7.1 ハルトレーベン家へ①
リオナが女性の名前を伝える。するとアルフォンスもブライスも、少し顔をしかめた。
「ハルトレーベン家か……」
「この方のお家は、難しいお家なんですか」
「ハルトレーベン家は、十一年前は宰相。今は議会長をやっているんだ」
「お二人の様子だと、貴族の中の貴族という感じなのでしょうか」
「んー、まあ、ある意味では貴族らしいかな。賤民意識を感じたことはないけど、他者に求める理想が高い」
「厳しい方なんですね」
厳しいだけなら、二人がここまで渋ることはないだろう。そう考えて、すぐに思いつく。十一年前に宰相をしていたのなら、アルフォンスが王族だとすぐ気づくだろうと。
「……この方を家まで送り届けて、すぐに退散すればいいのではないでしょうか」
「退散、できればいいけどね」
アルフォンス曰く。十一年前のあの日、成人していた王族が葬られた。現在、アルフォンスの六つ上の兄、第四王子は行方不明。二つ上の兄第五王子と妹姫はリーラベルグにいる。アルフォンスを含めた四人だけがあの日を生き延びた王族らしい。
そんな状態でアルフォンスが行けば、すぐには帰してもらえない可能性がある。
「悩んでいても、この方の体調はよくなりません。付き人の方も見当たりませんし、ひとまず送り届けましょう」
「いや、ハルトレーベン家に知らせを出せば迎えに来るんじゃない?」
「知らせを出す間、ハルトレーベン嬢を放置はできない。誰か一人がとなるとおれが行くことになると思うが……」
「この方はお嬢様なんですよね? そもそも、どうして誰も傍にいないんでしょうか。わたしの偏見ですけど、お嬢様って誰かしらが傍にいるんじゃないんですか」
「普通は、いる。だから困っているんだ」
普通ではない。つまりは、貴族のあり方としては異常ということだ。そんな家に女性を連れ帰ってもいいのか。
三人が、互いの顔を見合う。ブライスの腕の中には、意識を失ったままの女性がいる。
「……とりあえず、ハルトレーベン家へ行こう。ネイサン、後で何か言われたら面倒だから、魔法で運べる?」
「了解。赤魔術師ネイサン・ブライスが命じる。世界に満ちるマインラールよ、ハルトレーベン嬢を運べ」
詠唱が終わると、女性はまるでブライスに横抱きにされているような体勢になる。しかしブライスは女性に触れていない。ブライスは女性を支えるように体の下に腕を出しているだけだ。
そんな体勢で、ブライスがハルトレーベン家へ向かう。
「この方の家は知っているんですか」
「問題ないよ。ネイサンは、この街に住む主要な貴族の家は把握しているから」
「え、すごい」
「おれはアルの補佐役だから」
ブライスが照れているように感じる。褒められ慣れていないのかもしれない。
そんなブライスについて行くと、城へ続く道に向かっていた。城に近いほど貴族としての権力を持っているらしく、以前は宰相、現在は議会長のハルトレーベン家は城のすぐ近くに家があった。
広い庭に噴水もあり、門扉から屋敷までそれなりに距離がある。
リオナがハルトレーベン家の大きさに圧倒されていると、アルフォンスが門扉のすぐ横にあった小さな家に行った。門衛がいるようだが、何やら時間がかかっている。
「私は誇り高きハルトレーベン家の門衛。フードを取らず顔を見せない輩を、通すわけにはいきません」
リオナが近づくと、そんな言葉が聞こえてきた。魔法で女性を浮かせているブライスにも聞こえたようで、門衛がいる場所まで女性を運ぶ。
「お宅のお嬢様が倒れた。早く処置をしないといけないんじゃないか」
「お嬢様が外にいるはずないじゃないですか。私は門衛ですよ? お嬢様が出かけたのなら必ず姿を見ています。仮に? お嬢様が私の目を盗んで出かけていたとしたら、それは私の不注意ではありませんね」
何だか様子がおかしい。そもそも、女性はたった一人で外に出ていた。その時点で、ハルトレーベン家は異常なのだ。門衛が異常でも、何ら不思議ではない。
(なに、この人! 姿を見たらここのお嬢様ってわかるはずなのに、一向に門を開いてくれない!)
ブライスの魔法で横抱きするように浮かされている女性は、まだ意識が回復していない。それにブライスも、魔法を使い続けたら魔力が尽きてしまう。
このままでは埒が明かないと思い、リオナはローブのフードを外して門衛に言う。
「このまま放置すれば、あなたのせいでお嬢様が死にますよ」
リオナの圧に圧倒されたのか、それとも他の理由か。門衛は少し赤らんだ顔でリオナを見ていた。
「お嬢様の外出を見逃しただけなら、まだ平気かもしれません。ですが、お嬢様の命の危機を見逃したとなったら、ハルトレーベン家から追い出されるかもしれませんね。あなたは、それでもいいんですか!?」
ダンッと、門衛が肘をついていた窓枠の板を叩く。ビクッとした門衛は、慌てたように小さな家を出て、すぐに門扉を開いた。
「こ、これで私は大丈夫ですよね? ね!?」
門衛は、つくづく自分のことしか考えていないらしい。そんな態度に苛立ちながら、リオナ達はアルフォンスを先頭にするようにして屋敷へ向かった。
始まりました、第七話。
またお会いできましたね! とっても嬉しいです!
今回は、モニカに焦点を当てています。少しでもモニカを好きになってもらえれば幸いです。
それでは、またこれから一話分、お付き合いください!
追記:更新日の17:06。書き忘れていました。七話から、基本的には1日にエピソード2つずつ投稿していきます。




