1話 わたしが助けてあげる!
──かつて、その圧倒的力で数多の英雄を倒し、世界を闇に染めあげた魔王ゼティフォール。
ひとたび手を振れば街が消し飛び、足をふり下ろせば大地が割れ、魔王の波動は英雄たちの加護を消し去り、魔法を放てば天すらも堕ちるしかなかったという。
人々の血と恐怖を力に変え、闇に染まった世界ではまさに無敵の存在である。
絶対的な王の時代は500年続いた。そして、それはこれからも無限に続くと思われた。
しかし、その魔王の時代は突如終わりを告げる。
──『星の勇者』の手によって……。
* * * * *
星の勇者と魔王ゼティフォールは激戦の末、魔王を聖剣が貫いて終焉を迎えた。
「……ぐふっ。
みごとだ、星の勇者よ……このゼティフォールを倒すとは」
ゼティフォールは聖剣から溢れる光に苦しみながらも、勇者の強さと意志の強さを賞賛し、最後の力を振り絞り倒れるように王座に腰を下ろした。
豪華なローブもマントも激しい戦いによってボロボロになり、魔王の時代が終わったことを告げているようである。
まぶたを閉じると真紅の瞳が隠れ、黄金の髪がはらりと落ちた。そして、痛みによって乱れる呼吸をなんとか抑えながら最後の言葉を紡ぐ。
「……だが、光あるところに闇あり。
私を倒したところで、いずれ新たな闇は訪れよう。
だが、その時に貴様は居まい。くくく……せいぜい、ひとときの平和を楽しむがいい」
己を倒した勇者への、悪あがきとも言える皮肉だった。だが、同時にこの勇者がいる間は平和が守られるだろうという確信もあった。
ただそれ以上に、勇者との戦いは最高だった。最強の自分を打ち負かすほどの圧倒的強者。
ゼティフォールは久々に戦闘中に知略を巡らせ、数手先を読んで動き、回復魔法まで使って全力を尽くした。
己の人生の集大成。満足だった。
もはや悔いはない。
「では、さらばだ……其方の征く道に、栄光あれ……!」
ゼティフォールはそこまで言うと満足して、永遠の眠りにつくために大きく息を吐いた。……が、その時!!
──ドスっ!!
「うごっ!!?
な、何をするか……!」
凄まじい衝撃が体を貫き、困惑しながら目を開くと、勇者の拳が腹に埋まっているではないか。
「……え?
見ての通り勇者の宝珠を貴方の体に埋め込んでるの」
勇者はまるで当然とでも言うように答えた。
「宝珠とは、勇者の力の源であろう?
なぜそれを我が体に……」
聖剣が刺さったままなのに、それに加えて勇者の拳と宝珠までぶち込まれて、死にかけていたゼティフォールは逆に復活していた。
正確には宝珠の効果で回復したのだが、まあ魔王が知るよしもない。
「新たな闇が訪れた時に私はいないって、貴方が言ったのでしょ。
確かにその時代に私はいないものね。
だから、信頼できる貴方が世界を救って。分かった?」
勇者はなんの迷いもなくそう言い切った。
「信頼……?!
一戦交えただけで私の何が分かる!
それに、いつまで私の体に拳を突っ込んでいるのだ!」
「ああ、私の力を注いであげてるの。これで光を浴びてもダメージを受けないわ。
それと、貴方のことはよ〜〜く知ってるよ」
勇者は柔らかく微笑むと、名残惜しそうにしながら
「もう少し話していたいけど、ここでお別れ。……おやすみなさい」
「なに、どう言うことだ?
……うっ、こんな時に眠気が……」
柔らかな朝日のような光に包まれながら、ゼティフォールは長い眠りについてしまうのだった。
「本当にどうしようもなく困ったら教えて。
……わたしが助けるから──」
* * * * *
──約500年の時が経った。
……勇者歴510年、冬。
「……そうして、私は闇の使者と戦うことになったのだ」
穏やかな声でそう話を締めくくると、ベッドで横になる小さな女の子の頭を撫でた。
「ふ〜ん?
……パパってよわいの?」
そう、この辛辣な言葉を容赦なくぶっ込んだ女の子はゼティフォールの娘ステラである。
赤い瞳に赤い髪の4歳児だ。ちなみに瞳は父親、髪は母親似。
「よ、弱くはない。
元々は最強だったし、勇者が強すぎたのだ。なにせ、魔王の力すら効かなかったんだからな」
「ちがうよ。
ゆーしゃじゃない」
「……ああ、そうだな。
君が生まれる前から戦っているが、まだ勝利には程遠い。
……私自身も魔王としての能力を奪われたし、そんなパパを庇ったせいでママも封印されてしまった。
不甲斐ない。……闇の使者にすら勝てない私では、弱いと言われても仕方ない、か。
せめてルチアが居てくれれば……」
ゼティフォールは遠い目でため息をつく。
貴族服こそ着ているが買い換える余裕もなく所々ほつれているし、軍も存在しないため娘を寝かしつけたあとは家を出て自ら動き見張りや迎撃に備えなければならない。
ゼティフォールの妻であり、時の女神ルチア。彼女が封印されなければここまで事態は悪くならなかったであろう。
今はまだ守りきれているが、いつ敵の攻撃が娘に行くか分からない現状では、魔王の威厳などもはや過去の夢のようである。
「……パパ」
心配そうに目線を向けると、ゼティフォールが我に返って無理やり笑って見せる。
「ああ、すまないステラ。
大丈夫だ、きっと大丈夫」
大丈夫とは言い難い。だけど、そう言うしかない。
「パパ、ゆーしゃは、たすけてくれないの?
