第八十二話 大切なものくらい
オーディマ・ディグラの千切れた体を蹴りつけたステインは、その勢いで後方へと移動する。
そこにはシャリアンの西口を受け持っていたナッシュだけでなく、サフィとラピス、そしてアイナの姿もあった。
「まさか本当に来ているとはな?」
「ごめんなさい」ステインの視線を受け、アイナがしょぼんとした様子で謝る。
「いや、いい。それより、どうしてここに来た? 何か理由があるのだろう?」
「ステインたちが居なくなった後、二度目の予見があったの」
「二度目の?」
「うん」
そんなことはアイナと行動を共にしてから初めてのことだった。この短期間で零等級が二度も現れていることといい、何か大きく状況が変わり始めているような気がした。その予感が正しかったことを、ステインはすぐに知ることになった。
「どんな予見をしたんだ?」
「いまステインがやっつけた怪物にナッシュさんが殺される所を」
「俺が?」眉を顰めるナッシュに、アイナが頷く。「……そうか。まあ、でも実際あのままやり合っていたら、多分、俺は殺されていたと思う。だけど、それでどうして君がここに来る必要があるんだ? 俺もそれが知りたい」
「それは……」
『まったく、ひどいなあ……』頭から股にかけて真っ二つに分かれていたディグラの体からそんな声が聞こえた。
その声に全員がディグラに視線を向けると、斬られた体の断面から無数の繊毛が生え出しているところだった。それらの繊毛が二つに分かれた体を繋げていく様を見て、「うわっ、キモ……」とラピスが言った。
言葉遣いはあれだが、おそらくその場にいた全員が似たような感想を抱いたに違いない。
先程の攻撃など無かったように元通りに復元したディグラは、首を右と左に二回ずつ曲げるとべったりとした笑みを浮かべた。
『……君のことは知ってるよ? 前にドーラを倒した人だよね?』
「知らんな。誰だ、それは?」
『戦士なら、自分が倒した相手の名前くらい覚えておくものだよ? それが礼儀ってものじゃない?」
「……まさか、怪物に礼儀を諭されるとは思わなかったな」
『差別は良くないよ? 君も僕たちも、同じこの世界に生きる者通しじゃないか?』
言っていることは正しいのだが、これほど薄っぺらい正論をステインは聞いたことがなかった。
「まったく、響かんな」
『だろうね』ディグラはそう言うと、後方にしたアイナへと目を向ける。『それよりさ。僕、まだ彼女と話の途中だったんだよね』
その言葉にステインとナッシュが、アイナを隠すように前に出た。
「ステイン、それにナッシュさんも。私は大丈夫です。私も、そのヒトに聞きたいことがあったから」アイナがそう言って、ステインたちの前に出た。「あなたは、私の何を知ってるの?」
アイナの問いに、ディグラが首を横に振る。
『うーん、教えて上げようかと思ってたんだけど。やっぱり、やめた。とても話し合いをする雰囲気じゃないし』
アイナの後ろでは、ステインが剣を、ナッシュとサフィが杖を構えていた。
「みんな!?」
「アイナ、下がっていろ」ステインがアイナの肩を掴んで後ろに下がらせる。
「ステインさんの言う通りだ。相手は零等級の怪物なんだ。話をする余地なんてない」
「でも、私は……」
「サフィ、アイナを連れて逃げてくれ。ここは俺たちで何とかする」
「ナッシュ?」
「ナッシュさん!?」
「アイナ、彼の言う通りだ」ステインはそう言うと、サフィの方に目を向ける。「サフィ、アイナを頼む」
「……分かりました。アイナ、ラピス。二人とも行きましょう」
「お姉さんは先に行ってていいよ。僕は残って、あの二人の援護をするから」
「ラピス? あなた、何を言っているの?」
「だって、仕方ないじゃん。いくらおじさんとお兄さんでも、あの怪物相手じゃかなりきつそうみたいだし。でしょ、リコリス?」
『まあ、今のままじゃ厳しいだろうな』と、ラピスの契約精霊――リコリスが答える。
「そういう訳だから……」
「でも、だからってあなたが残る必要は――」
「大丈夫だよ。お姉さんたちが遠くに行くまでの時間を稼いだら、僕もさっさと逃げるから。いいでしょ、おじさん?」
「構わん。だが、本当にいいのか? お前も一緒に逃げてもいいんだぞ?」
「おじさん……。僕にだって大切なものくらいあるんだよ?」
「……そうか」
サフィを一瞥して苦笑を浮かべたラピスに、ステインはそれ以上何も言わなかった。
『おしゃべりはそこまででいいかな?』静観していたディグラが口を開く。『それじゃあ、まずは目障りな君たちから始末することにしようか』




