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俺は手のひらに載る大きさの小さなケースを手渡された。
「お借りします」
橋口さんは軽く会釈すると、ヘルメットを被った。
そしてバイクにまたがり、キックスターターに足をかける。ドルン、と大きく太い音が響き、エンジンが動き出す。
「さようなら」
俺たちは橋口さんに手を振る。
橋口さんが見えなくなったころ、蘆屋さんがボソリ、と言う。
「……けどさ、一度に部屋に来たって、いる場所ないわよ」
そうだよなぁ、そもそも俺と蘆屋さんでも狭いのだ。俺は結界のなかから動けないから、省スペースで寝ているが、もうロフト側には人が寝れるスペースはない。そこに加藤さんとマリアが入ったら、本当にしたの生活スペースを削らなければならないだろう。まあ、マリアはアンドロイドだから、最悪生活は必要なく、充電スペースさえあればいいのだけれど。
「マリアとカゲヤマは下で寝てよね。ちゃんと下に結界張っとくから」
結界は張るんだ…… 結界の中で寝るのは結構辛いのだが。
人でない扱いのものが下、人として扱ってもらえるのが上、そんなイメージなのだろう。
「ハイ、アシヤサン。ワタシ、シタデネマス」
俺たちは部屋に入ると、狭さに耐えかねて蘆屋さんが加藤さんと一緒に上に行った。
「私たちは上にいるから。まだ結界張らないから、絶対覗かないでよ」
上に行くだけなのに、覗くとか覗かないとか、どういう意味なのだろう。
俺はそんなことを少し考えた後、返事した。
「分かった」
「さあ、加藤さんあがろう」
二人は梯子を上ってロフトに上がる。
「カゲヤマ、ジュウデンヲオネガイシマス」
あの恥ずかしいソケットを使わなければならないのか……
「アト、モウシワケナイノデスガ……」
「何? マリア」
マリアは自身の体に手を置いて、言う。
「フクノヨゴレヲトリタイノト、ボディノクリーニングヲ」
「えっ? これ服なの?」
「ブラシヲカリレレバ、ワタシガシマス」
「体は? お風呂入るってこと?」
「ボウスイデスガ、アマリミズハスキデアリマセン。アマリヨクワカラナイノデ、カゲヤマニフイテホシイデス」
「ちょっとぉ」
そう言って蘆屋さんがロフトから下を見下ろしてきた。
「あのさ、クリーニングだかなんだかしらないけど、部屋のなかで好き勝手しないでよね。ここは、あたしの部屋なんだから」
「……はい」
「アシヤサンガ、ヤイテイマス」
あっ、馬鹿…… 俺は慌ててマリアの口をふさいだ。
「なんて言った? このクソビッチアンドロイドがっ!」
蘆屋さんが慌てて下に降りてきた。
「大体、あたしが焼くわけないでしょ?」
「ナラ、カゲヤマガ、マリアノカラダヲセイソウシテモカマワナイハズ」
「……か、構わないわよ。ほら、あたしが見てる前でやってね」
「えっ……」
めちゃくちゃ恥ずかしい。
マリアは女性の姿かたちをしたアンドロイドだ。
しかも充電用のコネクタは『男性器』の形で、受け入れソケットは『女性器』に位置している。
充電中は官能的な声を上げる。設計者の性格からして、服を脱がして体を清掃すれば、充電と同じような反応をすることが予想された。
いや、逆に見ている蘆屋さんが見ていられなくなるのではなかろうか。
俺は勝手に予想した。
こっちが照れずにやればいいのだ。
「じゃあ、やりますよ。しっかり見ててくださいよ」
ロフトから加藤さんも興味深げにのぞき込んでいる。
まずは服を脱がせた。
女性の服を、というか他人の服を脱がすのは初めてだったので、かなり戸惑いがあった。
マリアはアンドロイドのくせに下着もきっちり着用していたせいもあった。
「ちゃっちゃとやりなさいよ」
蘆屋さんが手を貸そうと近づいてくる。
「ダメ、マリアノカラダハ、カゲヤマガサワルノ」
マリアが近づいてくる蘆屋さんを睨みつけた。
「……ふん」
ようやく裸になる。
「そうだ、服もきれいにする必要あるよね」
「フクハ、ワタシガヤリマス」
裸のアンドロイドが、窓を開けようとする。
「だ、駄目だよ何するの?」
「ホコリヲハラウノデ、マドヲアケヨウトオモイマシタ」
「そんなに汚れてないみたいだから、お風呂場でやって」
「ハイ、ワカリマシタ」
裸のまま、服を抱えて風呂場へ立ち去った。
俺と蘆屋さんは二人とも風呂場の方を向いていた。
「……アンドロイドを、あんなにリアルに作る必要あるのかしら。どちらかというと、容姿や外観上の形状じゃなくて、言語とかをしっかり作るべきだったように思えるけど」
蘆屋さんがマリアに嫉妬しているように聞こえる。
「作成者のイオン・ドラキュラは、まず形から入るひとなんじゃないかな。じゃなきゃ『魂は細部に宿る』って本気で思っているか」
「どっちも違うわよ。ただのドスケベなのよ。ラブドールを作って余ったものでマリアを作ったんだわ」
「そんな大きな声出したら、本人に聞こえるよ」
風呂場から、ブラシ掛けの音とともに声が聞こえてきた。
「チイサイコエデモキコエマス」
「!」
俺と蘆屋さんは顔を見合わせる。蘆屋さんは口に手を当てている。
「ゴスイサツノトオリ、イオン・ドラキュラハラブドールヲツクッテモウケテイマシタ。ワタシハソノギジュツカラ、ハセイテキニデキタモノデス」
蘆屋さんはジェスチャーで『私が正解』と表現した。
「カゲヤマガオノゾミナラバ、オアイテデキマスヨ?」
「ば、馬鹿、へんなこと言うな」
「ふん。やっぱり、クソビッチアンドロイドね」
「蘆屋さん」
俺がたしなめるようにそう言うと、蘆屋さんは目を閉じてそっぽを向いた。
「どんな声で話したって聞こえるんでしょ。聞かせるように言ってるのよ」
まったく、蘆屋さんにも困ったものだ。
俺はため息をついた。
すると、頭上から声が聞こえた。
「ねぇ」
見上げると、加藤さんが俺を見ていた。
「影山くん、聞きたいんだけど、キミ、その、蘆屋さんと付き合っているの?」
俺が言葉を返そうとした瞬間、頭を叩かれた。
「付き合っているわけないでしょ」
「そうだよ、なんで俺が蘆屋さんとなんか」
俺は加藤さんを見上げながらそうい言った。
「なに、その言い方。気に食わないわね」
「俺も何度か付き合ってるのかな、と思ってたけど、毎度否定するから」
蘆屋さんの声が上ずってくる。
「だから最初から付き合ってないでしょ」
「けどヤキモチはやくじゃないか」
「だれがいつヤキモチやいたのよ」
「おーい」
俺と蘆屋さんは声のするロフトの方を見上げた。
加藤さんは目を細めて言った。
「だから、それがつきあってるっていうポイントなんじゃないの。今の、いちゃついているのとどこが違うの?」
「……」
蘆屋さんは頬が赤くなって、うつむいた。俺も顔が熱くなったように感じた。




