【5話-前半】闇夜に吠えるゴミのモンスター
「あ、テト」
「おっす、山田」
月が綺麗な夜。そんな風情を感じるヒマもなく、疲れ切った体を引きずりながら帰ると、アパートの廊下では割烹着に身を包んだテトが掃き掃除をしていた。猫の獣人だからか、闇夜に金色の目がきらりと光っている。暗闇のなかで目だけが明るく光っている姿は、少し怖い。夜道で会ったらビビってしまうかもしれない。
「なにをやってんだ?」
「掃き掃除。会社で山田に迷惑をかけたから、クレアに掃除でもしろって」
「そうか。それは大変だな」
「うにゅ」
テトが両耳をぺたりと伏せて、悲しそうに俯く。前回の重要書類紛失事件では、酷い目にあった。まさか現代社会で普通に働いていて磔にされることがあるなんて、誰が想像できただろうか。入社前の俺に言ったら『すぐに、そんな会社は辞めろ!』と言ってきそうだ。・・・正常な反応だな。まぁ、テトに悪気はなかったのだ。ただ、ちょっと考えが足りなかっただけで。
「テトの気持ちは嬉しかったぞ。俺のために動いてくれたんだろ?ありがとうな」
「うにゅ!」
ためらいながらもテトの頭に手を伸ばし、おそるおそる撫でる。まだ人間でいうところの十代半ばの少女だと聞く。まだまだ世の中、分からないことだらけだろう。それでも、勇者たちと過酷な旅を乗り越え、見事魔王を打ち倒したなんて大したもんだ。テトも撫でられて嬉しいのかゴロゴロゴロと喉が鳴っている。
「そうだ、山田!良いことを思いついたんだにゃ!」
「なんだ?」
先ほどの悲し気な雰囲気とは一転、テトが目をきらきらさせて俺を見上げる。…なんだか悪い予感がするのは気のせいだろうか。
「今日は満月にゃ。僅かにしか魔力のないこの世界で魔力が最高潮になる日。今度こそ『会社』にダメージを与えたくないのかにゃ?」
「止めときます」
1秒も経たずに即答する。お前は、なんで自分が現在掃除をさせられる羽目になっているのかを忘れたのか。書類を盗んだ結果、俺が磔にされたからだろうが。・・・原因と結果の因果関係が見えてこない流れだな、ほんと。
「そもそも、お前は俺に迷惑をかけた罰として掃除させられているんじゃないのか?」
「そうだったにゃ…。でも、今度こそ上手くいくと思うんだにゃ!」
「どっからその自信がくるんだ…」
前回の失敗は、テトの自信を無くすものではなかったらしい。でも、たった雑談の一言で一人で勝手に突っ走られた前科があるので、どうしようとしているのか恐ろしく気になる。俺の身に危険が及ぶんじゃないかと不安だ。盗賊らしく、社長が散々ブラックな就業環境で生み出した莫大な財産を盗んでくるとかなら安心できるんだけどな、とテトを見守っていると、彼女はなにやらごそごそと懐から秀麗な装丁の一冊の本を出した。
「魔法使いから盗んだ魔導書にゃ!」
「どっから盗んでんだ!」
同じパーティーの仲間から盗んでどうする。盗賊スキルの活用方法をぜったいに間違えているだろ、こいつ。
「これがあれば、遠く離れた場所から人を呪殺できるにゃ」
「こわっ!」
思った以上にヤバい代物だった。異世界で記された魔導書と聞くと、精霊の召喚とか派手派手しい魔法攻撃とかファンタジーなものを想像していたが、予想以上に現実的需要のありそうな魔法だ。どこの世界でも、人間の本質はそう変らないのかもしれない。
「ほかに良い魔法はないのか。俺は別に誰かに死んでほしいわけじゃないんだぞ」
もちろん、社長やパワハラ上司に恨みはあるが、呪殺だとしても自分の意志が介入して誰かを殺すのは気分が悪い。できれば俺のあずかり知らぬところで不幸な目に遭ってほしい。
「う~にゃ…」
眉間に皺をよせながらテトが一生懸命にページをめくる。やがて、ピタッとページをめくる手を止め、ある1ページを開いて俺の前に突き出してきた。
「これなんかどうにゃ?モンスターを呼び出す方法」
