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「えっ?」
「大災害……」
俺の頭の中に電気が走ったようだった。
大災害。強烈にひっかかるにも関わらず、何も出てこない。
思い出せない記憶の中にあるキーワードらしい。
なんだろう…… 父も、母も、さやかも…… みんながこのキーワードに関わっている。そんな気がする。
大災害…… って、一体何があったんだ?
イオン・ドラキュラは、手で箱をもって、別のところに置く、というゼスチャーをしてみせる。
『レイリョクガ、セイギョデキナイモノニワタッテモ、オナジコトガオキルゾ。ヤハリ、セカイニ、レイガアフレルコトニナル』
「今も溢れている気がするけど」
蘆屋さんが首を振る。
「この場合の『霊』は鬼とか悪魔、と思った方が良いわ」
『ソノトオリダ。ヤシキノレイリョクガスベテカイホウサレレバ、セカイセンソウノハジマリダ』
白髪の老人の背後に『WW』と文字が描かれる。
「『www』って、笑いごとじゃないでしょう?」
「違うわよ。WW、世界大戦ってこと」
世界大戦…… 言葉では知っているが、今起こったら、いったいどんなことになるのだろう。
「……なるほど。じゃあ、屋敷の霊はどうすればいいの?」
「この前みたいに、すべての霊を昇天させるしかないんじゃない? 昇天してもバランス的にはそのうち戻ってくるけど、戻ってくる時って今みたいに集中した状態では戻ってこないから」
『ソノトオリダ。ヤシキノレイリョクハスベテショウテン、ジョウカスルベキダ』
屋敷は、今も霊を吸い込み続けているって聞いたぞ…… そんなの何年かかるんだ?
『カゲヤマ。キミガシネバ、キミノナカノレイガアフレル。ヤシキノセイギョヤクノキミガイナクナレバ、ヤシキノコウリャクハタヤスイ。ヤシキノチカラガカイホウサレレバ、セカイハジゴクトカス』
「俺が制御役? そんな重要なの? じゃあさ、俺を殺しに来るわけないじゃん。四聖人はそれを分かってないのか?」
『キミガイナクトモ、セイギョデキルトオモッテイルノカ、ケッカトシテ、セカイセンソウヲノゾンデイルノカ、ドチラニセヨ、キミヲネラッテイル』
「……」
制御されていると、マズいのかもしれない。
屋敷にこれだけ高い霊圧があっても目だって悪いことがないのは、俺がいるからなのかもしれない。そうすると『俺』はかなり重要な人物ってことになってしまう……
ピーと鳴って、壁に映っていた映像が消えた。
灯りを消していた部屋は暗くなった。
「えっ、また充電しなきゃいけないのか……」
俺はおもむろに充電用のソケットを取り出した。
偶然、蘆屋さんのスマフォのライトがそれを浮かび上がらせる。
「キャーーー」
鼓膜に響く大声。いや、あまりに生々しい形をした充電ソケットが悪いのだが。
「な、なに持ってるのよしまいなさいよ」
と言って、蘆屋さんは俺の手にあるソケットを押し付けてくる。
「俺のじゃないって」
「じゃあ、なんで持ってるのよ」
「大体、本物は着脱できないし」
「知っているわよ! バカにしないで。おとなのおもちゃでしょ?」
「いや、だから、これは……」
「ほら、灯りを点けるから、それまでにしまってよ?」
俺は慌ててアンドロイドのマリアに充電ソケットをつないだ。
「いい?」
充電ソケットが入る場所は、しっとりしていて、妙に柔らかい。
変に『モットオクマデ』と言われると面倒なので、初めからグッと奥へ差し込む。
『ジュウデンカイシシマシタ』
「蘆屋さん、点けていいよ」
パチっと音がして部屋が明るくなる。
蘆屋さんが目を丸くして俺の方を見ている。
蘆屋さんの視線の先を横目で確認する。
マリアの膝が立っていて、俺の方に開脚している。おそらく、これが気になるのだろう。
俺は蘆屋さんの視線を切るように立ち上がり、蘆屋さんに近づく。
「ちょっ……」
「なんでもないよ。充電するとき、マリアは倒れちゃうんだ」
俺は横目で後ろを見ながら、蘆屋さんから見えないように立ち位置を細かく調整する。
「そうじゃなくて、膝立てて開いてなかった?」
「気にしない。ほら、まだこんな時間だよ、寝ないとお肌に良くないよ」
肩を押して、蘆屋さんをロフトに上げる。
「……」
蘆屋さんの視線を見ながら、マリアの下半身を隠す。
とりあえず、階段を上がり切るまで隠せれば、ロフトからマリアの位置は死角になる。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
と言って蘆屋さんはロフトに上がった。
俺は下の部屋の灯りを消し、大きく息を吐いて、腰を下ろす。
「俺が、屋敷の霊を制御しているって…… 本当だろうか」
そのまま上体も倒していく。
マリアの腹の上に頭が乗ってしまう。
小さい声で言う。
「ごめん」
『ノセタママデイイデスヨ、オーナー。ソレヨリ、ドウカナサイマシタカ』
「ありがとう」
俺は頭を乗せたまま、ぼんやりと見える暗い天井をみて考えた。
屋敷の制御は俺がしていて、屋敷の鍵はさやか。もしかすると、父と母も何かそれぞれの役割があって、まだ、どこかで生きているのかも知れない。
それと…… 大災害だ。そう。大災害、このキーワードが俺の記憶を揺すったのは間違いない。
何があったんだ。この屋敷自体はその大災害に巻き込まれていない。
俺も、さやかも巻き込まれていない…… 父も…… 母…… も?
さっきビリビリと電気が走ったような感覚は、今は全く起こらない。
GPAで記憶を手繰っていた時に見えた、魔法陣と父の姿。
その時、母はどこにいた? そうだ、母がいない。まさか……
俺はそのまま何かにたどり着いた気になって、意識がなくなり、眠りに落ちていた。
俺が大学の駅で降りると、一緒に降りた蘆屋さんが言った。
「このアンドロイド、学校に入れて大丈夫なのかしら」
俺は歩きながら答える。
「いつもの調子だったら校内には入れるだろうけど。授業中はどうしよう」
「小教室、中教室は…… あれ、この子上履きはある?」
「いや、そのまえに靴が体の一部かどうかを確認しよう。何せ外国産だし」
俺たちは立ち止まり、マリアに靴を脱ぐように言った。
まるで足に溶けているようにピッタリくっついている靴が、スッと外れた。
「足裏も見せて?」
マリアは器用に片足でバランスを取りながら、正面蹴りを入れるように足を上げてきた。
アンドロイドのせいか、片足で立っていても人間のように揺れることがない。奇妙な感じだった。
足裏も肌色で、綺麗なこと以外は人間のそれと同じにみえた。




