宇美八幡宮
ベリーダンス。
後から調べたら諸説あるみたいで、名前を含めて由来は下手なこと言えなそう。
ベリーダンス警察に連行されちゃう。
職場の同僚に連れられて、商業マンションの一室に向かった。
暗幕で四方の壁を覆ったソコはいかがわしさ満点で、この先に起こる不幸な自分のイメージが何パターンか作り上げられた。
実際はダンサーの子供や旦那さん、踊りを控えたダンサー自身も客席にいて終始和やかだった。
煌びやかな衣装を纏った女性が踊りを披露し、踊る人ごとに力強かったり、緩やかだったりと個性が際立つ。
ダンスが終わるたびに上がる演者への賞賛は、最初は驚きはしたが気分も上がる。
…ただ、披露される踊りを見続けるには、俺の経験値が足りない。
なんというか目のやり場に困る。
半裸で色々と揺れてんだから、ウブな俺には直視できん…
そう同期に零すと、「おなか見てるよ良いよ」と返ってきたが、女のお前と男の俺じゃ違うんだよ、絶対…
指先だけで表情と物語を感じさせたり、目がやたら語りかけてきたりと…ダンスに持っていた概念が壊される1日だった。
―――
梅雨なので雨か曇りだろう。
そんな理由を盾に、土曜日の朝をぐだぐだ布団で過ごしていた。
天気予報? 外? もちろん見てない。
そんな日があってもいいだろうなのだー。
しぽっ
〈今日、時間ある?〉
会社に持たされている携帯が、不穏なメールを着信したんですが?
時計を見れば午前8時。
休日に早起きな方もいたもんだ。
これ既読なんて付けようものなら、今日の俺に不幸が確定しそうなのでスルー。
月曜日の朝にアプリ起動して、“今気づきました”の返信しとこ。
いやー、6月も後半なのに今年は寒い。
タオルケットを全身に巻き付けながらゴロゴロを継続していたら、個人の携帯から着信音がした。
〈今日空いてる?〉
怖ぇよ…
距離縮めてくる系のホラーか? もう懲り懲りなんだけど…
これ無視したら次はインターホン鳴りそう…
誰だよ? 同僚かぁ…
暗めにしたディスプレイの明度でも眩しい。
だめだ、あー、起きなきゃダメか?
「めんどくせー…」
布団の上で胡座をかいてメールに返信をした。
《忙しいです》
しまった、予測変換で敬語になったのを送信した…
〈そっか。アタシを宇美八幡に連れて行け。安産祈願のお守りを買う〉
俺は鼻から勢いよく息を吹き出した。
―――
大野城駅前で同僚を拾った。
「お〜。ありがとさん。ちっさ」
出会い頭に俺の愛車に向けて誹謗中傷はやめてもらえますかね? …車の話だよな?
なんかニコニコしてるけど、こいつはいつもこんな溶けた顔してる。
ふわっとした服を着てるから、やっぱお腹を意識してんのかな? これ以上は失礼か。
よくよく考えれば旦那に連れて行ってもらえよ、と言いたくなったが、色々あるのかもしれん。黙っとこ。
こっからなら3号線側の山に向かえば、その先にある宇美八幡宮に着く。
道には迷いにくくて、とても良い。
「泉野は最近忙しい?」
職場で苗字が変わったとか聞いてないな。
違えばなんか言うだろう。
「オマエ、隣の島だろうが。定時後にアタシが残ってるの見たか?」
知らねーよ。
言葉を文字で見ればきっと怖い。
けど、終始ニコニコしてゆっくりとした口調だから、悪意は感じられない。
「用もないのに泉野なんて探さんからな…」
「あ〜、オマエはそんなヤツだ」
何か問題でも?
アキノンならそう言う。
―――
お腹に障らぬよう、なるべく余裕を持った運転を心がけた。
古い軽自動車だから、路面のちょっとした段差まで拾っちゃうんだよね…
宇美八幡宮の前で右折待ちの中、境内が賑わっているのがわかった。
「なんか、参拝者が多くない?」
片側1車線で反対車線側に宇美八幡宮の駐車場がある状態。後続車ごめんね。
あっ、反対車線の車が速度を緩めて入るスペースを空けてくれたっ! 感謝、感謝でござる!
ありがとうの意味を込めて片手を上げてたら、助手席の泉野も頭を下げる姿が見えた。
「あれだ。戌の日」
「…何それ?」
反対車線を跨ぐのに集中して何話してたか忘れてた。
参拝者が多いと聞いた俺への回答か?
でもそれ、疎い俺には鰻しか浮かばん。
「犬はほら、子沢山とか、安産祈願とかで」
「おー、なるほど。だから今日を選んだんだ?」
「ふっ、まぁね」
ドヤ顔のところ悪いが、目についた看板には明後日の日付が書かれてるんですが…
いや、明後日って平日だし、やっぱみんな近い休みの日を狙って来たんだろうな。
―――
駐車場に停めた車から降りた俺たちは、鳥居を潜るために道路側へ戻るように歩き出した。
駐車場で見かけた境内の地図によれば、これは“昭和の鳥居”。
二人で揃って一礼した。
お邪魔いたします。
続けて直ぐに目に入る“元禄の鳥居”と、左右に在る狛犬像。
おや、あなた方もなかなかの肉体美で…これが追いかけてきたら俺は泣くね。
脇目もふらず突き進む泉野に、手水舎で追いついた。
「ハンカチ」
…マジかよ? 名詞をぶつけられた。
ポケットから出したハンカチを渡すと、躊躇いもなく手を拭き出した。
俺なら他人のハンカチなんて使えねぇよ…
あ…俺が手を清めるまで待ってくれそう。んじゃそれ持ってて。
―――
境内では至る所で赤ちゃんを抱えた家族が目に映った。
元気に泣く赤ちゃん。良い。
でも、お父さんお母さんの立場になったら、どう感じるのかわからんな。
拝殿にはお祓いを受けている家族もいた。
その背後、拝殿前から静かにお賽銭を納めて、静かに二礼二拍手一礼。
これ、拝殿の神事終わるまで待ったほうが良かったんだろうか?
