【5話-後半】闇夜に吠えるゴミのモンスター
「ガごォおおおおおおおおおお!」
「「ぎゃああああああああああ!」」
思わずテトと二人で抱き合い、恐怖に震える。怪獣はぎろりと目を動かしてこちらを捉えると、どすどすと重い足音を響かせながら俺たちを追いかけ始めた。
「逃げろ――――!」
「うにゃ――――!」
思わずテトの手を取り、アパートの庭から逃げ出す。どこへ行くかも分からないが、もつれる足でとにかく前へ進んだ。
「あれあれあれは、どうすんだ?!」
「どうしようにゃ?!体は物理攻撃が効きそうだから、ウチでも対処できると思うんにゃが...。完全に倒すには、悪魔の魂ごと体を消さなきゃいけにゃいから、カタリナか魔法使いのアイツに祓ってもらわなきゃいけないにゃ!」
「その二人をいま呼べないのか?!」
走って息が切れているのと焦りで舌がもつれながらもテトと作戦会議をする。このまま街中を走り続けることなんてできないし、日がな一日中デスクに向かっているだけの社畜の俺の体力が情けないことにもう尽きそうだ。早めにどうにか対処しなければいけない。
「アパートのポータルから、あっちの世界に戻って呼んでこないとダメにゃ」
「・・・ということは、アパートに戻ってから応援が来るまで少なくとも5分はかかると見た方がいいか…」
「うにゅ・・・」
またもテトの両耳が垂れ下がり、悲しそうに俯く。5分か...。いま怪獣は俺たちを標的にしている。いま二人ともアイツの目の前から居なくなるのはまずい。何をしでかすか分からない。こうなったら、どちらか一人が敵を引き付けているあいだに、もう一人が応援を呼びに行った方がいいだろう。
「テト、応援を呼びに行ってくれ」
「山田・・・」
テトがまんまるの瞳を大きく見開き、驚いた表情でこちらを見る。
「アイツは俺が引き付ける。その間にテトが応援を呼びに行ってくれ」
「山田・・・そんなの無茶にゃ!」
テトが悲しそうに叫ぶ。
「だって、だって山田の足は...」
「・・・」
俺も分かっていた。テトは自身のわずか後方を見やる。
「山田の足はすでに限界で怪物に捕まりそうにゃのに!」
「ぜ~は~、ぜ~は~」
そう、俺の足と体力はとっくに限界を迎えていた。走り始めてから3分も経っていないだろうに、足はガクガクと震え、荒い呼吸のせいで喉からは血の味がし、ノロノロ走りでなんとかテトの少し後ろをついて行っている。幸いなのは、怪獣の足が遅いことだ。まだ体に慣れていないのか、一歩ずつ確かめるように進んでくれているおかげで捕まらずに済んでいる。
「い、いいか...。ら。おれのことは...おいて、いけ…」
「そんな恰好をつけられる余裕はにゃいやろ?!」
息があがりすぎて酸欠の魚のように口をパクパクさせながら、フォームの崩れた手足で前かがみになりつつ一生懸命に走っている俺の姿は、だいぶ恰好悪かった。テトが本当に心配そうにこちらを見ている。今日は忙しすぎてロクにご飯が食べれていないのに片腹が痛い。さっき帰宅しながらビールなんて飲み歩くんじゃなかった。そんな後悔をしているうちに、再び自宅のアパートが見えてきた。近場を一周して戻ってきたらしい。
「あだっ!」
「山田!」
アパートの庭についた矢先、地面に落ちていた小石につまづいて、つんのめって前へ転ぶ。テトが急いでこちらへ駆け寄るのが見えた。後ろからは、どすんどすんと重い足音がゆっくりながらも着実に近づいてきているのが聞こえる。
「俺のことはいいから!早く応援を呼びに行け!」
「いやにゃ!」
「いやじゃない!ポータルを通れるのはお前なんだ。お前が行かなきゃ怪獣を倒せないだろう」