テトの開いたページを見ると、全身を様々な形の堅そうなうろこで覆われたモンスターが、見開いた縦長の瞳孔に殺意を漲らせ、口からは火を噴き、後ろ足で街中を闊歩しながら破壊行動している挿絵が描かれていた。胸のすぐ脇から生えた鋭い鉤爪のついた小さめの2本の手には、もともとは一つだったであろう細長い建物を真っ二つにして左右それぞれに持っている。このモンスターなら、会社の入っているビルも破壊してくれるかもしれない。
「よっしゃ!今すぐやろう、今すぐ呼び出そう!」
「さっきまで、テトのことを胡散臭げに見ていたのが信じられないくらいのハイテンションっぷりにゃ!」
「明日は~会社がない~。45連勤後の~久しぶりの休み~」
「山田が笑ってるにゃ・・・顔こわっ」
「なんてこと言うんだ、お前は」
上機嫌になり笑顔で歌っていると、テトから引いた顔で見られた。これでも俺のプリティスマイルは上司たちに大人気なんだぞ。上司たちから説教をされたときに、はやく仕事に戻るために習得した必殺技だ。これをすると、みんな引きつった笑顔で、
「あ・・・もう、業務に戻っていいよ」
「なんか、悪かったね」
と俺の顔から目を背けながら、謝ってくる。俺の真心が相手に伝わっている証拠だ。
「それは、あまりの不気味な笑顔にみんなが恐怖しているだけだと思うにゃ」
「なんだって?」
「ひっ!」
「・・・」
目じりを下げ、大きく口を開けて歯をむき出しにし、口角を天に昇るほど釣り上げてテトを見たら、小さく悲鳴を上げられた。・・・地味に傷つく。
「で、どうすればいんだ?」
本は異世界の言葉で書いてあるため読めないが、所々に描かれた挿絵で何となしに材料と手順が書かれているのが分かる。
「モンスターを呼び出すには、モンスターの体を構成するための大量の材料と魂が必要みたいだにゃ」
「体と魂か...」
ビルを壊すほどの巨体を構成する材料と、それの体を動かすための魂…。どうやって集めるのか、見当もつかない。と、周囲を見回すとアパートの庭の隅に不法投棄された粗大ごみの山があった。
「あれなんか、いいんじゃないか?」
「どれどれにゃ」
テトと二人でごみの山に近づくと、そこには何年前に作られたかも分からない時代を感じさせる古い冷蔵庫や洗濯機などの大きな生活家電から、ビニール傘や大量のお酒の空き缶など、通りかかった人間がちょうどいいとばかりに投げ捨てていったような厄介ごみがうず高く積みあがっている。
「ここはゴミ箱なのかにゃ?」
「いや、アパートが古くて汚すぎて誰も住んでいないと思った近所の住民が勝手にごみを捨てていくんだよな」
「悲しい話にゃ」
ほんとうに悲しい。改めてアパートを見上げると、長年雨風に晒された外壁は灰色というより黒に近い色にまで煤けているし、廊下に張り出たトタン屋根もちょっとした風が吹く度にガタガタと振動している。二階に上がる外階段ももともと頼りない細さの手すりと簡易的に鉄板を横付けしたような足の踏み場がいつ崩れてもおかしくないくらい錆びていてボロボロだ。
「・・・ほんとうに悲しいな」
上京してきたときに夢見た社会人生活と現実とのギャップに泣きそうだ。
「泣くにゃ!山田。それもこれも全ての元凶である会社をぶっ潰すのにゃ!」
「そうだな!泣いている場合じゃなかった!」
目に溜まった涙をスーツの袖でふき取り、改めてごみの山に向き直る。この悪臭を放つごみの山が、俺の輝かしい未来をつかみ取るための大事な資源なのだ。
「これをどうすればいいんだ?」
「まずは、からだの素材を一か所に集めます。と書いてあるにゃ」
「すでに集められているし、これはこのままでいいな」
「うにゃ。そして、次に集めた素材のまわりに魔法陣を書く...と。これで書くかにゃ」
テトが腰に巻いたポーチのなかから、光る白いチョークを取り出した。蛍光塗料でも入っているのか、夜の暗闇のなかでハッキリと存在が分かるくらい明かりを放っている。
「これは冒険者御用達アイテム――光るチョークにゃ。ダンジョンなどの暗い空間で、光る目印を付けておける代物にゃ」
「へー、それは便利だな」
「これで、ゴミの山の周りに魔法陣を描くにゃ」
