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「……それより、影山くん。そのキバどうしたの?」
「……」
俺は周りを確認した。
病院の個室で、医師や看護師はいなかった。
「俺…… ドラキュラ・ヴァンパイア病になったかも……」
冴島さんは厳しい表情になった。
「それ本当で言ってる? ちょっと経緯を話してよ」
俺は三島優子が部屋にやってきたことから、絢美という女性警官に銃を突き付けられて屋敷の敷地に入ったこと、敷地でピートが現れたことピートに胸を突かれてドラキュラ・ヴァンパイア病になったことを話した。
「えっ、じゃあピートの眷属ってわけ?」
「そうなります」
冴島さんは腕を組んで、口元に手を当てた。
何かを考えるようにしばらく天井を見上げた後、スマフォを操作し始めた。
「イオン・ドラキュラの研究に、病気を治す方法は書いてなかった?」
俺は記憶の限り、その方法についての記載がなかったことと、親感染者に再度うつされなければ自然と治癒する可能性があるということを説明した。
「そんな悠長なこと言って…… 親感染者の命令に従う状態なのよ。命令されたら逆らえないんでしょ?」
「……」
「直接イオン・ドラキュラ先生に連絡して聞いてみる」
冴島さんは黙ってスマフォを操作し続けた。
「たぶん寝ているだろうから、すぐには返事は来ないだろうけど」
俺は冴島さんの姿を見つめた。
美しくつやのある髪は、真っすぐ顔のあたりを過ぎると、内向きに少しカールしている。
目鼻がくっきりとした顔立ちは、清楚でありがら色気も漂わせている。モデルか女優と言われれば信じてしまうような姿だ。
「抱きたい」
俺は無意識にそう言っていた。そう言って、スマフォをもつ冴島さんの腕を引いていた。
「だき……」
パチン、と頬に痛みが走った。
「イテテテ……」
「影山くん。マジで、そろそろヤバいわね。しっかりと拘束する必要がありそう」
「どういうことですか?」
「ドラキュラ・ヴァンパイア病が進行しているってことよ。かんなに言って、拘束具を持ってきてもらうわ。革製の霊的加工を加えたモノよ」
間髪入れずにスマフォで連絡する。
橋口さんと話ながら、ナースコールを使う。
『影山さんどうしました?』
冴島さんが、橋口さんとの電話を保留して、ナースコールに言う。
「ベッドで暴れるので拘束用のベルトをください」
『へっ?』
「暴れるのを抑えるベルトです」
『は、はい。わかりました』
冴島さんは橋口さんと、話の続きをした。
しばらくすると、俺は看護師が持ってきたベルトで体をベッドに縛り付けられた。
「これでいいですか?」
「ええ」
冴島さんはそう言うと、看護師を部屋から出した。
「この程度だと、本当にあなたがドラキュラ・ヴァンパイア病を発症した時に抜け出れてしまう。ピートがどの程度の能力を持っていて、あなたがその力をどれくらい継承してしまうかにもよるけど」
「力で、このベルトをちぎってしまうってことですか?」
「一つの方法がそれ。変身能力で縛っているのを無力化してしまう、といことも考えられるわね。霧のように姿を変えたり」
まさか。
俺は一つ思い出したことがあった。さっき三島優子がこの病室に入ってきたとき、扉が開いていなかったはずだ。なのに三島優子は病室の中に入ってきた。答えはこの変身能力なのだ。変身能力で霧のように姿を変え、この部屋の中に入り、再び実体化したのだ。
とすると、三島優子のドラキュラ・ヴァンパイア病の進行度はかなり深い。
「じゃあ、さっき三島優子が部屋に入ってきたのも、霧になったから?」
「何それ…… まずい。病院内よ。無差別に病原菌撒き散らせたら」
俺はとっさにエリーが学生を操って飛び降りさせたことを思い出した。俺はまた同じ過ちを侵そうとしている。
「冴島さん! この拘束を解いてください。俺がやらなきゃ。三島さんを止めないと」
「ダメ。あなたはピートの眷属なんでしょう? これ以上酷くなったら、影山くんが病気をまき散らし、影山くんが人を殺すことになるわ。それでもいいの?」
「……」
どう…… したら……
俺は身動きできない体を揺すった。
一瞬、自身を天井から見下ろしているような気になった後、気が付くと冴島さんの横に立っていた。
目の前のベッドには、緩んだ拘束ベルトがあった。
「今、俺、どうなったんですか」
「自分じゃわからない、と言うことなのね。いま、影山くん、霧になったわ。黒い霧」
さっき天井から見ていたような気になった時、体が霧になっていた、ということか。
「この状態じゃ、拘束できないってことね」
冴島さんが手の平を俺の顔に向けた。
そして、スッと横に動かした。
「!」
俺は床に膝を立てて座り、その膝を抱えた。
「私の契約は有効なのね。なら、なんとかなるかも」
冴島さんは人差し指と中指を伸ばして自らの口元に軽くあてると、何か聞き取れないほどの小さな声でつぶやいた。
言葉を言い終えると、その指先を俺の額に当てた。
「?」
「とにかく、三島優子をこの病院で好き勝手させていたら危険よ。そっちこそ拘束するべき」
「はい」
俺の返事に冴島さんはうなずいた。
「探しましょう。探したら、これで手をつないで」
金属製のものを渡された。手錠だった。金属部分は細かくエッチングが施されていた。何か、文字のようだ。
「これは通常の手錠じゃないわ。霧になって抜け出ることはできない」
俺はもう一つの手錠を冴島さんが持っていることに気が付いた。
「冴島さん! 冴島さんが捕まえたら三島優子が、冴島さんをドラキュラ・ヴァンパイア化しようと襲ってくるかも」
「だから。だから、手錠は影山くんにしてもらうわ。これはあなたがドジった時の予備よ」
「良かった」
冴島さんが俺の腹をつついてくる。
「影山くんのくせに、かっこいいこと言わないでよ」
「すみません……」
「さあ、行くわよ!」
そう言うと俺と冴島さんは病室を飛び出した。
暗闇。
そこには全く明かりがないために、モノの輪郭が何一つ見えない部屋だった。
いや、光がなく、何も見えない為、中にいる者には、ここが部屋だ、ともわからないだろう。
その部屋の中、暗闇と静寂を破って、木材のこすれる音が響いた。
何かと何かがこすれ、ずれ、開いたのだ。
音が止むと、今度は大きな声が響いた。
「ふぁーーー よく寝た」
声の主の覚醒に伴い、その者の頭髪が暗く輝いた。




