第八十一話 混沌とする戦場
「……はは。本当にふざけてるな」
ナッシュはディグラの頭上に浮かび上がったいくつも白い球体を見上げて乾いた声を漏らした。
それは明らかに先程、ナッシュが行使した魔法への意趣返しだった。
もっとも、ナッシュとディグラの攻撃では、内包されているエネルギーに雲泥の差がある。もし一つでも、ディグラが生み出した白い球体を食らえば、ナッシュの体は塵も残さず消滅するだろう。
『それじゃあ、行くよ? ――オーバーレイ』
そう言って、ディグラが白い球体の一つをナッシュへと放った。速度は然程、速くない。だが、その膨大なエネルギーの塊は移動するだけで周囲の気流を乱し、軌道の近くにあった木々は悲鳴を上げる様に軋み、切り裂かれた。
『さて、どうする?』と、嗜虐的な笑みを浮かべてディグラが言う。
避けることは造作もない攻撃だったが、そうした場合の被害は想像もつかなかった。
朝の陽気を塗り潰す様なその凶悪極まりない攻撃に、ナッシュは全開で防御魔法を展開した。
「サウザンド・ウォール!」
幾層も折り重なった魔法の壁がナッシュの前に現れ、その壁に触れたディグラの白い球体が僅かに速度を落とす。
『ほらほら、もっと頑張らないと! そのままじゃ、君もミンチになっちゃうよ?』
第二射、第三射を用意しながら、ディグラが耳障りな嘲弄を上げる。その声を聞きながら、ナッシュはもう一つの魔法を行使する。
「ダーク・ピラー!」
ナッシュの声とともに、白球の下から漆黒の柱が伸び上がる。一瞬で天高くまで押し上げられた白球は、そこで稼働限界を迎えたように大爆発を起こした。
『……すごいね、君。今のは割りと真面目に攻撃したんだけど』ディグラがパチパチと拍手を鳴らす。『ただの魔法使いにそこまでのことが出来るなんて思わなかったよ。まるで、ウズネラの娘みたいだ!』
ディグラの口調は本心から称賛しているようで、それが余計にナッシュの癇に障った。
「馬鹿にしやがって」
『いやいや、本当に驚いているんだよ? 精霊と契約しているならいざ知らず、自身の魔力だけでこの僕と渡り合えているんだからね。……おかげで、いい暇つぶしになった』
「何?」
『君と遊んでいたおかげで彼女がここに来るまで退屈せずに済んだよ。ありがとう』
ディグラの視線がナッシュの背後に向けられる。その視線を追ってナッシュが振り向くと、そこにはサフィとラピス、そしてアイナが居た。
「ど、どうして、君たちがここに!?」
どういうことだ?
サフィやラピスならいざ知らず、どうしてアイナがここに居る?
それも零等級が居る戦場に。
「ごめんなさい、ナッシュさん。私がサフィたちに無理を言ってここまで連れて来てもらったの」
「何を考えているんだ! さっさと逃ろ!」
怒気混じりのナッシュの声に、「出来ません」とアイナが答える。
「だって、そのヒトの目的は多分、私だから」アイナはそう言って、何故か攻撃の手を止めていたディグラの方に目を向ける。「私を呼んでいたのは、あなたでしょう?」
アイナの問いかけに、ディグラが感情の読めない表情を浮かべる。
それから少しの間、何かを確認するように首を傾げたり頷いたりしていたが、やがて感極まったようにひどく醜悪な笑みを浮かべた。
『ようやく、僕たちの声が届いたんだね? ずっと君を待っていたんだ』
「待っていたって……、どういうこと?」
『僕たちはね。ずっと君を探していたんだ。遠い昔からずっとね。……君は、僕たちにとって、とても大切で危険な存在だから』
「……それは、私があなたたちの出現を予見出来るから?」
『ははは。そんなことは大した問題じゃないよ。……まあ、でも君は知っておいた方がいいかもね。自分がどういう存在であるのかを』
「え?」
『君はね――』
ディグラがそう言い掛けた時だった。
突如、上空から強烈な斬撃が降り注ぎ、ディグラを頭から真っ二つにした。
そんな真似が出来る人物など、一人しかいなかった。
「ステイン!?」
くたびれた剣を引っ提げて、かつての王国正騎士が現れた。




