第八十三話 リコリスの本領
初手からディグラの攻撃は熾烈を極めた。
体中から純白の針が無作為に放出され、周囲の木々に甚大な被害を与えた。
ナッシュが咄嗟に防御壁を展開しなければ、それで終わっていたかもしれなかった。
「全員、無事か!?」ナッシュが声を上げる。
「僕は大丈夫」
「すまない。助かった」
ステインとラピスがそれぞれ答える。
その間にもディグラが攻撃は続いている。
先ほどと同じような状況に陥ったことにナッシュが忌々しそうに舌打ちをすると、「リコリス!」とラピスが言った。
「ねえ、これ何とかなんないの?」
『いきなり他人頼りか?』
「使えるものは何でも使うのが僕の主義なんだ」
『流石は俺のご主人だ。いい性格をしている』
「で、どうにか出来るの? 出来ないの?」
『俺を誰だと思ってる? 窮地になればなるほど光るのが俺の特性だぜ?』
「あっそ。だったら、早いとこどうにかして」
『了解――』リコリスがそう答えると、ステインたちの体が無色透明な膜で覆われ始める。『――その代わり、対価はちゃんと支払えよ?』
「え!? このタイミングでそれ言う!?」
ラピスがそう言った瞬間、ナッシュの展開してた防御壁が崩れ去った。
容赦なく降り注がれる白い針。まるで驟雨の様な攻撃に、ステインたちの体が原形を留めることもなく粉々されて行く。
『……あれ? もう終わり?』地面にこびりついた血と肉片を見てディグラが残念そうに呟いた。『ちょっと、やり過ぎちゃったかな?』
※
「……これはどういうことだ?」先程まで自分が居た場所を見てステインが言った。
現在、ステインたちはディグラの後方100Mくらいの位置に居た。
「俺たち、さっきまであそこにいたはずじゃ?」
ステインと同様、ナッシュが狼狽した様子を見せると、ラピスが得意げに答えた。
『この辺にあった木々と俺たちの座標を交換したんだ』
「……お前、そんなことが出来たのか?」
『まあね』そう答えたラピスは、唐突に自分の体をあちこち触り始めると、やがて盛大に溜息を吐いた。『……はあ。だめだなこれは。あと五年、いやせめて3年は様子を見ないと』
まるで意味の分からない言動をするラピスに、ステインとナッシュが顔を見合わせる。
あいつは何をやっているんだ?
彼らの疑問に答えたのは、その場に居たもう一体の精霊だった。
『リコリス、悪ふざけはやめなさい』
『何だよ、ローズ。ちょっとした冗談だろ?』ラピスの口から、別の誰かの声がする。
『時と場合を考えなさい。大体、あなたの好みはそんな子供ではなかったでしょう?』
『違いない』
その声と共にラピスが正気に返った。
「……あんの、クソ精霊! どざくさに紛れて何してくれんだよ!」
「ラピス、なのか?」地団太を踏んでいるラピスにステインが尋ねる。
「そうだよ」
「さっきのは一体、何だったんだ?」
「リコリスの能力みたいだよ。あいつ、あまり遠くなければ、人でも物でも自由に場所を入れ替えることが出来るみたいなんだ」
「それはすごいな」ナッシュが称賛の声を上げる。
「うん。ただ、今の僕だとそんな力は使えないから、あいつが僕に憑依する形でその力を使ったらしい」
「そうなのか、ローズ?」
ステインが尋ねると、「そのようね」とセント・ローズが答える。
『精霊の力を十全に発揮するための裏技みたいなものね。もっとも、それを実行しようとした場合、それなりの対価が必要になるけれど』
「対価って、どんな?」
『そうね。精霊によって色々あるけれど……。さっきラピスが自分の体を触っていたでしょ? リコリスの場合はあれよ』
「やっぱりか! おい、リコリス! お前、ふざけるなよ! あんな対価があるなんて、僕は聞いてないよ!」
『いいじゃねえか。減るもんでもないし』まったく悪びれた様子もなくリコリスが答える。『……ああ。まあ、増えるものもなさそうな気がするけど』
