狂騒から戦場へ
《こちらサトルクス級センル-1002艦長。現在本艦は惑星ヘルデラに到着し、輸送艦隊本隊と合流を完了した》
本体との合流が完了したという放送が終わり、しばらくすると端末に連絡が届いた。
《通達》
本艦サトルクス級センル-1002は第11.12.13.14管区方面軍で編成された第3波共和国侵攻部隊に組み込まれる。
現在は惑星ヘルデラに各地から戦力が集結中であり、あと2日ほどで第3波共和国侵攻部隊の集結が完了する予定である。
集結が完了次第、護衛艦隊と共に共和国領に越境を開始する。
作戦説明は越境後に各部屋ごとに行われる。
それまでに酔いを覚まし、テーブルを片付けておくように。
「…とのことだ」
分隊長が読み終わり、俺たちの方を向いたと思ったら突如何かに驚いたような表情をした。
分隊長の見ているのが何か分かった瞬間、驚いた理由を理解した。
レグヌスのそばに先ほどまでなかったはずの空の瓶が2本、転がっている。
「レグヌス…お前飲んだな」
「…なんのことでしょうか?」
レグヌスの目が泳いでいる。
「さっきまでそんなところに瓶はなかったぞ」
分隊長が肩を回しながらレグヌスに近づいていく。
「申し訳ございません!最後の酒だったので飲めるうちに飲んでおきたかったんで飲みました!」
「そうか!いい度胸してるなお前!」
隣を見てみるとマーセルが分隊長にヘッドロックをかけられているレグヌスを見てゲラゲラと笑っている。
「おまw考えりゃ分かるだろw今やるか普通w」
分隊長が立ち上がり、肩の汚れを払いながら話を再開する。
「ふぅ、とにかく皆2日間自由時間だ」
分隊長の近くにはぐったりとして動けないでいるレグヌスが転がっている。
「皆酒の飲み過ぎには気をつけろよ!作戦説明までに酔いを覚ましておくように!」
「そんじゃあ解散!」
ーー2日後ーー
部屋には分隊全員が揃っている。
《こちらサトルクス級センル-1002艦長だ。これより第3波共和国侵攻部隊は共和国領への越境を開始する。作戦概要は第3波共和国侵攻部隊総司令官より各師団長へと説明された。作戦目標と現地での具体的な作戦行動はそれぞれの大隊長から説明される》
《総員、改めて気合いを入れ直せ》
放送が終わると共に、部屋にいる全員が敬礼をする。
しかし、敬礼を解いたタイミングで再び放送が始まった。
《度々放送すまないね。今回は皆に良い報告があってな…一昨日売店で酒が尽きたことは皆の周知であろう》
レグヌスがそれを聞き、何度も頷く。
《これを受けて本艦は惑星ヘルデラにて酒、嗜好品類の追加調達を行なった。この艦に乗艦する全ての大隊の作戦説明が終わり次第、艦内の売店にて酒類の販売を開始する》
「ッシャォラァァァァ」
その放送を聞き、レグヌスとヘルーガが、喜びの雄叫びを上げた。
耳をすましてみると、隣の部屋からも雄叫びが聞こえる。
《これは兵士諸君の士気をあげることが目的だ必要以上に飲まないように》
ーー40分後ーー
机を片付け、マーセル達と共に並んで椅子に座って待機していると、大隊長の声がアナウンスで流れた。
《我々の所属する第3波共和国侵攻部隊は侵攻作戦を開始、つい先程共和国領へと入った》
大隊長の知らせと共に、壁に銀河の地図が映し出され、現在地が示される。
《当初の予定通りこれより作戦説明を開始する》
《我々の最初の作戦目標はフロッセルド共和国の保有する軍事基地が多数位置する軍事補給基地、惑星リュートスだ》
机に惑星全体のホログラムが投影され、大隊長の説明と合わせて変化する。
《惑星リュートスは共和国の軍事駐屯基地でもあり、前線艦隊の再編、再展開を担う重要拠点だ》
惑星から無数の光線が伸びる。
別の星系へ、別の宇宙港へ。
《本惑星の補給能力が健在である限り、共和国軍は損耗しても迅速に立て直すことが可能だ》
《第3波共和国侵攻部隊の任務は、惑星リュートスの物流機能および駐屯戦力を制圧し、共和国の動員速度を低下させることにある》
《それではこれより上陸時と上陸後に関する作戦説明を行う。よく聞いておけよ》
《惑星リュートスの推定戦力は防衛艦隊が推定5万隻、地上の防衛部隊は最低でも680万人はいるとのことだ》
