第4話:奈落の狼(シャドウ・ウルフ)
第1層の暗闇の岩肌エリアへ足を踏み入れた瞬間、空気が変わり、地上とはまったく異なる冷たさが肌を刺し続けていた。
岩壁は黒く濡れ、ライトの光を吸い込むように鈍く光り、足音が響くたびに奥の闇がわずかに揺れるように見えた。
この場所が本当に生存率0.1%の奈落であることを、踏み出した一歩だけで理解させられた。
その直後、背後の影が揺れ、空気が裂けるような低い唸りが耳の奥を震わせた。
振り返るより早く、黒い影が岩壁から跳ねるように飛び出し、鋭い爪が空気を切り裂きながらこちらへ向かって突進してきた。
それは並のA級配信者でも即死すると言われる凶暴な魔物、奈落の狼だった。
黒い毛並みは光を吸い込み、輪郭が闇に溶けるように揺れ、赤い双眸だけが岩肌の中で異様な光を放っていた。
その動きは獣というより影そのもので、跳躍の軌跡すら残さず、ただ気配だけが迫るという恐怖を形にした存在だった。
息を飲む暇もなく、喉の奥が冷たく固まり、体が反射的に後退しようとした瞬間、スマホの画面が急に光を強めた。
視聴者数が「10」に増えていた。
コメント欄が一気に動き始め、画面の下部が白い文字で埋め尽くされていく。
「おいマジの魔物じゃねえか!」
「逃げろ!」
「これ本物だろ!」
「影から出てきたぞ!」
怒涛の勢いで流れるコメントが、恐怖と興奮を混ぜた熱量を帯びて画面を揺らし続けていた。
視聴者たちの反応は、ただの冷やかしではなく、目の前の魔物が本物であることを理解した者たちの叫びだった。
その熱量が、逆に自分の意識を研ぎ澄ませ、足元の岩肌の冷たさすら感覚として戻ってくるほどだった。
奈落の狼は低く唸り、岩壁を蹴って再び跳躍し、影のような軌跡を描きながらこちらへ迫ってきた。
その動きは速すぎて、ライトの光が追いつかず、黒い残像だけが視界に焼き付く。
逃げるという選択肢が頭に浮かぶより早く、体が勝手に前へ動き、岩肌の狭い隙間へ身を滑り込ませた。
背後で岩が砕ける音が響き、粉塵が舞い、スマホのライトが白く揺れた。
視聴者数は「12」に増え、コメント欄はさらに加速し、画面が止まらないほど流れ続けていた。
「やばいやばいやばい!」
「死ぬぞ!」
「影の狼はA級でも無理だって!」
「お前なんでそんなとこ行ってんだよ!」
その叫びは恐怖ではなく、興奮と混乱が混ざった熱量で、画面越しにこちらへ押し寄せてくるようだった。
奈落の狼は岩壁を爪で削りながらこちらを探るように低く唸り、赤い双眸が闇の中でゆらりと揺れた。
その視線が自分を捉えた瞬間、体の奥底が冷たく震え、次の一歩を踏み出すしかないと理解した。
第1層は、ただの入口ではなかった。
ここは奈落の本気が最初の一歩から牙を剥く場所だった。
そしてその牙が、今まさに自分へ向けられていた。
面白かったらブクマと高評価お願いします。第5話は22時!