テトはそう言うと、ゴミの山の周りをぐるぐると回りながら何やら幾何学模様を地面に描き出していた。何回も魔導書とにらめっこしながら「ここは・・・こうか?」「うーん、ちょっと間違えたけどいいか」と時折こちらが不安になる声を上げている。ほんとうに大丈夫だろうか。
「よしっ、できたにゃ!あとは魂の調達・・・と」
「そんなんどうすればいんだ?」
「一番手っ取り早いのは・・・そこら辺の猫とかを殺して捧げることにゃんだけど」
「怖いわ!却下だ、却下」
「ダメかにゃ。山田のお気に入りの子とかは止めておくけどにゃ」
「そういう問題じゃねぇ!そもそも殺すなって言っているんだ」
「う~、どうしようかにゃ~」
テトが片手でぽりぽりと耳を搔いている。こうした容赦のない発言を聞くと、生と死が色濃い世界で生きてきた者の匂いを感じられ、やっぱりテトも異世界人だなと思う。
「そうにゃ、山田。この世界にも幽霊はいるかにゃ?」
「さぁ?居るんじゃないか?」
俺は霊感がないから分からないが『居る』と言う人がいる存在というのは、この世界に実在しているのだろうと考えている。不特定多数が共通認識をもっているものは、この世に『在る』からこそ認識できているのではないだろうか。
「それを使うにゃ!もう死んだやつなら、遠慮なく使役できるにゃろう?」
「まぁ、それもそうか」
生きている動物を犠牲にされるより、死んだやつなら罪悪感も少ない。
「そうと決まれば社畜の幽霊を探すにゃ!会社に恨みを持っていれば、効果も倍増だにゃ!」
「死んでも働かされるのか?!」
罪悪感がすごかった。死んでも働かせるなんて、同じ社畜として涙を禁じ得ない。・・・悪いな、同士よ。終わったら、すぐに成仏させてやるからな。そうこうしているとテトが先ほど描いた幾何学模様になにか数か所模様を付け足していく。
「これで、よしにゃ!じゃあ、魂を器に入れていくから山田は下がっていてにゃ」
「はいよ」
地面に描いた陣の前に立つテトの後ろへ大人しく引き下がる。テトは地面を踏ん張るように両足を肩幅に開いて立つと、ぱんっと大きく両の掌を打ち合わせた。
「□※‡〇紗¥▽※‡●?▽ユ※~」
テトの口から未知の言語が謳うように流れる。あっちの世界の言葉だろうか。それは一定のリズムを刻んでいるようにも、ズレが重なり合ったような不協和音にも聞こえ、心地よいような不快なような揺さぶりを感じる。詠唱が脈々と続いていくにつれて、地面に描かれた陣が赤く光り出し、ごみの山を下から照らし出す。
「ん?」
そこで奇妙なことに気づいた。ごみの山がカタカタと振動している。それも、全部のごみが一つの生命体のように一体となって同じリズムで震えていた。そして周囲の空気がごみの山に吸い込まれるように流れていく。
「□※‡〇紗¥▽※‡●?▽ユ※!」
何かを言い切り、再びテトがぱんっと手を叩く。すると、ごみたちがずずずっと動き始めた。あるごみは空中に舞い上がり、あるごみは横に一列に並び、徐々に形を作っていく。やがてゴミが動くのを止めると、目の前には夜空を背景に凶暴そうな大型怪獣が屹立していた。
「やった!テト、成功じゃないか!」
喜色満面でテトの方を見るが、テトはなにやら深刻そうな顔をしている。
「・・・テト?」
「まずい・・・山田」
「え?」
横を向いてテトを見ると、青い顔に汗をだらだらと流してこちらを見ていた。やがて怪獣の目が開く。鋭い牙の生えそろった口が開いたかと思うと、
「ガごォおおおおおおおおおお!」
音の外れた重く低い咆哮が夜空にとどろく。それは聞いたものの心に不安や恐れを抱かせる不安定で不快な響きをしていた。口からは赤い炎が燃え盛り、目はヤギのような横長の瞳孔、背には蝙蝠のような大きな黒い光沢のある翼が生え、先が矢印状になった長い尻尾、鉤爪の生えた前足は怪獣っぽいが、毛深い後ろ足に付いた蹄は先端が二つに割れた偶蹄目のそれだった。・・・これは、本に描かれていた怪獣じゃない!
「間違って・・・悪魔の魂を入れちゃったかもにゃ」
「なんだって?!」
その言葉は、またもや俺の人生にピンチを告げるものだった。