《それに対して第3波共和国侵攻部隊は第11.12.13管区方面軍の戦闘用艦艇15万隻、輸送艦30万が所属している。上陸部隊の総兵力は俺の把握している分には最低でも3000万人はいるそうだ》
《つまり我々の方が艦隊も部隊数も上ってことだ。気楽に行こうじゃないか諸君》
部屋の空気が少しだけ緩む。
《これより上陸ポイントについて説明する》
《我々第12管区方面軍第18師団第185大隊は第2次上陸部隊に所属して本上陸作戦に参加する》
ホログラム上では、惑星の一部が拡大され、広大な平野のようなものが映し出される。
《今回の上陸作戦は大規模なだけあって地上への補給の必要量も膨大であるため、平野部の長期的な確保は戦略上必須となる》
《それらを考慮し、4つの地点から上陸してそれぞれの上陸部隊が惑星リュートス防衛本部を攻略する計画となった》
《我々が上陸するのは中央大陸の北西ブロックだ》
《第1次上陸部隊が惑星に降下後、橋頭堡を確保した後に我々第2次上陸部隊も上陸を行う》
《第2次上陸部隊の任務は第1次上陸部隊が確保した橋頭堡の拡張および兵站基盤の構築だ》
ホログラム上で北西ブロックがさらに拡大される。
《第1次が確保した降下地域を基点に半径30キロを制圧。対空網を構築し、互いが援護できる形で防衛線を何重にも構築する》
平野に複数の降下予測円が表示される。
《本作戦における最大の要は橋頭堡を中心とした安全地帯を最低でも半径10キロ確保することだ。これの構築が完了次第、軌道上にいる輸送艦隊は即座に物資を積んだ輸送艇の降下を開始する》
《第2次が遅れれば、全体の進撃は停滞する、逆に平野を掌握できれば、第3次以降の部隊展開が加速する》
大隊長の声が少し低くなる。
《第1次が敵を完全撃破できなかった場合、残存戦力との交戦は第2次が引き継ぐことになる》
《上陸してから夜になるまでの間、休めることはないと思え》
誰かが小さく息を呑んだ。
《繰り返す。第2次は“後続"だが安全ではない。橋頭堡を広げ、さらなる後続の部隊と補給物資の降下地点を整える。それが我々の任務だ》
机上に映し出されていたホログラムが消える。
《以上だ。各中隊長は詳細配置を確認しろ》
《皆の無事を祈る。連邦に栄光あれ》
直後、放送が切れ、部屋が静寂に包まれる。
部屋に残るのは機械音と乾いた喉の音だけだった。
「平野半径10キロ制圧、対空網構築、輸送艇の受け入れ準備……キツくねこれ?」
皆が思っていたことをマーセルが口にする。
「遮蔽物はほぼ無し。第1次がしくじったりしたら俺達第2次も着地後すぐ接敵だな」
ヘルーガが小さく舌打ちし、続ける。
「ま、その時はその時でどうにかするしかないだろ」
その言葉を聞いても、部屋の空気はすぐには元に戻らなかった。
作戦説明の内容が頭の中でぐるぐると回る。
平野部に上陸し、半径10キロの橋頭堡を確保。
何度見ても異常とも思える計画だ。
しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはマーセルだった。
「……で?」
全員の視線がマーセルに集まる。
「売店っていつ開くんだ?」
その一言で部屋の空気が一気に緩んだ。
「お前…さっきの作戦説明聞いてたか?」
さっきの作戦説明を聞いていたなら出るはずのない言葉に思わず俺は聞き返した。
「聞いてた聞いてた。あれだろ?平野部に上陸して半径10キロを橋頭堡として構築するって奴だろ」
えぇ…
こいつあの説明聞いた上でそんなこと言ってるのかよ。
後ろから分隊長のため息が聞こえた気がした。
そんな俺たちの様子を気にせずにマーセルは続ける。
「どうせやるしかないんだろ?だったら今のうちに呑んどくしかねぇだろ!」
マーセルはそう言って立ち上がる。
「どこに行くんだ?」
「売店だよ売店」
「早いな、もう行くのか?」
「当たり前だろ?早く行かないと売れ切れちまうぞ」
マーセルはそう言いつつ、売店に行く準備を整えている。
「うし、俺らも行くか」
そう言ったのは先ほどまで倒れていたはずのレグヌスだった。
それを聞いたヘルーガも準備を始め、気がついたらこの部屋のほとんど全員が売店に行く準備を進めていた。
「ちょ…俺も行く」
俺も慌てて準備を始め、部屋の奴らを追いかけて部屋を出た。
廊下に出ると、先ほどまでとは違うざわつきが船内に広がっていた。
