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落ちこぼれ研磨師ですが、冒険者をやっていたおかげで聖女と呼ばれるようになりました。〜でも、本当は……〜  作者: いとう縁凛
第六話 首都テフィヴィ

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6.7 報告を迷う


 リオナが目を覚ますと、天幕の中にアルフォンスはいなかった。姿を捜して天幕を出ると、ブライスと一緒に焚き火を見ているように思う。しかしよく観察してみると、焚き火を見ているようでどこか遠くを見ているような、そんな目をしていた。

「おはようございます。アルフォンス様、ブライス様。なんだか顔色が悪いような気がします。休めませんでしたか」

 質問をすると、二人ともハッとなってリオナに笑顔を向けてくれる。

「リオナ、おはよう」

「おはよう、リオナ嬢。すぐに朝食を作るから、アルと一緒に少し待っていてくれるか」

「はい。ありがとうございます」

 カールト隧道で出会ったときのように、ブライスがスープを作り始めた。あのときは迷惑をかけたなぁ、なんて思い出しながらアルフォンスの隣に座る。少しだけ、アルフォンスが気まずそうに座っている位置を変えた。

「アルフォンス様? どうしましたか」

「い、いや? 何も?」

「そうですか?」

「そうそう」

 夢を見てから、リオナはアルフォンスの気持ちが気になって仕方ない。リオナを初恋だとブライスが言っていた頃から、気持ちは変わっていないだろうか。

(……ちょっと気づいた。あくまでもブライス様が言っていただけで、アルフォンス様から直接聞いたわけじゃない。あのときアルフォンス様は否定していなかったと思うけど、本当にそう? ブライス様の言葉だって、わたしの記憶違いじゃない?)

 もうしそうだったとしたら恥ずかしすぎる。勝手に相手が自分のことを好きだと思い込む、やばい人だ。そう思いながら、アルフォンスを見る。

 いや、アルフォンスがリオナを見ていたのだ。だから目が合った。

「リ、リオナ? ずっとぼくの顔を見ている気がするけど、何かあった?」

「ご、ごめんなさいっ。ちょっと考え事をしていて……」

「何か悩み? ぼくに話せるなら聞くよ」

「えっと、悩みというか……」

 つい、ぽろっと考えていることを言おうとしてしまった。しかし、うっかりする前に思い留まった。

(い、いろいろと整理してからっ。アルフォンス様の気持ちも、わたしの気持ちもっ)

 リオナが話す姿勢を取ったからだろう。アルフォンスが聞く体勢になっている。先を促すように、リオナを見ながら首を傾げた。

「えっと……そう、夢を見たんです。昔の」

「へえ、どんな夢だったの?」

「実は……」

 昨日宿で遭遇した赤黒いローブの人物は、昔馴染みのササラだったかもしれない。夢で姿を見てそう思った。

 そんなことを報告しようとして、口ごもる。

(昨日の人物がササラだったという確証はない。珍しい瞳の色ってだけで、ササラじゃなかったかもしれない)

 宿での様子を振り返ると、特にアルフォンスはあの人物に好戦的だった。リオナはパーティーメンバーだから免除されているようなものだが、ササラかもしれない人物は違う。

 そこまで考えて、リオナは頭を抱えた。

(もう、なにを考えているの! アルフォンス様は、優しい人。不敬だなんて理由で罰しない)

 出会ってからまだ一ヶ月を越えたくらいだ。断言できるほどアルフォンスを知っているわけじゃない。しかし、アルフォンスはリオナのために生ごみをかき分けてくれる人だ。だから優しいことは確実。

 うんうんと悩んでいると、スープの下ごしらえを終えたらしいブライスが戻ってきた。

「何の話をしているんだ?」

「リオナがね、夢を見たんだって」

「アル。確かにリオナ嬢の夢の内容は気になるが、深く聞かない方がいいぞ。夢はその人の深層心理が現れるって言うだろ。その人の願いが出るとも言われる」

「願いなら、リオナは研磨師になる夢だったんじゃないの?」

 アルフォンスが、何の疑問も持たずに首を傾げる。

(うぅ……ブライス様の話を聞いた後に、夢の内容を伝えるのは……)

 夢のことを考えて、思い立った。アルフォンスが夢に出てきたわけではない。だから別に伝えてもいい。しかし、夢の内容はササラのこと。それを伝えるということは、ササラを疑うということだ。

(それは、イヤだな)

 ササラとは、十一年前から交流がない。薄情なことに、今まで忘れていたのだ。ジェイコブの元で知識をつけるのが楽しくて。その後生きることで精一杯で。

(ササラは、今どこで暮らしているんだろう)

 十一年前、リオナはジェイコブに拾われた。リオナのように両親を亡くしたのだろうか。そもそも、ササラの両親はいたのだろうか。一度も見たことはなかったし、ササラからも話が出なかった。

(ササラが、今幸せなら良いんだけど……)

 考えこんでいると、ブライスがどんどん朝食の準備をしていた。簡易的な机の上に湯気が出ているスープが置かれる。干し肉も平皿に載せられた。

「ありがとうございます」

「夢のことは話したいと思ったらでいいと思うぞ」

「は、はい。そうですね」

 こうして話題に出すと言うことは、ブライスもリオナの夢の内容が気になっているのだろうか。そんな風に思ってしまってから、確証を得る前にササラのことは話せないとも思う。

 だから、嘘ではないことを伝える。

「夢を見ているときに、思い出したんです。アルフォンス様と出会ったときのことを」

「えっ……っぁちっ」

 スープを食べようとしていたアルフォンスが、リオナの話を聞いて器から手を離した。その瞬間、湯気が出ていたスープがアルフォンスにかかる。すぐにブライスが杖を出して魔法をかけようとするが、アルフォンスがリオナの方へ身を乗り出すように近づいた。

「あの日のこと、思い出してくれたんだ!?」

「はい。モウルトリオと一緒に踊りましたよね」

「そう! リオナが思い出してくれて嬉しいよ!」

(それは、わたしが初恋だからですか)

 喉まで出かかった言葉を飲み込む。確認はしたかったが、今は止めておいた。十一年前のことを思い出したと満面の笑みを浮かべて喜んでいるアルフォンスを、もう少し見ていたかったから。

 結果的にリオナとアルフォンスが見つめ合うような時間が流れた後、ブライスが魔法をかけてアルフォンスへの治療とスープの片づけを一気に終えた。



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