拝殿前にいた神職の方に止められなかったから、問題ないとは思うんだけど。
俺が最後の一礼を終えると、泉野と横へ下がった。
「お守り欲しい」
いや、それが主目的じゃろ?
俺が守札授与所へ手のひらを見せて促すと、ニコニコとそちらへと歩いて行った。
これまでは意味も理解せず、社務所って言ってたけど、窓口と事務所の違いがあるみたい。
宇美八幡宮は地図上でこれらを明確に分けてあった。
意外と決まらない泉野のお守り選びを待つ間、小さい茅の輪とミニ鳥居が目に入った。
茅の輪、意識してみるのは初めてだな…あー、財布に余裕がぁー
「何してんだよ、おら」
相変わらず顔と声と字面が合わねぇな…
「お守りは授かれた?」
無言でカバンを持ち上げたから、買ってこの中に入ってる、と伝えてんだろう。
「奥も見たい。いこ」
「はいはい」
―――
“産湯水”
安産の霊水、産児の健康を祈る
あーこれ、ここでしょ?
階段に気をつけてね、って参拝せんのかい…
去っていく泉野を追うため、俺は一礼だけしてこの場を離れた。
“湯方社”
無事に出産を終えて納められた石を預かる。
その力にあやかり自身も無事に出産した後、預かった石を返し、新たに自分の石も納める。
なるほど、幸せが増えていくんだな。って、ここ…も違うのか。
“奥宮「御胞衣ヶ浦」”
徒歩五分。うっ、頭が…
主祭神の八幡様の胞衣を納めしところ。
川を跨ぐ赤い橋が印象的だった記憶。
通り過ぎる泉野を見て、ここはまぁ階段もあるし、身重なら見送るのは仕方ない気がする。
そんな俺たちは境内を一周し終え、神門で立ち止まった。
七夕も近く、柱に立てかけられた笹の葉へと短冊が結ばれている。
「んじゃ、たい焼きでも買おうか」
「いいね」
―――
二人で並んでたい焼き(ハムエッグ)を食べていた。
いつからこの状態のたい焼きを受けいれていたのか、もう覚えていない。
飲み物も欲しいな。自販機も目の前にあるし…
「なんか飲む?」
「あえて言わなかったけど、アタシのお腹チラチラ見てたじゃん? これベリ友の安産祈願で、アタシのじゃないからな」
俺、何飲むか聞いたんですけど?
…いてっ、なんか蹴られた…
「そもそもアタシが結婚したとか話したか?」
そんなんイチイチ話さなくていいけど?
…ベリ友?
「ベリーダンス、一緒に見に行ったなぁ」
なんか得意げに口元を持ち上げた。
「明日、そのベリ友もアタシもステージで踊るんだよ。オンラインで配信するからチケット買え」
突然の営業!
「お前があの衣装着て踊ってるの? 職場の人間だと思うと、気まずくて直視できる自信がないが」
「人呼べてなんぼなんだよ」
リアル。
まぁ、いいけどさ。
「妊娠してて踊っても平気なん? まだ出産は先だとか?」
「二週間後が出産予定って聞いた。すごくない?」
すげぇよ…
「妊娠してても普通に踊れるほど間口が広いんだよ。知らんけど」
最後の一言で全てが台無しだ。
ベリーは色々とダンスの考え方を壊してくれたけど、まだまだありそうだな…
ちょうど泉野が食べ終わったのを確認できたので、車に戻ろうとした。
「あ、アタシ、カフェオレ」
今かよ…
―――
泉野を大野城駅へ送る車の中。
「わざわざ会社の携帯で連絡してきたのはなんで?」
「え〜…それアタシじゃないけど?」
「は?」
帰ってからしばらくして、その会話を思い出した。
あいつ怖ぇこと言いやがって…と嘘を暴くつもりでメールを確認する。
「…上司…」
月曜日まで忘れときゃよかった…
――――――
夏越しの祓え
半年に一度行われる大祓
一般的な神社では12月31日(年越しの大祓)と6月30日(夏越しの大祓)がある。
なんか宇美八幡宮では、その夏越祓が7月31日にあるみたい。
例によって似た内容だけど表記が違ったりするので、ふわっと感じて。
宇美八幡宮の御祭神
・神功皇后
第14代 仲哀天皇 の皇后
・應神天皇(八幡大神)
神功皇后の子
多くの八幡宮で主祭神になってる
・玉依姫命
山幸彦に出産を覗かれた豊玉姫命の妹
この辺りの話、好き嫌いありそう
・住吉大神
住吉神社の御祭神と同じ。
伊弉諾の禊から生まれた神
・伊弉諾尊
伊弉冉尊と国と神を産んだ神
その後色々あって、毎日千五百人産ませると言い放った神。色々あった




