3. 剣城亜麻音と獅神亜麻音
時は満ちた。
今こそ戦う時だ。
太陽が傾き始め、西の空が橙になり始めている。
完全に沈み切れば始まるだろう。
生死を分ける戦いが。
相手は多分気付いている。
昼頃に結界に誰かが侵入するのを一瞬だがとらえた。
相手側からの刺客か、ただの気まぐれか…。
どちらにせよ、相手が無防備で突っ込んでくるとは到底思えない。
亜麻音は腰に差している双剣にそっと触れる。
その剣は使い込まれ色あせているものの、荘厳さはいまだに残っていた。
菁燦鳳灼劔。この双剣の名称だ。
先祖代々、名門 獅神家 に伝わる宝刀である。
人間の頃はこの剣と共に世界最強の盗剣士になると豪語していたものだ。
今考えたら本当に馬鹿げている。
世界最強のスワッシュバクラーを目指すなら、世界最強の戦士を目指せよ。
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「よっしゃ!!」
私は空に向かって拳を突き上げた。
年に一度、首都ハピナスドーベルで発表される世界順位。
それを確認するために、世界各地から豪傑達が集まっていた。
その中で一人。
広場の隅で発表を聞いていた獅神亜麻音はとんでもない興奮に襲われていた。
(私が、スワッシュバクラー部門で一位!?ついに!もしかしたら総合もいける…?)
これまで廃屋を駆けずり回るドブネズミを食ってまでも、血反吐を吐いてまでも生きてきた。
その努力が報われるかもしれない!
かすかな期待を抱いたが、それは空回りしただけだった。
国の役人であろう男が優秀な者の名を読み上げていく。
「総合戦績!一位 暗殺者 龍神優莉!二位 守護戦士 天浦恵美理!
三位 盗剣士 獅神亜麻音!以上三名が今年度の戦績優秀者である!只今より、我が国の幻界戦士 伊達彩葉様より祝辞、そして総合一位の龍神様に優勝の景品を授ける!」
三位。
そこらの傭兵から見たら手の届かぬ数字だろう。
私は爪が肉に深く食い込むほど手を固く握り締めた。
「くそったれが…ッ」
『あの龍神っていうチビすげえよな』
『五年連続じゃなかったか?総合優勝』
『ひええバケモンだべ』
『でもさ、あの天浦様もすげえよな!』
『流石上流貴族の長女様だ!』
『妹の葉月様も五位入賞だろ?とんでもねえ姉妹だ!』
屈強な身体つきをした男どもがそんな話をするのが聞こえた。
(龍神と天浦か…。やべえ奴らならこえりゃあいいんだろ)
今からでも怪物を狩りに行こうと立ち上がった刹那
『てかさ、三位の獅神って奴聞いたことあるか?』
『あるわけねえよ。どっから出てきたはしくれだあ?』
『テキトーにそこらの泥鼠でも狩ってたら強くなっちゃいました系じゃね?』
「…黙れ。」
無意識にそう呟いていた。
「あ゛?なんだ?小娘が」
聞こえてたらしく男どもが殺気の籠った眼でこちらを向いた。
「黙れと言っているんだ。ドブネズミ食って何がわりぃ?」
これまでにないくらいの怒りに見舞われていた。
ドブネズミを食って何が悪い?毎日廃墟で埃をかぶって生きて何が悪い?
名門獅神家の長女にふさわしくない姿で何が悪い?
これまで腹の中で煮えていたものが今噴き出した様だった。
気付けば私は男の胸ぐらをつかみ、投げ飛ばしていた。
男が落ちたあたりから群衆が沸き、私を止めようと無数の手が伸びてくる。
私はそれらを振り払うと背後にそびえたつ焔江山に向かって走り出した。
皆がそれを追うが、私に追いつける者はいない。
私は恐怖と不安を抱えながら山を走り登る。
どのくらい走っただろうか。
山の中腹あたりで広い高原に出た。
私は誰も追ってこないのを確認すると、脱力し前のめりに倒れ、意識を失った。
「凄く優秀な獲物がいるな」
そう呟くとそいつは亜麻音に近付いた。
そいつの額には一本の太くて固い角が生えており、服の裾から覗く腕の筋肉は締まっていて、やべえ奴だということはわかる。
そんな得体のしれない男が近付いてきても尚、亜麻音は目を覚まさない。
「気絶しているようだな。うん。筋肉の締まり方も良い。よく鍛えられている。跡継ぎにピッタリだ。」
男は道具入れから一瓶のポーションを取り出した。
そのポーションは漆黒だった。
その色が明らかに危険だと伝えてくる。
だが、男は亜麻音を抱きかかえると、彼女の口をこじ開けポーションを流し込んだ。
変化はすぐ訪れた。
亜麻音の体はまるで体自体が心臓になったかのように脈打っていた。
身体中の血管が浮き出し、額に漆黒の角が生えた。
その変わり方に男は感動のため息を漏らす。
「はあぁ 君は今日から女王だ。剣鬼の女王、狂剣鬼。お前は獅神亜麻音じゃない。剣城亜麻音だ。」
その言葉を言い終わると同時に男は息を引き取った。
その代わりに、獅神亜麻音…剣城亜麻音が静かに目を開けた。