こまったら、たすけてくれるんでしょ?」
ゼティフォールは目を伏せる。そうしたいのは山々だが、なぜか勇者の顔は思い出せないし、勇者の手がかりもないため、助けを求めたくてもできなかったのだ。
「……すまない。あの日以来、勇者は姿を現さなかったんだ。
本当に、困ったものだよ……。
私が眠りから覚めたあの日、魔王の能力を奪われなければ……いや、せめて重傷を負わなければ、変わっていたかもしれないのに」
請け負ったからには責任を持って完遂したかったが、ここまで追い詰められてしまうと弱音を吐かずには居られない。
そんなゼティフォールの姿を見たステラはとても悩んだが、小さいながらに大きな決心をする。
「ゆーしゃなんて、しらない!
パパは、わたしがたすけてあげる!!」
ゼティフォールは驚いて言葉を失い、しばらく寂しそうな顔で沈黙すると、最後に優しく笑ってステラの頭を撫でる。
「……ありがとうステラ。
君が大きくなったらお願いするよ。
……よく寝て、よく食べて、よく魔法を学んで、よく遊んでいればきっとだ。
だから、今夜はもう寝なさい、私の可愛いちゃん」
「……すぐがいい!」
ステラは困惑しながら叫ぶが、ゼティフォールは包み込むように抱きしめ力強い声色でこう言った。
「もう少しだけ、待っていてくれ……!」
敵が現れた10年前とは比べ物にならないほど激化した戦場に、こんな小さな我が子を連れて行けるわけがない。
そもそも、ゼティフォールも自身のことで精一杯なのだから、万が一ステラに何かあれば生きる意味すら失う。
しかし、いま引き留めたところで、両親想いで勇気があるステラは戦場に来てしまうだろう。
絶対にこの子を傷つけたくない。
「……でも」
「でもじゃない!
……ああ、すまない。怒るつもりじゃ……」
余裕を失ったせいか柄にもなく怒鳴ってしまい、悲しそうなステラの顔を見てゼティフォールは胸を締め付けられてしまう。
だが、ゼティフォールはステラの次の言葉を待たず、何か決心した様子で足早に部屋を後にする。
「ステラ、おやすみ。愛してるよ……」
その言葉を残し、ゼティフォールはステラのために決死の覚悟で戦場に向かうのだった。
「……え……パパ!?
パパ、パパ!!?」
ゼティフォールから感じたものが何かは分からなかった。しかし、ステラはもうパパに会えないような気がしてならなかった。
屋敷中を探しても見つからない。時折崩れた床に足を取られても止まることなく走り続け、家にいないと分かるとすぐに外も探し回った。
「パパが……いない」
助けてあげたいのに、どこにいるかも分からない。これじゃ助けられない。きっと、パパはもう帰ってこないのに……。ステラは絶望に飲まれそうになる。
「ど、どうしよ……パパ……。
……そうだ」
その時、ステラは思い出した。ゼティフォールが過去に能力を奪われたことと、その後大怪我したことを。
そして、それさえなければこうならなかったはずだということを。
「いかなきゃ!」
行く場所は決まっていた。屋敷の地下にある、封印されしルチアが安置されている場所だ。
赤い柔らかな長い髪に、アメジストのような紫の瞳、黄金の翼、純白なローブを着た天使のような女性が結晶に閉じ込められている。
「えっと、じかんってどうやってうごかすんだっけ?」
封印の部屋に来ると、難しい本の読める場所を見たり、挿絵を見て、かつてママに教わった時間操作の魔法を思い出していく。
「まほうじん……まるかいて、ほしをかいて……」
結晶に覆われたルチアを時々見ながら自分を奮い立たせ、ステラはつたないながらも魔法陣を完成させる。
「できた!」
後は魔力を注いで起動し、時間を設定して魔法を発動するだけだ。ただ、ステラは行きたい時間を詳しく知らない。
だから、ルチアの結晶に触れて願いを込めた。
「パパがね、もうかえってこないの。だから、ママ……パパがね、まおーのちからをね、とられたじかんに、ステラをつれてって!
けがしたじかんでもいいよ!
おねがいおねがい……!