売店に近づくほど足音が増え、人が目に見えて増えていく。
「おいレオン。おせぇぞ」
前を歩くマーセルが振り返りながら手を振る。
廊下には人が溢れかえっていた。
それらの人の流れは皆同じところを目指しているのが直ぐにわかった。
そう、売店だ。
「早く進め!後ろつっかえてんぞ!」
「酒じゃぁ!宴だー」
周りからはすでにテンションが上がりきっている者たちの声も聞こえる。
売店に到着した時には、そこはすでに戦場のような熱気に包まれていた。
普段は人がまばらでそこそこ商品が売れ残っているが、今日は違う。
「おい!押すな!順番を待て!」
「酒は1人二本までだ!いいな!2本までだからな!」
売店の従業員たちが、悲鳴をあげながら次々と追加調達された商品を捌いていく。
「行くぞレグヌス!」
「任せとけマーセル!」
そう言って2人は商品棚に群がる兵士たちの群れの中へと突っ込んでいった。
「あ〜あ、もう見えなくなっちまったぞ」
「酒のことになるとあいつら知能が猿並みに下がるからな」
ヘルーガは呆れたようにため息をつき、ポケットから金属製のシガレットケースを取り出した。
「おいレオン、あいつらが戻るから時間がかかりそうだ。付き合えよ」
「どこにだよ」
「決まってるだろ、タバコだよ。こんな場所じゃ煙も立てられねえ」
確かに、この人混みの中でただ待ってるいるのも退屈だ。
ヘルーガの後ろについていき、売店から少し離れた区画にある喫煙室へと向かった。
プシュー、と気密扉が開くと、換気ファンの微かな低音と共に、ほのかに苦い煙の匂いが漂ってくる。
中には俺らと同じく人を待ってる時間を潰すために喫煙室にきた人たちで賑わっていた。
「よ!お前らもここ来たのか」
「あぁ、あそこに突っ立ってても暇だしな」
ヘルーガは慣れた手つきでケースから一本取り出し、備え付きのライターで火をつけた。
先端が赤く縮み、白い煙が彼の口から吐き出される。
「…お前は吸わないのか?」
「俺はいいよ。別に嫌いではないが体に悪いからな」
「ハッ、数日後には敵のレーザーや爆発が身体を突き破っていくかもしれないんだぜ?今更健康なんか気にしてどうすんだ?」
「そうだぞレオン。どうせ死ぬかもしれないなら肺を汚して幸せになろうじゃないか」
喫煙組は皮肉っぽく笑う。
俺は肩をすくめ、換気ファンが煙を吸い込んでいく様子をただ眺めていた。
「ヘルーガ、お前さっきの作戦説明を聞いてどう思った?」
ヘルーガは灰を落としながら答える。
「…半径10キロの確保、遮蔽物のない平野。正直、かなり無茶な計画に見えたよ」
「第1波は降下時に対空砲火にさらされて地上に降りたら共和国の奴らの熾烈な砲撃にさらされるわけだ。上陸に成功しても逃げ場がない」
ヘルーガは短くなった灰皿に押し付けた。
「相当数死ぬだろうが、まあ、生き残れるように神にでも祈るかw」
彼が最後の一煙を吐き出したタイミングで、気密扉の向こうから「おーい!レオン!ヘルーガ!」と緊張感のない大声が響いた。
「じゃあなお前ら」
残りの喫煙組たちに別れを告げて喫煙室の外にでる。
「探したぞお前ら!ほら、確保成功だ!」
「部屋に戻って宴だ!」
マーセルとレグヌスは戦場から生還した英雄のような顔をして、両手に酒瓶を握りしめて立っていた。
このあとは部屋で馬鹿騒ぎか…
いつも通りだな。
ーーそして、嵐のような2日間が過ぎ去った。
ー銀河歴18万6701年9月16日4時00分ー
突如、艦内に放送が鳴り響く。
《私は第3波共和国侵攻部隊総司令官だ》
《我ら第3波共和国侵攻部隊は惑星リュートスに到着した》
艦内から音が消え、顔が引き締まる。
《第3波共和国侵攻部隊はこれより惑星リュートス攻略戦を開始する!》
《第1次上陸部隊は敵艦隊を撃滅したのちに上陸開始する》
《奴らに我らが連邦軍の力を見せつけてやれ》
ー3日後ー
艦内の廊下の赤色灯が光り、サイレンが鳴り響く。
《第1次上陸部隊が橋頭堡の確保に失敗。第2波上陸部隊、上陸準備を開始せよ》
「クソが!あいつら何上陸失敗してんだよ!」
「そんなこと言ったってしょうがないだろ」
装備を身につけ、廊下を早足で歩く。
「とっとと降下艇のある区画に行くぞ」
そう言って俺たちは向かう足を早めた。




