13
次に目を覚ますと、辺りは綺麗に片付いていた。
床に寝ていたので身体がばきばきする。
ぎゅっと抱きしめられて上を向くと、クラウス様が穏やかに微笑んでいた。
「おはよう、リージュ。」
「おはようございます。」
なぜこんなところで寝ているのかと記憶を探る。
するとクラウス様がニーアに刺されていた場面を思い出した。
「クラウス様! 怪我!!」
自分に抱き付いていたクラウス様を引きはがし、全身を見回す。
服が血で汚れている。
青くなってクラウス様の上着を脱がせた。
「リージュ? 朝からどうしたの? 僕の事誘ってるの?」
頓珍漢なことを言ってくるクラウス様を放置して周りをぐるぐる回る。
しかし怪我が見当たらない。
「あれ? 怪我は……。」
ペタペタと胸のあたりを触って確かめる。
本当に傷がなさそうだ。
「それ、絶対誘ってるでしょ。」
一つため息をついた後、クラウス様が侍女にお風呂の準備を命じる。
侍女が誰もいなくなったのを見てから私の手をやんわりと外した。
「怪我はもう治ったよ。吸血鬼は怪我が治るのが早いんだ。リージュの手の怪我も治ってるでしょう?」
そう言われて初めて自分が手を切っていたと思い出す。
自らの手を開いたり閉じたりするが、特に違和感はない。
痛くもない。
不思議に思って太陽にかざしてみると傷跡すらなかった。
「すごい……。」
思わず、感嘆がこぼれる。
しかし安心し、手を見ているとニーアを引き裂いた時の感触が思い浮かんだ。
すんでのところで悲鳴を押さえたものの恐らく顔が真っ青になっているのだろう。
クラウス様が慌てて近寄ってきた。
「どうしたの!?」
「ニーア、ニーアを……。」
カタカタと手が震える。
そしてニーアのことがきっかけとなって私の一族が滅んだ時の記憶も流れ込んできた。
あぁ、そうか、私は一族を殺してなどいなかった。
ただ、襲ってきた賊を殺しただけ……。
あの時は怖かった。
刃物を持って襲ってくる賊が。
だから夢中になって反撃した。
ただ、死ぬのが怖かったから……。
でもニーアは、ニーアは違う。
私が自分の意思で殺した。
クラウス様を奪われるのが嫌だったから。
あれも恐怖といえば恐怖だった。
絶望に近い。
ただ、クラウス様を奪われたくなかった。
だからニーアを殺してしまったことも後悔はしていない。
私にとってニーアの命とクラウス様の命ではクラウス様の方が重い。
あのままニーアを放置してもニーアはクラウス様の命を狙い続けるだろう。
それを私は許すことができない。
私たちの大切なものが違っただけ。
唯一言えることとしては感情に飲み込まれて引き裂き続けてしまって、ごめんなさいという謝罪だけだ。
そこのところは本当に悪かったと思う。
あんなに切り裂く必要なんてなかったのに……。
「……ニーアのお墓はありますか?」
恐らく存在しないだろう。
でもニーアのお墓に向かって謝りたかった。
死者は許してなどくれない。
これは私が一生背負わなければならない罪だ。
そして二度と同じように暴走しないようにしなければならない。
その戒めのためにもニーアのお墓に行きたかった。
そのお墓こそが私の罪の証だから……。
「悪いけど、あの女の墓はないよ。でも、暗殺者やスパイみたいな表にできない死体の処分場には連れていくことはできる。恐らく昨日の死体もそこにあるだろうね。」
「連れていってもらってもいいかえ?」
「うーん、どうしてリージュがあの女に会いに行きたいのか分からない。」
最もなことを言われて目を伏せる。
クラウス様からしたら暗殺者が死んだというだけのことなのだろう。
でも、ここで謝りたいと言うこともはばかられる。
自己満足にすぎないということは理解している。
ためらう私を見てクラウス様がため息をついた。
「いいよ。何をしたいのか分からないけど、連れてってあげる。」
ダメかと諦めかけていたので思わず顔を上げる。
するとクラウス様が微笑んだ。
「ただ、風呂に入って着替えてからね。」
今にも動こうとしていたことを見透かされ、顔が赤くなる。
丁度お風呂の用意ができたとのことだったので逃げるようにお風呂場に向かった。
血の匂いが消えるように念入りに身体を擦り、綺麗に洗い流してから黒いドレスに着替える。
そしてクラウス様の部屋に行くとクラウス様は上半身が裸だった。
「!?」
慌てて扉を閉め、自分の部屋に逃げ帰る。
少ししてからクラウス様が部屋にやってきた。
「朝起きてすぐリージュは僕の服を脱がしたよね? それは良くて今のはダメなの?」
「そ、それはそれじゃ! 今のは妾には刺激が強すぎる!」
クラウス様はなおも首をかしげていたけれど、それ以上は何も言わない。
踏み込まれても何も言い返せないだろう。
「まぁ、いいや。リージュの口調がルーディンスの女性王族用に戻ったね。」
「あ、先ほどのは聞かなかったことにしてくりゃれ。すまぬかった。」
「いや、どっちも可愛いからどっちでもいいよ。」
「かわいい!?」
クラウス様はよく私のことを可愛いと言ってくれるけれど、慣れずに素っ頓狂な声が出た。
「い、いや、そんなことよりもお墓に連れて行ってください。」
動揺して手と足が一緒に出た私を見てクラウス様が爆笑する。
そして私を抱き上げると窓から飛び出た。
空を駆け、城の敷地から出る。
どうやらお墓があるのは城の敷地内ではないようだ。
それもそうか……。
城の中に表にできない死体を置くわけがない。
でも逆に運ぶのが大変じゃないのかな?