「いやにゃ!山田が死んじゃったらいやにゃ!ぜったい、ここから離れないにゃ」
目には涙を溜め、駄々っ子のようにテトがイヤイヤと首を横に振る。そうこうしているうちに、庭先へずしんと怪獣が足を踏み入れた。その目は完全に俺らの方を向いている。口から赤い炎が漏れ、胸の横から生えた前足の鉤爪が街灯に照らされてぎらりと輝く。
「山田は私が守るにゃ!」
「テト、止めろ!」
テトが俺を背にかばい、愛用の両手ナイフを手に怪獣に対峙する。怪獣の体長は俺の住む二階建てアパートと同じくらい。その体長差、約4メートル。小柄なテトが相対するとさらに怪獣の大きさが際立った。そして、ゆっくりとテトへとその凶暴な爪の生えそろった前足を伸ばしてくる。
「止めろ、俺を先にやれ!」
怪獣はどんどん手を伸ばしてくる。人を簡単にひねり潰せそうな巨大な手が、残り数センチというところまで迫ったとき―――
「なんだ、このごみの山」
どこからか大人っぽい色香の漂う女性の声が聞こえ、同時にブォオオオオオオ!と深夜には近所迷惑間違いなしの大音量が周囲に響き渡った。
「ギゃオおおおおおおお!」
その途端、目の前で怪獣の全身がガラガラと崩れていく。手を、足を、胴体を、尻尾を、羽を、尻尾を、頭を形作っていたごみたちが、まるで後ろからブラックホールに吸い込まれているように背後へと吸い込まれていく。やがて怪獣の全身が消えた先には、いつぞやのゴブリンの死体を片付けてくれたお姉さんが業務用であろう巨大な掃除機を片手に立っていた。
「お姉さん・・・!」
「助かったにゃ!」
「え?どうしたの二人とも」
安堵のあまり号泣する俺とテトが抱き合って安心していると、お姉さんが掃除機を片手にきょとんと首を傾げる。
「怪獣がぁああああ」
「怪獣があああああ」
「え?怪獣?不審者かなにか?周りを調べてこようか?」
鋭い目つきとなり、掃除機を剣のように構えて、周囲を見回すお姉さん。俺たちから付かず離れずの距離を保ちながら、アパートの外の道路などを見回している。
「いえ、大丈夫です…。なんかごみの山が怪獣に見えて、恥ずかしながらこの子と怯えていました」
間違っても、ブラック企業に復讐するためにごみのモンスターを召喚しようとしていました、なんて口が裂けても言えない。あれが動ていているところを見られていたら終わりだが、意外にもお姉さんはあっさり納得したようだった。
「あんなに大量のごみ、うちに捨ててくなって感じだよねー。今度、大家さんに話して町内会で文句を言ってもらわなきゃ」
「あはは・・・そうですよねー」
「そっちの子も大丈夫?」
「はい…大丈夫です…にゃ」
「そう?良かった」
テトが泣き止んだのを見て、お姉さんは安心したらしい。
「じゃあ、もう遅いから早く寝るんだよ」
「はい!ありがとうございました!」
「ありがとう・・・にゃ!」
「いえいえ。……悪魔を呼び出すなんて危ない子たちだね」
「え?」
「ううん、なんでもない。じゃあ、おやすみ」
最後になにか小声で言っていた気がするが、気のせいだったようだ。艶めくウルフカットの黒髪を揺らし、お姉さんはこちらに手を一度振ると、巨大な掃除機を抱えてアパートの自室に入って行った。こうして短くも体感としては長い恐怖の夜が終わった。モンスター召喚で会社を潰す計画は、結果として明日も無事に出社となってしまった俺の貴重な睡眠時間が2時間削れるだけという損失を被っただけだった。・・・こんなことなら、素直に早く寝ておけばよかった。後悔とともに俺も全身筋肉痛となった体を引きずり、テトと一緒にアパートの自室へと帰った。




