を肩から落とすと、誠の熊のような胴体に遠慮なく抱きついた。押し倒さんばかりの勢いに見えたが、誠は体重移動で上手くそれをいなし、弓狩の華奢な肩を掴むと面倒臭そうに引きはがす。
「ああ。お前も平気そうだな。うん」
情緒に溢れる弓狩の台詞とは対照的に、誠は本当に面倒臭そうだ。
「平気……というわけではないですけどね。誠君はどうしてこうなったのか知っていますか? 私達、ちゃんと帰れるんでしょうか?」
ただ、犬が飼い主にじゃれつくように、矢継ぎ早に質問を繰り返す姿を見れば、創志もその気持ちがわからなくはない。お喋り好きと前に言った創志であるが、それは『同等の知識』を持った人間との話し合いであったり、『趣味の合う友人』との会話を指すのであったりして、中身のない言葉のキャッチボールや、自分が応えられない疑問等はお喋りに入らないのだ。
「誠ちゃん。紹介してくれるかい?」
取り敢えず、弓狩との再会を鬱陶しがっている誠に助け船を出す創志。すると、弓狩は今初めてその存在に気がついたと言わんばかりに「人払い生徒会長」とハスキーボイスでこぼす。
かなり失礼な呼び方ではあるが、創志はその反応に少しだけ表情を和らげる。《人払い》と言う渾名を、この男は存外気に入っているのだ。扱いやすいの、面倒臭い奴なのか、誠はこの友人の気質を未だに半ばも理解していないのかもしれない。
「こら。失礼だろう?」形だけ注意するようなことを言って、誠は改めて創志に彼女の名前を告げる。「こっちは吉永道場の一人娘で、俺の姉弟子に当たる吉永弓狩だ。で、こいつは真壁創志。サイコパスだ」ついでに、悪影響を与えかねないので紹介したくないが、弓狩に創志も紹介しておく。
「サイコパスって、誠ちゃん」
何やら創志はその紹介に不満げだが、嬉々として生物を解体する奴は精神の何処が普通ではないだろう。サイコパスは言いすぎにしても、少なくともまともな男ではない。
まあ、そのまま創志の手伝いをしていた誠にもブーメランする発言なのだが。
眉一つ動かさずに同級生の首を刎ねる人間の方が、よっぽど狂っているのだが。
誠は気にしない。話しを進める。
「で? 何しに来たんだ? 確か、夜間はクラスごとに教室で寝泊まりするはずだろ?」
詳細は覚えていない所も多いが、流石の誠もそれくらいのことは覚えていた。人員管理の為に、取り敢えずクラスごとに固まって貰うことになったのだ。災害用の簡易毛布が一人一枚配られた筈だ。
「それですよ」
「どれなんだい? 弓狩ちゃん」
「だから、クラスごとに教室で寝るって話し。アレ、無理です」
簡潔に結論から説明してくれるのはありがたいが、意味がわからないと誠と創志は顔を見合わせる。
「男子と同じ教室で眠れません」
が、理由を聴いてみれば確かに納得のできる言い分ではあった。年頃の男女を同じ教室で眠らせると言うのは確かに配慮がなかったかもしれない。あの会議に参加したのは殆どが男子だったし、愛望も楓も特待生で三年間を同じクラスメイトと過して信頼を築いている。だから、そう言った発想はあまりなかったのだ。双葉が健在であれば、それくらいは提案してくれかもしれないが。
現在はゴールデンウィークが終わったばかりの五月。一年生達にはそんな信頼を築く時間はなく、不安を覚えるのも仕方がないだろう。その気になれば、女子生徒一人を物影に連れ込んだり、口を閉ざしたりするのは難しくない。
これは間違いが起こる前に何か対策をするべきかもしれない。
「だから、男子は男子、女子は女子で教室を分けたんです」
と、考えを巡らせた所で、弓狩がその解決策を口にした。そして残る謎が一つ。
「じゃあ、お前はどうしてここにいるんだよ」
「それでも、危ないと思ったからです」
「って言うと?」
「ほら、特学の連中が何か騒ぎを起こそうとしているみたいなんですよ」
特学。正式名称は特別学習科。学区内の成績不良な生徒を集中的に勉強する科――と言う名目上で、どうしようもない不良生徒を集めているクラスである。進や宣の様な超一流の高校生と同じ学校で生活しているとは思えない連中で、『人畜動物園』と呼ぶ連中も少なくない。勿論、人畜とは人と家畜ではなく、家畜のような人間と言う意味だ。
確かに、と誠は心の中で頷く。あの連中は人並み以下な能力の癖に、自己顕示欲と欲望だけは底抜けで、忠実だ。この状況で何かしらのアクションを起こす可能性は十分に考えられる。
「具体的には何か知ってるかい? 弓狩ちゃん」
「えっと『マイムマイム』に参加するメンバーを募集しているとか言っていました」
「マイムマイム?」と誠は首を傾げ、「マイムマイム!」と創志が右手で頭を抱える。
それと殆ど時を同じくして、何処かで爆発音が轟き、幾つかの悲鳴がそれに続いた。
「どうやら、派手なキャンプファイヤーと洒落込んでいるみたいだね」
「嗚呼。マイムマイムってあの踊りか」
ワンテンポ遅れて、誠は得心が言ったと頷いた。
悲鳴はまだ続いている。