ママもパパもいないのは、いやなの!!」
ステラが想いを込めて叫ぶ。すると結晶が反応し、魔法陣が起動した。
「ママ……!?」
『……ステラ…………ありがとう。気をつけて、いってらっしゃい……パパと、仲良くね────』
* * * * *
──時をさかのぼり10年前。勇者歴500年、春のこと。
目を覚ましていたゼティフォールは、魔王城で覇王の尖兵と名乗る敵と戦っていた。
「……まずいな」
ゼティフォールは魔王の力を眠っている間に根こそぎ奪われ弱体化(レベル100→レベル1程度まで)。
敵はひとつ目の巨大鬼型モンスターの"ギガース"と、それをサポートする悪魔の魔導士たち。
しかも、その魔導士の出した結界のせいで外とは繋がれず孤立。
「せめて鈍重なギガースだけなら、なんとかできたかもしれないが……。
──ぐはっ!」
ゼティフォールはギガースのハンマーをギリギリで回避するが、体勢を崩して壁に激突してしまう。
「グォオオオオ……!!!」
魔導士の補助によってギガースの弱点である鈍重さをカバーされ、一撃で致命傷になりかねない攻撃は雨のように降り注ぐ。
いくら魔王と言えど、弱体化した今の状態では回避するのがやっと。……いや、回避するのももう限界が近かった。
「くっ!
……ぜめて、勇者の力の使い方さえ分かれば」
体内に埋め込まれた勇者の宝珠。使おうとするも、なかなか応じてくれないのだ。たまに光が出せたりするが、目眩しレベルで攻撃にならない。
初級魔法ならなんとか使えたが、それではギガースの体に傷ひとつ付けられなかった。少しでもダメージが入れば勝機があったかもしれないが、これではどうにもならない。
「……絶体絶命、か。死ななければ幸運と思うとしよう……」
ゼティフォールはギガースを見て覚悟をする。
「グォオオオオオオオ!!!!」
巨大なハンマーはゼティフォールを捉え、まっすぐと振り下ろされた。
「勇者よ、すまない……」
そして、ゼティフォールに後年まで後遺症を残す攻撃が今まさに当たろうとした、その時──
「ダメぇええええええ!!!!!」
眩い光が天から降り注ぎ、頑強な結界を破壊しながら女の子が降り立った。
「……なんだ?」
戦場に出現したのは、柔らかく赤い巻き毛、ルビーのような赤い瞳、小さな金色の翼、そして……泥だらけの白い寝巻き姿の4歳女児。
ゼティフォールも、ギガースもそんな不自然な存在に目が離せなかった。
「わたしが、たすけにきたよ!!」
瞬間、ギガースのハンマーが消し飛ぶ。この場にいる者は誰も何が起こったのか見えなかったが、この目の前の幼女がやったことだけは理解できた。
「え………………?」
ゼティフォールは言葉も出なかった。
ハンマーを消し飛ばす強さもだが、そんな場違いな存在がかつての勇者の約束を果たしにやって来たのだから。
だが、驚かされるのはこれで終わりではなかった。
「えっとね……バイバイするの、イヤだったからきちゃったの。
ごめんね?
でもね、ステラがたすけてあげるから、バイバイしないでね……パパ」
「パパ……?」
ゼティフォールは困惑してしまう。ステラと名乗る見ず知らずのはずの女の子が自分のことを『パパ』と呼んだのだ。
「うん、パパ!
わたしはね、ステラ。パパとママに『たからもの』とか『かわいいちゃん』ってよばれてるよ」
「ステラ……?
……宝物?
にわかには信じがたいが、仮に真実だとしたら未来の私はこの子に『かわいいちゃん』と呼んだりもするのか?
疑問は尽きないが……今はそれより……」
自分ではまともに使えなかった勇者の宝珠が、なぜかステラと名乗るその子に共鳴している。
きっと勇者の宝珠がステラを選んだに違いない。
「……おいギガース!
今のうちにその子どもを倒してしまえ!!」
最初に冷静さを取り戻した悪魔の魔導士のひとりが叫ぶ。すると、ギガースは雄叫びをあげて拳を振り下ろした。
「……ステラ、受け取れ!!」
その刹那、ゼティフォールも冷静さを取り戻し、真っ白な光を放つ勇者の宝珠をステラに投げる。
状況を打開するにはこれしかない!
「え?
……あ、ありがとパパ!!」
「使い方はきっと君になら分かるはずだ!」
「うん!」
宝珠が光りステラと一体化すると、次の瞬間凄まじい魔力の波動が溢れ出す。
「ウゴゴ……!!?」
ギガースは押し戻され、魔導士たちはその光で消し飛んだ。
「……いくよ〜!!」
声に応じたのか、凄まじい魔力の波動がステラの拳に集中する。そして──
「ステラ、決めてやれ!!」
「──どっかーんっっっ!!!!!!!」
次の瞬間、拳から放たれた聖なる光が超大規模爆発を起こして、ギガースはチリも残さず消滅してしまうのだった。……………………魔王城と共に。
「す、凄まじい子だな…………」
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