そう思って見上げるとクラウス様が微笑んだ。
「リージュも歩きたい?」
的外れなことを聞いてくるクラウス様を見ていると些細な疑問などどうでもいいように思えた。
お墓があるのならば、それでいい。
その位置などはメリアーノ公国の人が管理しているのだから。
「歩いてみたいのう。じゃが、今は先にお墓に行きたい。帰りにでも教えてくりゃれ。」
「分かった。それならさっさと墓に行ってしまおう。」
クラウス様が口を閉じた瞬間移動速度が一気に上がる。
う、馬に乗っているみたい。
いや、もっと早いかも……。
舌をかまないように互いに無言で少しの間空を飛ぶ。
お墓はどうやら小高い丘にあるようだ。
丘の前に降り立った。
「到着。この丘全体が墓だよ。だから悪いんだけどリージュの目当ての人間がどこに埋まってるかまでは分からない。知りたければ、今から聞くけど……。」
「大丈夫じゃ。」
そう答えてから目を閉じ膝立ちをし、両手をクロスさせて自分の肩にあて頭を軽く下げる。
ルーディンスにおける女性の最高礼をした私にクラウス様が息を飲んだのが分かった。
しかし何も言わず、語り掛けに集中する。
初めてニーアが話しかけてくれた時、生意気なことを言ってしまったけれど本当は嬉しかったということ、あんな風に最後引き裂いてしまって申し訳なかったということ、来世では平和に幸せに生きてほしいということを伝える。
迷信かもしれないが死後の判決によって鬼の居る場所に落とされないように真剣に祈った。
どれほどの間祈っていたか分からないけれど、顔を上げた時には陽が傾いていた。
「ありがとう。」
長いこと動かなかったであろう私を待っていてくれたクラウス様に礼を言う。
ここに連れて来てくれたことも本当に感謝している。
クラウス様は何も言わずにただ微笑むと立ちあがる手助けのために手を貸してくれた。
「満足した?」
「そうじゃのう。……また来るかもしれぬ。」
死後の判決が下るのは死んでから何日もした後だと聞く。
それまではニーアに祈りをささげたかった。
「そう。リージュがしたいようにしていいよ。ただ、一人でここに来ないでね。ここ城の敷地外だから何が起こるか分からない。」
心配そうにするクラウス様には申し訳ないと思う。
待っている間ずっと手持ちぶたさだろうに……。
しかしここに来ないということは考えられない。
ただ目を伏せた私の頭をクラウス様が軽く撫でた。
「さて、帰ろうか。帰りはリージュも飛ぶんだよね? 落ちないように気を付けないと。」
気を抜けば落ちそうになる私をクラウス様が笑いながら助けてくれる。
城が近づいてきた頃クラウス様が立ち止まった。
「ねぇリージュ。僕は君に感謝してるんだ。僕と出会ってくれて。」
「妾もクラウス様と出会えて良かったぞえ。」
「うん、僕にはリージュが居れば他は何もいらないや。」
言い終わるが早いか、どちらからともなく抱き合う。
その様子を夕日だけが見守っていた。
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
ここまで書き上げることができたのも読んでくださった方々のおかげです。
暗い話で気分を悪くなさった方がいらっしゃいましたら、すみません。
最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。




