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救われなかった世界のために  作者: 無徒 静
第二章
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第八十四話 総力戦

「お待たせしました」ハンザに遅れて戦場にやって来たエレノアは、馬から飛び下りるとすぐにナッシュの元へ向かった。「無事ですか、ナッシュ!?」


「ああ、何とかな。お前がハンザを連れて来たのか?」


「ええ」とエレノアが頷く。


「さっき、旦那がこっちに飛んで行くのが見えたからさ。慌てて追いかけて来たんだ」油断なくディグラに剣を構えながらハンザがナッシュに聞こえる声で言った。「やっぱり、零等級が出たんだな?」


「気付いていたのか?」


 ステインの問いに、「まあね」とハンザが答える。


「俺の精霊が教えてくれた」


「ああ、そういえば、君も精霊遣いだったか?」


「一応ね。で、状況はどんなかんじ?」


「決め手に欠ける。ナッシュやラピスの援護が合って、どうにか渡り合っている状況だ」


『ローズと契約している割に、随分と不甲斐ない』


 独り言の様な声が聞こえ、「今のが君の精霊か?」とステインが言った。


「悪いね。少々、性格に難がある奴なんだ」


「精霊なんて、みんなそんなものだ」


『言われているぜ、リコリス?』『あなたのことでしょ?』『ほんに緊張感のない連中じゃ……』


 正騎士だった頃、よくこうして精霊たちの口喧嘩に巻き込まれていたことをステインは思い出した。 未だ危機的状況に違いはなかったが、不思議と力が湧いて来る気がした。


「精霊が三人も集まると喧しいな?」


「委縮するよりはいいさ。それより、行けそうか?」


「ああ」ハンザはそう答えると、ちらりと後ろに目を向ける。「背中は預けるぜ! 小隊長、エレノア!」


「ああ!」

「任せて下さい!」


 威勢よく答えたナッシュとエレノアにハンザがニヤリと笑う。


 いい、チームだ。

 彼らの中にある信頼感。

 それは過去の自分たちを見ているようだった。


『――あらら。また小蠅が飛んで来たよ。まったく、鬱陶しいったらない。こっちはさっさと彼女を追い駆けたいって言うのに』


「させると思うか?」


 怒気を漲らせてそう言ったナッシュに、ハンザが背中越しに小さな瓶を放って寄越こす。


「ナッシュ、そいつはお前が使え」


「これは? まさか、ウズネラの?」


「オリジナルだ。そいつであの化物に一泡吹かせてやれ」


「ああ!」


(……ウズネラ。彼らの隠し玉か)


 自信を漲らせるナッシュの声に状況が好転しつつあることをステインは感じた。


「……さて、第2ラウンドといこうか」


     ※


 見えた目に寄らず堅実なハンザの戦い方は、初めて連携を取るステインにとっても合わせ易いものだった。そのおかげで僅かにディグラの行動に制限が掛かった。


 性格ゆえなのか、ハンザは相手の嫌がることをするのが滅法上手い。ステインの剣を回避しようとしたディグラが半歩後退しようとした瞬間、その足元をハンザが絶妙のタイミングで斬り払った。その一撃が当たることはなかったが、僅かに体勢が崩れたディグラはステインの剣を回避しきれず右腕を斬り落とされた。


 攻防は一進一退だった。ステインとハンザがディグラの攻撃を食い止める中、隙を見てエレノアが矢を放つ。当たったところでダメージなど無いのだが、一流の剣士二人を相手にしているディグラにとっては煩わしいことこの上なかった。


『鬱陶しいな、君?』


 ディグラの視線が一瞬だけエレノアに向く。


「エレノア!」


 ナッシュが叫び声を上げた時には、ディグラの白針がエレノアの首を貫いていた。

 口から血を吐き出し、絶命したエレノアにディグラが愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

 しかし、


『残念、ハズレ!』相手を小馬鹿にするように、リコリスがラピスの声で言った。


 砂のように崩れ去るエレノアの体にディグラが目を見開く。


『また、君か?』


 楽しみを邪魔された所為か、ディグラの目に激しい怒りが浮かんだ。

 その隙を逃さず、ステインの剣がディグラの首を斬り裂いた。


 宙を舞うディグラの頭部。

 だが、その程度で終わるとは誰も思っていなかった。


『……まったく。少し、君たちを甘く見ていたのかもしれないね』落下して来た自分の頭部をキャッチしたディグラは、それを雑な手つきで体に繋げた。


「不気味な光景ですね」リコリスの力で窮地を逃れていたエレノアが茂みの中から現れて言った。


「本当にね」とラピスが同意する。「で、お兄さん? そろそろ準備は出来た?」


「もう少しだ。もう少しでこのウズネラの力をすべて解放出来る」


「はあ? 一回の魔法でそれ全部消費するつもり?」


「でないと奴は倒せない」


「まあ、そうかもしれないけど。もし、外したらどうするのさ」


「外さない」


「……あっそう。すごいね。僕にはそんな自信、とてもじゃないけど持てないや」


「俺だって一人じゃ無理だ。でも、あの二人なら必ず隙を作ってくれる」


 そう答えたナッシュの目は、先程から一時も外すことなくディグラと戦うステインとハンザに向けられていた。右手に杖を握りながら、左手は剣の柄を掴むナッシュの姿にラピスが首を傾げる。


「おい、余所見をするな。いつ、こっちに攻撃が飛んで来るか分からないんだ!」


「わ、分かってるよ!」温厚そうなナッシュに怒鳴られ、ラピスは慌てて意識をディグラに向ける。


 その時だった。

 ディグラから尋常ではない殺気が溢れ出した。


『君たち、どういうことだ!』


 唐突に怒りをぶちまけるディグラから一同が距離を取る。その選択は正しく、ディグラの周りの草花が見る間に腐り落ちて行った。


「……みんな、風下に立つなよ。奴の体からは瘴気が出ている。まともに吸い込んだらヤバイことになるぜ」


「瘴気?」ラピスがそう問い返す。


 それはステインも初めて聞く言葉だった。ただ、今はハンザの指示に指示に従った方が良いということだけは、彼の顔を見て分かった。 


「っていうか、あいつ、何で急にキレ出してんの?」ディグラの風下へ移動しながらラピスが呟く。


 その声が聞こえたのか、『まったく、お気楽な連中だね」とディグラが言った。


『自分たちの中に裏切り者がいるとも知らないで』


「裏切り者だと?」


「どういうことだ、それは?」


 ステインとナッシュの問いにディグラは肩を竦める。


『教えて上げる義理はないな』そう言って、ディグラの殺気がさらに増す。『悪いけど、これ以上君たちに付き合っている時間はない。さっさと片付けさせてもらうよ」

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