「よし、分かった! この戦いが終わったら、絶対にお前と契約を破棄してやる!」ラピスがギャーギャー騒ぎ出す。
そこでナッシュが口を開いた。
「あの、さっきから何がどうなっているんだ? 突然、こんな所に移動していて……。これだけ騒いでいるのに、怪物がこちらに気付く気配もないし」
「僕の精霊の仕業だよ。ここに移動したのも、怪物がこちらに気付いていないのも」
精霊と契約をしていないナッシュには、彼ら彼女らの声は聞こえない。
ラピスが事情を説明すると、「そういうことか」とナッシュが頷く。
「でも、それなら相手がこちらに気付いていない今が攻撃する好機なのでは?」
「それはどうだろう? リコリスの能力って、逃げたり隠れたり覗いたりするのは得意だけど、こちらから攻撃するのには向いていないから。リコリスの能力下で魔法や精霊の力を行使すれば、すぐに気付かれると思うけど……」
「いや、それで十分だ」と、ステインが答える。「今度は、俺が攻撃を仕掛ける。ラピスとナッシュは攪乱と援護を頼む」
「了解」
「え、え!? ちょっと、待って。それって――」
「では、行くぞ!」
※
突然、意識の外から飛んで来た攻撃にディグラは、一瞬だけ反応が遅れた。
ただの人間の攻撃であれば、それでも大した問題にはならなかった。
だが、今、迫って来ているのは、先程、自分を真っ二つにした男の剣。直撃すれば、命に別状はなくとも、かなり痛いことになる。
瞬き程度の時間の中、後方で振り下ろされようとしている剣の気配を読み取ったディグラは、爆発的な脚力で地面を蹴りつけその窮地を脱出した。
『……あれ? やっぱり生きてたんだ?』少し、嬉しそうな様子でディグラが言う。『よかった。そうでなくっちゃ面白くない』
「そういう割には、随分と必死に避けたじゃないか?」
『そりゃあ、痛いのは嫌だからね。僕たちにだって、痛覚はあるんだから』
「ほう? だったら、これはどうだ?」
ステインはそう言うと、ディグラの周囲を縦横無尽に駆け回る。
『攪乱のつもり? そんなんじゃ僕の目は誤魔化せないよ?』
『だったら、これはどうだ?』
突然、別の場所から声が聞こえ、ステインの姿が見えなくなる。
不可解な現象にディグラは眉を顰めると、『やっぱり精霊の仕業か?』と不愉快そうに言った。
『本当にくだらないことをするのが得意な連中だ』
『それはお互い様だろ?』
また、どこからか声が聞こえる。
その声のした方に向かって、ディグラが再び白い針を飛ばそうとすると、彼の首筋に冷たい感触が走った。
『うわっ!』いつの間にかその場に現れていたステインの剣の切っ先が、ディグラの首を通過する。『糞っ! 痛いな、まったく!』
首を半分斬られながらも、ディグラにはさしてダメージが見られない。
まさに理不尽の権化だとステインは思った。
ラピスの攪乱により、ステインは断続的に姿を消し、ディグラに攻撃を仕掛け続けた。
また、ステインが危険な時にはナッシュが防護魔法を展開し、時にはディグラの隙を作るための攻撃魔法を放った。
即席のチームだったが、思いの外、三人の動きは機能していた。
それでも、あと一歩が及ばない。
『今は耐えるしかないわね。あの怪物が隙を見せるのを』セント・ローズがステインに言う。
「だが、仮に奴が隙を見せたとして、倒すことが出来るのか? こちらの攻撃はあまり効いているようには見えないが?」
『あれは単なるやせ我慢よ。あなたの攻撃は確実に効いているわ。最初に与えた一撃。あれと同等の攻撃をぶつけることが出来れば、戦況も変わるでしょう』
「その隙があれば、だがな」
『大丈夫よ。そのための援軍も到着したみたいだし』
セント・ローズがそう言うと、ステインと対峙していたディグラに何者かが剣を振り下ろした。
「うわっ! やっぱり、硬いな」突然の乱入者は、ディグラの肩口に僅かばかりの傷をつけて言った。
「君は!?」
「わりい、旦那。遅くなった」
ナッシュの相棒。
ハンザが不敵な笑みを浮かべて現れた。




