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「ああ。体は、体はちょっと変でしたよ。白血球値が極端に低い…… って、言っても、わかりませんよね」
「ウイルス感染とか?」
「えっ? もしか……」
赤井さんが一瞬、言葉を飲み込んで、距離を取ったように思えた。
「何か心当たりが?」
「ええ」
赤井さんがクリップボードをしっかりと持って、書き込む準備をした。
「聞かせてください」
俺は言ってしまったことに戸惑った。
イオン・ドラキュラの研究は一般の学会に発表されたものではない。普通の病院で、その話をしたとしても、頭がおかしいと思って笑われるのがオチだ。
「いや、知識として白血球値が低いときはウイルス感染だって、いうだけで」
「心当たりが、って」
「ああ、そのことですよ。知識として、知ってるってこと」
赤井さんはクリップボード越しに、俺の方をじっと見ていた。
これでごまかせないんだろうか。
「質問を変えましょう」
赤井さんがベッドに近づいてきて、上掛けをめくった。
「胸を開いてください」
「……」
俺は自ら病衣の前を開いた。
胸の傷…… ピートが漫画のように傷をつけてやる、と言った星座の形をした七つの傷。
「これ、何の傷ですか? こんな傷、以前はありませんでしたよね。さっきの心当たりって、この傷と関係していないですか」
「ハハ…… やだなぁ、傷は関係ないですよ」
俺が笑うと、赤井さんは自らの口に指を当てて言った。
「ほら、今見えた。影山さん、そんなに犬歯が大きくなかったですよね。ここは病院ですよ。今回、明らかに違うんです」
俺は慌てて手で口を押えた。
赤井さんはクリップボードを胸の前で抱きしめるように抱え、言った。
「影山さんが何かで苦しんでいるなら、治したいんです。どんな小さなことでも、荒唐無稽なことでも、いいんです。治療の為に話してください」
だとしても、あまりに突拍子もない内容だ。鼻で笑われるならまだ救いがあるが、信じてしまったら信じてしまった時が問題だ。近所にいるかもしれないドラキュラ病の人間を探し始めるかもしれない。ドラキュラ・ヴァンパイア病に罹った人間を見つけ出して、殺したり、人体実験を始めるかもしれない。ドラキュラ・ヴァンパイア病の情報を隠していたのが除霊士と分かれば、除霊士が悪者にされてしまうだろう。
何も言わない。
それを貫くしかない。
「ありがとう。気持ちはうれしいけど、これ以上知っていることはないんだ」
「……」
赤井さんが俺をみる目でわかる。赤井さんは諦めていない。けれど、こちらも言うわけにはいかない。
もしそれらすべてが思っている通りなら、俺はピートの眷属のままだ。いつ奴に呼ばれて行くかもわからない。
それどころか……
「?」
それどころか俺は赤井さんに対して、尋常ならざる衝動を持っている。
抱きたい。体液を交わしたい。おそらく、ドラキュラ・ヴァンパイア病の性質だろう。自分の眷属を増やすための情動に違いない。
このまま二人でいたら、そのうち俺は……
「どうしました?」
俺は赤井さんの姿を見つめていたが、ふと、後ろに立っている人影に気付いた。
「三島…… さん? どうしてここに?」
赤井さんが不思議そうに振り返った。そこには三島優子が立っていた。茶髪の、ショートカット。病衣を着ていた。
「影山さんの知り合いの方ですか?」
「……」
赤井さんの問いに三島優子は何も答えない。俺が答える。
「ああ、大丈夫です。知り合いです。三島さん、どうしたんですか」
俺は初めて本人に『三島さん』と呼びかけた。
「……」
三島優子は俺にも答えず、ぐるっと回って窓際から俺の方へ近づく。ベッドを挟んで赤井さんと反対側に立った。
「三島さん? あなた、病室はどこですか? 勝手に歩き回っちゃ……」
赤井さんはびっくりして、続く言葉を飲み込んだ。同時に、俺も驚いていた。いきなり三島優子が、俺にキスをしたのだ。
そしてそれは単純に肌を合わせただけではなかった。もっとディープなものだった。
「あの、病院ですよっ!」
赤井さんはヤキモチというよりは、病人同士の感染について心配したのだろう。俺も三島さんの肩を押して体を引き離した。
「何か感染症を持っていたら……」
看護師の赤井さんは素早く三島さんの腕を引き、俺の病室から連れ出して言った。
大きなベッドだった。
冴島さんが止まっていたスイートルームのベッドよりも、もっと大きかった。
ベッドに天蓋かあってレースのカーテンがおりている。王様が寝るような、大きなベッドの真ん中に、俺はパンツ一つで寝ていた。
『ダイゴォ……』
妙になまめかしい声を出して、蘆屋さんがベッドの上を這って近づいてきた。
蘆屋さんは何を着ているわけではない。上下ともに肌着しかつけていない。
『どうした? 初音』
そう言って俺は蘆屋さんを抱き寄せていた。
『……』
蘆屋さんが顔を近づけてくる。
俺は何も聞かずにディープなキスをする。何かがおかしい。
『私もぉ』
蘆屋さんとは逆側に、仰向けになってキスを待っている加藤さんがいた。加藤さんも下着しかつけていない。白くてきめの細かい肌がさらされている。
『チューしてチュー』
俺は言われるがまま、まったく躊躇せずに加藤さんにもキスをする。俺の視線だが、こんなことをするのは俺ではない。俺がそんなことをする訳が……
すると、俺の体の上に三島優子が乗ってきた。
下着だけを身にまとった三島さんと俺。肌と肌が触れ合う感覚が、妙にリアルに感じられる。
『……』
何も言わず、目をつぶって俺の方に顔を寄せてくる。
『お前も俺が欲しいのか』
俺はそう言うと、まったくためらいもなくその顔に引き寄せられるように近づいていき、三島さんにもキスをしてしまう。
『あたしもぉ……』
ベッドの端から、中島さんや冴島さん、橋口さんも入ってきた。
ハーレムとしか言いようのない光景に、これは夢だ、と何度も言い聞かせる。
『これは夢だ』
「その通りよっ!」
頬に痛みを感じて、俺は目を開いた。まじかに冴島さんの顔があった。
「えっ、冴島さん? 冴島さんも俺とキス、したいんですか?」
言い終えると、逆側の頬に痛みが走った。
「セクハラで訴えるわよ? 慰謝料を給料から天引きされたいの?」
ああ、このセリフ。いつもの冴島さんだ。俺はようやく現実に戻ったと思った。
「すみません、ごめんなさい。天引きは勘弁してください」




